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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
3章 アサシンズ・クアッドの防衛

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42話 眠気暗殺

 警察署のテロリスト緊急対策本部は、痛いほどの沈黙に包まれていた。


 彼らは数日前に貴重な実戦部隊である鎮圧部隊を壊滅させられ、尊い市民の命を幾人も失い、町の周囲を正体不明のテロリストに包囲されたまま数日間も緊張状態を強いられてきた。警察の中でも最高権力を誇る中央警察庁や軍、政府にも緊急事態について働きかけを行なったが、どれもテロリストの襲撃開始までに間に合うとは到底思えない反応ばかりだった。


 広く国民に知らせようにもパニックが起きる可能性があり、統制AIも情報を抑えこんでしまう。相応に栄えた文明都市が丸々一つ、社会から孤立してなぶり殺しにされようとする異常な状況をなんとかしようと警察は駆け回った。

 それは正義心でもあるし、自分が逃げる術がないから戦うしかないという消極的なものもあっただろう。ともかく、警察はいつ敵が動いても戦える準備をしていた。たとえそれが猛獣相手に棒きれ一つで立ち向かうほどの圧倒的な戦力差があったとしてもだ。


 しかし、彼らを今沈黙させているのは、テロリストを遠巻きに監視していた映像の内容だった。


 虐殺。


 それ以外の言葉が見あたらない、暴力を上回る圧倒的な暴力によってテロリストが葦のように薙ぎ倒されていく光景。

 悪の断罪という言葉は思い浮かばない。

 もはや戦いにすらなっていない。

 子供がアリを潰して遊ぶような無邪気な暴力が、加害者を被害者に変えていく。


 目にも留まらぬ速度で『それ』が動く度に、パワードスーツがクローに貫かれていく。

 『それ』が光の大鎌を手に踊るほどに、パワードスーツが中身ごと焼き切られる。

 そして、見えない何かに次々に吹き飛ばされて動かなくなっていくスーツもある。

 スーツの中には、一様に凄惨な死が転がっていることを彼らは理解した。


「政府の寄越した増援、なのか……?」


 警察署長が辛うじて絞り出した言葉は、本当に映像の先で暴れる悪魔達が町を守る味方であるのか確証が持てない自信のなさが表れていた。

 副所長が震える声でそれに答える。


「政府からもあのアンノウンたちからも通信はありません。しかしあれは、ユニット……と思われますので、政府の意向の筈です」

「だろうな。それほど詳しくないが、あれほどの性能を発揮できる上にパワードスーツより小さいのはユニットくらいしかない。ユニットを動かせるのは政府の決定のみだ」


 もしそうなら喜ぶべき事だ。

 ジルベスが誇る最高の兵器、ユニットが市民を救った。

 褒め称えられるべき偉業で、自分たちの命の恩人の筈だ。

 なのに、これは――。


「残虐過ぎる。悪魔のようだ……」


 誰かが呟いたそれは、この場の多くの者の心の代弁、或いは言い表せない者に対して最適解を示す的確な喩えだった。

 ユニットの一機がテロリストをコクピットから引き摺り出し、文字通り踏み潰す。

 果実が弾けるように鮮血が飛び散り、何人かがモニタから視線を逸らして呻いた。


 全てを壊し尽くしてもうもうと黒煙が立ち上るそこに残ったのは、胴体と中にいる人間を両腕のクローで貫いたまま歩くユニットと、足下だけが赤黒くこびりつく血で汚れたユニット。

 その二機の顔が同時に警察の監視映像を見た。


「――ッッ!!」


 戦慄。

 モニタ越しでも感じる圧倒的な存在感に、警察所長は腰を抜かした。

 直後、ぶつり映像が途切れる。

 再びの沈黙の後、副所長が映像を拾っていたドローンの操縦者に確認を取る。

 一瞬破壊されたのかと思ったが、よく見ればドローンの操縦者が迫力に気圧されてモニタを切断していた。本来なら叱責すべき所だが、どうしてかその場の全員が途切れて良かったと心の中で思っていた。


 あれに関わるのは、まずい。

 自分たちは見てはいけない何か――この国の深淵の一端を垣間見た。


 ――それから僅か数分後、政府からの通信回線で警察所長に中央警察庁より打電があった。


『本件とそれに関連する一連の騒動を『ぜろ案件』とする』


 零案件とは、案件がないことではない。

 あったことをなかったことにするという意味だ。


 その内容は、国家の高度な機密に関わる問題が起きた際に、政府が政府の管理下の下に政府の手によって政府しか知る必要の無いものを政府のやり方で処理しすること。はっきり言えば、警察にこの件の介入どころか口外、関与すら一切許さないという事実上の絶対命令だ。


 犠牲になった遺族への説明、殉職した警察官の扱いと遺族への説明、現場の処理、マスコミ対応、その他諸々の全ては今このときより政府主導で行なわれ、警察はそれに絶対服従するしかない。当然、あのテロリストが何者で援軍が誰だったのかなど知らされることは一切無い。

 何も知らないふりをして、墓まで持っていけばあったこともなかったことになる。

 それが、零案件だ。


 警察所長は自分の直感が間違っていなかったことを強く再認識すると同時に、警察所長の心得としてはあるまじきことながらどこかほっとした。この真実に蓋をして眠って良いのだ、忘れて良いのだと国が認めたことを、自分はただ享受すればいいのだから。




 ◇ ◆




 後日の朝、ラージストⅤが一角であるベクターズホールディングスから緊急の発表があった。

 会社の設立者にして社長であるベクター・ロイドの逝去である。


 死因は心臓発作によるものとされた。

 相応に高齢で引退を視野に入れる年齢だったとはいえ、突然の死去に国中が驚き、彼の少し早すぎる死を悼んだ。メディアはこの大ニュースをこぞって取り上げ、ラージストⅤ各社、政府関係者、各分野の著名人たちも偉大なる先達に追悼の意を表した。


 また、これを機に社内の革新派と名高い息子のロイド・ベクター・ジュニアが社長の座を引き継ぐのではないかという声が上がったが、社内協議の結果、保守派のイシュー・メルキセデクが順当に二代目社長の座に納まった。


 ロイド・ベクター・ジュニアはメディアの前に姿を現さなかったが、これは父の逝去を悼んで喪に服したいためというコメントをイシューが残したためにそれ自体を不思議がる者はいなかった。


 メディア対応を終えたイシュー・メルキセデクは疲れ果てていた。


 彼はつい先日までジュニアの悪趣味な労働装置に拘束され続け、解放されたと思ったら仮眠も許されずに問題に対応する羽目に陥った。化粧で顔色を隠して栄養ドリンクを何本か飲んで身体を保たせたが、いい加減にベッドに沈んで泥のように眠りたかった。


(政府が零案件にしてくれたことだけが救いだ……)


 ジュニアの狂乱によって起きた事件はベクター社の信頼を失墜させて充分に余りあるものだったが、政府の大々的な介入によって現場に行く必要がなくなったのは大きかった。『K.O.G.』も壊さず回収してくれるらしい。

 ジュニアはいかれていたが、あの装置自体はプラネットフォーミングを現実的なものにするヴィジョンとしては素晴らしいものだ。社長がいなくなって舵取りが困難になったベクターにとって、いつか切り札になってくれるだろう。


(ああ、しかしジュニアの扱いはどうなるんだろうか……死んだことにはなっていないが、生きているのかそれともジュニアという象徴の存在価値から影武者でも立てるのか? なんでもいい、あいつと二度と顔を合わせなくて済むのなら……)


 元々保守派として相容れない相手だったが、イシューからすればジュニアは気分的な気に入らなさも多分にある相手だった。

 自分より若くして早く出世していることや周囲にちやほやされていること、なにより社長の方針に噛みついてもなんとなく許されるポジションに居座っていた様が、常に上の顔色を窺って出世してきたイシューには気に入らなかった。

 特に理由と言った理由は自分でも分からないが、とにかくジュニアが自分より出世することを心が許容しなかった。今では少しだけせいせいしている部分もある。


(社長……この私が、ラージストⅤの! 政府の公認だ! ついに私が座るべき椅子が目の前に!)


 その事実だけで今夜くらいはあらゆる疲労や恐怖、不安を忘れてゆっくり出来そうだ。

 彼は本社上層にある幹部専用の個人部屋に、社内IDと網膜による生体認証を使って入る。そしてネクタイを緩めて上着を脱ぎ捨てたところで、ふと気付く。


 部屋の中に葉巻の香りがする。

 自身の吸い慣れたまろやかで甘い芳醇な香り。


「よう。お初にお目にかかるな、イシュー・メルキセデク。葉巻なんて興味も無かったが、意外といい香りがするもんだな?」


 そこには、自分の部屋のようにソファに腰掛けて葉巻を指に挟んだ少年がいた。

 自分しか入れないよう厳重なセキュリティで守られたプライベートな一室に似つかわしくない、黒いコートをラフに着た少年が。そしてイシューがそれに驚いたり訝かしがったり憤慨すると言った思考を張り巡らされるより一瞬早く、少年の空いた手に握られた無骨な拳銃――カレウス11の銃口がイシューと邂逅した。


「まあ座れよ。長々話す気はないからさ」


 イシューは自分に選択肢がないことと、数日に亘る災難がまだ終わっていないことを察し、静かに絶望した。

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