37話 目玉焼きの暗殺
通常、兵器は求められるスペックやコストに見合う形に纏まるようブラッシュアップしていくことで完成する。様々な不具合や試行錯誤、技術的発見、そして安定性の向上に無駄の省略。根底にあるのは、過去にあったものより更に目的に見合ったものに仕上げることだ。
しかし、ユニットという兵器は真逆だ。
あまりにも全てが高水準すぎて、どこからどう力を抽出すれば目的に見合う破壊力になるのか、そのリミッター調整に全てが懸っている。ユニットという兵器には今のところ『強化する余地が存在しない』。使用する武器や追加兵装の全てが、度を超した破壊を防ぐ為の出力調整装置に過ぎない。
そんなユニットにとって最もリミッター調整が容易な武器は何か。
レーザーやプラズマ、粒子砲などのエネルギー兵器だ。
実弾兵器は装備のスペック以上も以下も引き出せないが、これらエネルギー兵器は出力上限さえ定めておけば柔軟な破壊が可能になる。
ただ、オウルがよく使うユニット腕部から発射されるプラズマレーザーは別だ。
あれはエネルギー源とユニットが直結しているため、理論上の出力はあんなものでは済まない。
故に、テウメッサは対パワードスーツを想定してそれを武器という形に収めた。
高出力プラズマ溶断兵装、『ハルパー』。
死神の大鎌のように長い柄の先端にはプラズマ噴射装置があり、そこから常に漏れ出すプラズマはテウメッサの任意で距離を伸ばすことが出来る。
テウメッサは『ワイルド・ジョーカー』を駆り、トランプのジョーカーのように笑いながら処刑場でプラズマの鎌を振り回す。
『諸君、これが人生最期のダンスショーだ! さあ、狂って踊れッ!!』
小粋なショーの主役を気取ってテウメッサは『ハルパー』をバトンパフォーマンスのようにくるくる振り回す。その度、『ハルパー』の先端からパワードスーツの合金すら一瞬で蒸発させるプラズマが刈り取る命を求めて噴出した。伸びたプラズマは何十、何百メートルもその出力を保ったまま宵闇を縦横無尽に駆け回り、その度に鉄と肉が焼ける臭いと断末魔が響き渡る。
『避けられねぇ!! ぎゃああああああ――』
『悲鳴を上げる暇すら許されないってか……!!』
『あのふざけたパフォーマンスを誰でもいいから止め……あ? 俺の腕、どこに……』
作業用に軍の機格以上の高熱に耐えられる『アトランティード』でも、リミッターを再調整した今のクアッドなら触れるだけでバターのように焼き切ることが出来る。大地もプラズマに多少融かされるが、この程度の影響であればユニットが暴れた跡としてはマシだろう。
テウメッサのパフォーマンスは次第に情熱を帯びてゆく。
「成功したら皆様拍手を――それまで手が残っていればね!!」
鎌をジャグリングし、手を離して肩の周りを一回転させてからキャッチし、上に投げると自分も跳躍しながら空中で身を翻して背面でキャッチする。
地面に対して垂直に投げた『ハルパー』を右足のつま先で受け止め、バランスを崩さずサッカーのリフティングのように蹴り上げると今度は左足のつま先に乗せると、今度は足を軸に身体を反転させて蹴り上げた『ハルパーを』ユニットの足裏に乗せて見せた。
この間、『ハルパー』から噴出するプラズマはテウメッサの『ワイルド・ジョーカー』に一切触れないまま敵だけを無慈悲に焼き切り続けている。百、二百、次々に中に焼けた肉袋が入ったガラクタの山が積み上がっていく。
彼のふざけたパフォーマンスを無視して町に向かおうとしたスーツ部隊は視線もくれずに亜済んでいる筈のテウメッサに切り裂かれ、僅かに生き残った者も高高度からの狙撃で無惨に爆散していく。
『戦場で遊び半分に踊ってるヤツに、なんで私たちがこのようなッ!!』
『クソがぁぁぁぁーーーーー!!』
生き残った『アトランティード』たちがアンカーガンを斉射し、ワイヤーウィンチで武器を奪おうとし、音波装置で動きを阻害しようとし、中には直接爆薬コンテナを投げつけて爆破しようとした者もいた。
しかし、当たらない。
避けられるし、切り裂かれる。
正規軍も容易に勝てない最新鋭パワードスーツによる猛攻が冗談のように空回る。
『ルンタッタ、ルンタッタ、タララッタッタ! どうせ人間はいつか死ぬんだ。なら楽しんで死んだ方が絶対にお得だぞ、諸君! ああ、ちなみに残念ながらこの劇に途中退席は許されないんだ。古き大国の暴君が定めた素晴らしいルールだよ』
本当に楽しそうに、人殺しをしているとは到底思えないほど明るく、一欠片の躊躇も呵責もなく、テウメッサはこのショーの観客を皆殺しにすると宣言した。
それが他人からすれば異常なことだとテウメッサは正確に理解している。
しかし、実行することに対しては何一つとして引っかかるものはない。
此処はそういう演劇場で、テウメッサはそういう演者なだけだ。
躊躇う自分を演じることは出来ても、本質的に、テウメッサは『躊躇が出来ない』。
思い入れという感情は理解出来るが、捨てることに躊躇えない。
これは他のクアッドの誰とも異なる感情だ。
オウルは殺すことに躊躇いはしないが、死を皮肉るあたり考えていることはある。
ミケは殺す相手に期待し、殺した後に勝手に失望する。
サーペントは恐らく、根本的に殺害対象を人間だと認識していないのだと思う。
死の演劇は折り返し、後半に差し掛かる。
プラズマの斬撃を装甲で耐え、ラピッドクローラーによる高速移動を用いて新型スーツの『オベリスク』の巨体がテウメッサめがけて降ってきた。
『どこの誰だか知らないけど、この『オベリスク』にまで通じはしないよぉッ!!』
大地を砕いて着地した約六メートルはある四脚の異形が『ワイルド・ジョーカー』を眼科に見下ろす。高慢そうな女性の声と異形の姿が相まって、神話の怪物の類を彷彿とさせた。
テウメッサは鎌の先端近くを蹴ってジャグリングのようにくるくる飛ばすと、ソレをキャッチして肩に担ぐと、『オベリスク』の身体に貼り付けられたデカールに視線をやる。
『解体会社社長の一人だね。それにトンボのデカール、そして女性……『複眼部隊』のベルラ・リー元陸軍少尉とお見受けする』
『ハッ、なんだよあんた軍所属かぁ!? 隊長でもなかった私の名前まで調べ上げてるとはねぇ!!』
『貴方たちは目立つからね。十年前の戦争……パルジャノ連合が捕虜に盛んに行なった目潰しの拷問で失明した兵士達を再生するために昆虫の目の構造を応用した人工視覚感知装置を取り付けられた兵士は素人だって一目で気付ける。スーツの中のご尊顔が想像できるよ』
『気に入らないねぇ。同情か、それとも自分は綺麗な顔をしてますって優越感かい!?』
『複眼部隊』はその名の通り人工的に作られた複眼を装備している。
それは義眼というレベルではなく、頭蓋骨の眼球付近にまで手を入れた大がかりな外科手術によって取り付けられており、見た目は人間の眼球があるラインを横に削り取ってフリスビーでも差し込んだような独特の形状をしている。
一応そのノウハウは後に人工眼球の技術の発展に寄与したものの、当時は不具合が多く、複眼という特性を生かし切れずに精神に変調を来し、術後のケアも碌になかったために日常生活すらままならなくなるケースが続発し、計画は中止になった。
ただ、この計画は志願制であったために戦後彼らは国のケアを受けたり補助金を受け取っている。ベルラはその中の例外――彼女は山ほどの軍紀違反を犯した末に戦場で行方をくらました、現在進行形の犯罪者だ。
『僕の目も潰したいのかな? 敵の捕虜では飽き足らず味方、民間人、挙げ句死体の眼球まで潰して回った筋金入りの目ん玉好きだもんね』
それは自らもその拷問を受けた復讐なのか、それとも復讐の際に自分がそのような癖を持ってることに気付いたが故の中毒なのか、ベルラは戦場で眼球を執拗に潰し続けた。
復讐のためではなく眼球を潰すことの正当性のためだけに『複眼部隊』の地位に執着し、そして戦争後期の混乱の間に一線を越えた。
『トロトロの目玉焼きの黄身を潰すのは誰だって大好きだろ!? なんであれを目玉焼きって言うのか教えてやるよ! あれはねぇ、眼球を押し潰す感触と快感の疑似体験が出来るからさぁ!! 眼球を眼窩に押し込んでいき、限界を超えた眼球が潰れて中身が溢れる感触はたまんないんだよぉ!!』
『それはちょっと共感しかねるかなぁ』
『オベリスク』の腕部と前脚部に装着されたクロー型の装置が唸りを上げて一斉に『ワイルド・ジョーカー』に鎌首をもたげる。構造は以前にクラウン達解体会社が使用していた解体クローに似ているが、決定的に違うのはクローで破砕するのではなくあくまでクローが固定用だということ。
上腕のクローの隙間には挟み斬る構造のチェーンソーが。
前脚部のクローの中には杭型のパイルドライバーが。
工業製品の応用ではあるものの、その構造は明らかに加工ではなく軍用レベルの過剰な破壊力を秘めており、おまけに後脚部や肩部にも補助用のアタッチメントから別の装備が見え隠れする。
『ぶちゃり、ぶちゃり、指先で弾けるたまらない感触ぅ!! まだまだまだまだ、味わい足りないんだよぉぉぉーーーーッ!!』
猟奇的な装備をギチギチと鳴らし、月下の大怪蟲が『ワイルド・ジョーカー』に襲いかかった。
これ以上詳しく書くと過度に残虐になる可能性があるのでソフトにお送りしています。




