39話 理由のない暗殺
この場を取り仕切る解体会社『モンストロ』社長のリンドウ・バニングスは不機嫌を隠そうともせずに最新鋭パワードスーツの中でがなりたてた。
「ロオズ、ミラン、ベンジャミン、サンストン! 誰でもいいから報告をしろ、正確な報告を! ……ああ、また途切れやがったクソが!!」
一瞬繋がった通信が短く大きな雑音ののちにぶつりと切れる。
先ほどから同じことの繰り返しだ。
この町の包囲は全てリンドウの仕切りであり、つい先ほどまではずっと上手くいっていた。物理的にこの町から出る人間も、入る人間も一人たりともいない。時々何も知らずに鼻息交じりに車を運転する戦争を知らない民間人に『戦争』で力なき者がどう扱われるのかを丁寧に教えてやればそれでよかった。
なのに、折角のほろ酔い気分が今はすっかり真っ逆さまだ。
「EMPの影響は弱まってる筈なのに、一体どこの誰が何をしやがったってんだ! これだけの規模の部隊でありながら敵の数すら分からねえなんて!!」
通信を切っているのをいいことにリンドウはコクピット内で喚き散らかす。
『オベリスク』と『アトランティード』の対EMP装備が思ったより強固なのは唯一の救いだが、より高度な電子戦能力を有する『オベリスク』でさえ状況が上手く把握出来ない。不明な熱源が瞬くように出現しては消えていることと味方の反応が少しずつ減っているのは分かっても、その現象をカメラで確認出来ていない。
そうした索敵や状況把握を補うための部隊や装置はパワードスーツの装備ではなく後方部隊に用意させおり、そして先ほどのEMPで全機器が使い物にならない。あちこちで爆炎が登るせいで視界も悪く通信からは雑音が聞こえるばかりだ。
苛々に思考を鈍らせないよう深呼吸したリンドウは状況を整理する。
「あの新米社長、俺たちを売ったか? いや計画が漏れた? とすれば社長側も追い詰められてる筈だが、今のうちにトンズラこくべきか……」
ジルベス国民にリアリティを届けることに対して言葉にならない高揚を覚えていたリンドウだが、乗せられただけの間抜けになるのは不本意だった。
一先ず自分の部隊を後方に下げると狙撃はなくなったが、通信が安定しないのを見るに戦闘は続いている。予備兵力を投入すれば勝てるのか、勝てないのか、それすらも不明な状態がリンドウの判断を鈍らせる。
今現在、解体会社が町の包囲担当で重機部門試験運用課は予備兵力として待機中だ。保安課は社長と共に『K.O.G.』に回されている。
援軍は望めるが、むやみに予備兵力を投入すれば徒に損耗し、後で自分が責任を追及されるかも知れない。
「そもそも敵は誰だ? これだけの電撃強襲を仕掛けられる以上は軍の特殊部隊だとは思うが、周囲を俺らが包囲していたんだから中じゃなくて外から攻めてくる筈だろう。しかも長距離砲をやられたときの狙撃の射角が殆ど空から降ってきたのも意味が分からん。くそ、最初のEMPが潰されたせいで雲が邪魔して空の上が見えねえ……」
と――漸く部下の一人で別の解体会社の社長であるブラダと通信が繋がる。
「遅ぇぞブラダ! 状況はどうなってる!」
『――逃げろボス!! 負け戦だ、勝てっこねぇ!!』
部下の中でも好戦的な自信家だった男が開口一番に発したのがそれだった。
馬鹿め、と、リンドウは冷めた面持ちになる。
恐らく不意を突かれて追い詰められたせいで冷静さを欠いているのだろう。
十年の歳月はブラダの戦の勘をすっかり鈍ってしまったらしい。
「俺たちは七百十七機からなる、機甲師団も吃驚の戦闘集団だぞ? 落ち着けブラダ、持ち直せる。状況を簡潔に報告しろ」
『何百機いようが結果は同じだ! スピードが違いすぎる!』
「だから落ち着け! 足が速いだけの連中を潰す方法なんて幾らでもあんだろうが! コミックヒーロー相手にしてんじゃないんだぞ!」
コミックヒーローは空を自在に飛んだり目にも留まらぬ高速移動で敵と戦うが、世界には慣性の法則というものがある。
高速で移動すれば停止したり反転するには移動時の加速を打ち消さなければならない。
重量が大きければ移動に必要な力が増え、その分打ち消す力も多く必要になる。必然、そこには隙が生まれる。
もし本当にヒーローめいた高速移動をするなら、その慣性を自在に操作するという実現の目処が到底立たないような空想を実現させるしかない。
数百機からなるパワードスーツを速度で圧倒して全滅させる敵など、現実的に考えている筈がない。
では、そもそもない筈のものがあったとすれば?
『コミックヒーローなんだよ!! 相手はユニットだ!! 政府の奴ら、ユニットを実戦に投入しやがったんだ!! じゃないと速度に説明がつかねぇ!! 俺も、もうすぐ――!!』
――実在しないという説まである『U.N.I.T.』という超兵器は、どこまでのことがやれる兵器なのか?
『最初はロオズがやられた! 続いてミラン、ベンジャミン、サンストンが立て続けに! 指揮官クラスをものの数十秒でバラして指揮が崩壊したら、あとはもうやりたい放題だ!! 俺は部下を囮に通信の安定する範囲まで逃げてきたが、その部下ももう数が――あ、ああ……』
「ブラダ!?」
『嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 刺さないで!! 助け――』
その後に続いたのは、もはやノイズにしか聞こえない絶叫だった。
やがてぶつり、と通信は途切れる。
今のノイズをリンドウは聞いた事がある。
ロオズ、ミラン、ベンジャミン、サンストン――片っ端から通信をかけた部下達のどれもから聞こえたノイズが、ブラダの断末魔とそっくりだった。
通信が繋がらなかった訳ではない。
通信が繋がる度、相手が状況を把握する間もなく殺されていたとしたら?
リンドウの部隊の一際近くで爆発が起きた。
同時に、レーダーの隅に一瞬だけ反応があったブラダの『オベリスク』の反応が途絶した。
弾かれるようにその方角を凝視するリンドウに迫ったのは――。
『ミケちゃん怒りのキティクローっ!!』
「か、ふっ……?」
自分の胸に、四本の刃が突き刺さる。
目の前に、華奢なパワードスーツとそれが突き出した爪があった。
全く反応することが出来なかった。
シルエットを目視することすら許されない、絶対的、覇権的速度差。
そして、突き刺さった爪が恐らくパワードスーツ最硬の筈の『オベリスク』の装甲をバターでも貫くように綺麗に貫通したこと。これらの常識では考えられない出鱈目な行為を実行出来るだけの兵器の中で、実現可能性がありそうなもの。
「ユニット……へへ、なんだよそれ――ブグッ、ゲボッ」
まるで幼児向けアニメにでも登場するような可愛らしいネコの手と尻尾がついた趣味的で低俗なデザイン。こんな悪ふざけが、最新で装備の十分なパワードスーツにそのポテンシャルを発揮する時間さえ与えずに殺すという頭の悪いコメディアンでももう少し捻る展開。
リンドウは何もかも馬鹿らしくなって、肺から湧き上がる鮮血にむせびながら笑う。
こんな超兵器、十年前に兵士が地獄の中で心を破壊されていく中でどうして末期まで持ち出さなかったのか。
見てみろ、たった一度投入しただけで歴戦の兵士さえこのザマだ。
もしもあの戦争が維持費のかかる中古兵器の一掃とパルジャノ連合への致命的打撃のためにわざと頬を差し出した戦争だったのだとすれば、それに付き合わされた兵士たちと惨殺されていった人々は一体何の為に生まれてきたのだ。
自由とはなんだ、人権とはなんだ、人道とは一体なんなのだ。
ジルベス国民を含む世界中のありとあらゆる人間は、こんな超兵器をさじ加減一つで操ることの出来る一握りの権力者の玩具にされるために戦争をしたのか。
リンドウは、戦争をコントロールする民主主義のリーダー達を心底嫌悪していた。
そんな連中に騙されてのうのうと生きる選ばれし国民に醜く嫉妬していた。
食べて糞して寝ることと他人を死地にけしかけることしかしないハエの王とウジの王国だ。
だから、世界のリーダー面をする連中に泡を吹かせ、払った代償の大きさをリアリティを以てして伝えることを結果的に実現出来るジュニアの計画に心惹かれた。
選ばれし者であるジュニアが同じ選ばれし者を陥れる。
そんな光景なら最後には殺されるとしても一見の価値がある。
だというのに、ユニットときた。
ラージストVでも動かせないものをあっさり投入され、自分たちはここで無様に死ぬ。
見よ、我らが先にある町の連中は今頃やけに外が騒がしいなと思いながら、音が止んだらまた安全なベッドの上で眠りこけ、十年以上苦しんだ兵士たちの怨嗟の一欠片にも耳を傾けない。
そんな国の何が平等か、何が民主主義か。
「何のために……ゴボッ、てめぇは、戦う……?」
『愛する者を守る為、日夜ネコは殺し続けるのです。ネコを信じない者は地獄に堕ちーる!』
ふざけた言葉に、自分はこんな相手に殺されるのかと愕然とする。
最も苦しんだ人間を助けず、苦しんだ者を屑籠に放る究極の不平等を体現したヒーローがこの世に存在るすことに、リンドウは絶望した。
気付けば突き刺さった爪が心臓、鎖骨、顎、眼球、の順にさくりと切り裂き、最後に頭蓋を抜け、リンドウは全てを諦めた笑い顔を五等分に断裂された。
これを最後に717機いた解体会社の軍勢と後方支援チームは本格的に総崩れとなり、三機のユニットに命を刈り取られていった。
テウメッサは隊長機格のユニットを乗っ取りながら丁寧に、ミケは荒っぽいながら指揮官機を圧倒的速度で狩ることで混乱を加速させ、その二人の取りこぼしをサーペントが射殺す。
ペースとしてはミケの方が非効率的で取りこぼしが多いが、それでもきちんと働いてくれるだけマシだろう。彼女は本来殺すターゲットに本気で恋する殺し屋だ。それが恋人候補かもしれない人を殺して回れるのは、愛するユアの為に邪魔者を消すというマインドセットが出来たからだ。
そのマインドセットも綻びがあり、戦意を喪失してミケに命乞いをする者に彼女は恋してしまっていた。
必死で可愛い、素直で可愛い、決まっててかっこいい、と言いながら、彼女はその一つ一つの恋が本物か確かめるために恍惚の笑みでその首をへし折った。
恋した態度に一瞬ぬか喜びした兵士が最期に何を思ったのかは本人にしか分からない。
テウメッサに至っては綺麗に殺しすぎて殆ど乞う口が残らず、結局生き延びたのは最初のEMP攻撃の際に機材が破損したショックで気絶していた後方支援の兵士一人のみだった。彼の処遇は最終的にはオウルが決めるが、オウルがいらないと言ったら彼も消すことになる。
殲滅を終えたユニットたちは、虐殺後とは思えないほどリラックスしていた。
『終わり終わりっと。彼らも運の悪い連中だよ。この国に数多ある町のたった一つに僕らが集結してたんだから』
『ねぇね、これ後片付けどうすんの? 100機片付けるのも結構大変だったのに、この規模の隠蔽は流石にネコの手でも無理でしょ~……警察に見つかっちゃうよぉ?』
『それなんだけど、オウルが確かめたいことがあるから放置して帰っていいって。こっちとしては『オベリスク』の現物一つバラして持って帰って欲しいんだけど。データ吸いたいからさ』
国家は何の罪も犯さず生きる人間を優良な国民と定義する。
何一つ負う咎もないのに不幸が押しつけられることはあってはならないと言う。
だが、兵士達は知らず地獄に落され、不幸を押しつけられて捨てられた。
彼らにとって、何の罪も犯さずのうのうと生きていられることは許されざる事だった。
正しいのはどちらであったのか?
それを論ずるのが許されるのは勝者のみだ。
ところが、この戦いの勝者ときたら、そのような問答には欠片も興味を示さない。
彼らが気にするのは唯一つ。
『サーペント、ユアちゃんの様子はどーお?』
『今晩騒がしいから外に出ないようには言っておいたけど、彼女に何かあったら僕らの戦い全部パァだし、どうなんだい?』
『流石に町の直上で長距離ライフル乱射したり周辺で爆発が起きまくったせいで町は結構な騒ぎになってるよ。彼女も目が覚めちゃったみたいだ。これ安眠妨害で任務失敗かも……』
『夜の騒音は今日限りだしもう終わったからそれは勘弁願いたいなぁ』
『どうれどれ、映像拝見っと。んふふ~、眠気で目をくしくしするユアちゃん可愛いなぁ~!』
『……テウメッサ、気をつけて。テンションが上がった勢いでミケに彼女を殺されたらなんというか、報われないって言うのか? そういうのになるぞ』
『分かってますって。ほんっとこのイカレサイコ女はこれがあるからなー……』
ユアが何も気にしないならば彼らも何も気にしない。
ユアが気にするであろうことは気にしないよう手を回す。
ユアの存在を無視して事を起こすなら、事と次第によっては叩き潰す。
彼らには正義も悪も、理由すらも存在しなかった。
ユアちゃんの存在が初見回避不可能のデストラップすぎる。




