36話 話の違う暗殺
夜の闇に紛れ、クアッドの四人が町外れのビルの頂上に並び立つ。
気負った様子もなく、これから夜の散歩に洒落込む感覚。
彼らにとって、殺すことと息をすることに然程の差異はない。
「目標は?」
「依然動きなし。狂犬集団の割には手綱は握れてるんだね、新社長は」
「……」
「どうしたの?」
「お前が隣にいるの、なんか変な感覚だな」
オウルに言われてサーペントは肩をすくめる。
「まぁ、普段は裏方か通信越しだからね。オウルと並ぶなんて初めてじゃないかな?」
うそぶくサーペントだが、その顔は通信越しに見る中年男性のものではなく、若い男性のものだ。これがサーペントの本当の顔――ではない。テウメッサから聞いたサーペントの顔とも、ミケから聞いたサーペントの背丈とも、どの情報も一致しないまったくの別人に見える。そもそも実はユアに通信越しに顔を出したときのあの中年男性の顔すら、オウル達はあのとき初めて見た顔なくらいだ。
しかし、オウルもテウメッサもミケも特段そんな些細なことは気にしない。
気にするのは、サーペントの正体を知らない者だけだ。
既に打ち合わせを完了している四人は、定刻になった瞬間に行動を開始する。
「「「「ユニット・アクティブ」」」」
宵に光が迸った。
それはほんの一瞬で、もし偶然見かけた人がいても「若者が花火か爆竹でも使って遊んだか」と流す程度の些細な光。
しかしその光が、この世界で最も凶悪な獣を現世に召喚する儀式となる。
兵器としての無骨さと甲虫のような曲線が織り交ったスマートな体躯。
ただ効率よく、無駄なく、故に美しい凝縮された暴力。
それでいて、それぞれのユニットは微妙に意匠が異なっていた。
『作戦開始』
『『『了解!』』』
真っ先に先陣を切ったのは、サーペントの『アーク・ウィザード』。
他のどのユニットよりも細身で、身体のあちこちにケーブルやソケットのようなパーツが見え隠れするそれは、敵には目もくれずに高く空に舞い上がっていくと、雲の中に消えた。
続いてオウルの『ナイト・ガーディアン』がクラウチングスタートのようなポーズを取る。
瞬間、背中から漆黒の翼が展開された。
これが『ナイト・ガーディアン』の本来の姿――空を支配する者。
直線的な戦闘機の翼とは違い、幾つもの空力パーツを織り込んだ生物的な柔らかさと兵器としての獰猛さを両立させたデザイン。その翼には行きがけの駄賃とばかりに直径一メートルほどの多数のミサイルが直接ジョイントされている。
『パーティークラッカーがないとパーティは始まらないよな』
オウルが念じる、飛べと。
『ナイト・ガーディアン』が応え、翼が甲高い音を立てて震える。
直後、『ナイト・ガーディアン』が滑るように空へ飛び立った。
最初は緩やかに、しかし音もなく確実に加速していくそれは、町と一定の距離を取ったと同時に全ミサイルが噴射を開始して加速し、敵のレーダー圏内に入る直前に全てのミサイルを分離させた。
加速しながら推進剤を噴射したミサイルは孔雀のようにあらゆる場所に目がけて美しい尾を描いて飛来。
『行きがけの駄賃に全部くれてやる。盛大に弾けな!』
瞬間、ミサイルそのものが変形してスポットライトのような形状になり、爆発と同時に前方に夥しい指向性電磁パルスを噴出させた。
町を包囲していた部隊全域で、連鎖的大量爆発が発生し、夜空を紅蓮で彩った。
軍ではまだ正式採用されていない指向性EMPミサイルによる強烈な電磁パルスが町の外に吹き荒れ、包囲部隊が瞬く間に混乱に呑まれる。
『なんだ、何が起きた!!』
『後方支援のトレーラーと通信途絶、ドローンが一斉に爆発! 長距離通信も使えません!!』
『まさかEMPか!?』
『町の灯りは問題なく灯っているじゃないか! 本当にそうか!?』
『そんな筈は……指向性EMP兵器の開発に成功したなんて聞いた事がない!』
EMP――電磁パルスは電圧を用いる装置に過電圧を発生させて耐性許容限度を超過させ、強引に誤作動や破壊を誘発する。元々理論自体は以前から存在したが、当初は大気圏高層で核ミサイルを爆発させるという地上への影響が予測しきれない上に影響が大規模に及びすぎるものだった。
クアッドは、そのEMPの効果範囲を限定する装備を用いた。
彼らにとって予想外だったのは、クアッドとユニットの存在そのものだろうとオウルは思う。
(このパーティーグッズはユニットでの運用前提の欠陥品だからな。知らなくて当然だ)
莫大な出力を誇りEMP対策も万全なユニットが運用することでなんとか兵器として運用できているが、実際にはこの指向性EMPミサイルは普通に使えば直線で飛べるかどうかさえ怪しい。そもそもユニットが補助してもこれ以上の長距離は飛ばせないほどだ。
そしてもう一つ――このミサイルはEMP対策が施された対象には無力だ。
EMPというのは太陽フレアによって自然発生することもあるため、先進各国では重要なシステムの中枢や軍関係の兵器にEMP対策を施している。包囲した敵の目である索敵・支援トレーラーやドローンをを壊すことは出来ても、パワードスーツとその装備までも破壊することは叶わない。
当然、ベクターの最新型パワードスーツは影響を受けない。
先制攻撃を受けたと認識した敵の判断は早かった。
各部隊がこの以上を襲撃と捉え、第一目標の町の破壊に乗り出したのである。
『B Bカノン装備の機体は速やかに発射!! どこでも構わん、町をぶち壊せ!!』
敵に襲われるより『嫌がらせ』を最優先で迅速に命じる。
この判断力は戦争を生業とする者であれば正しい。
自己が犠牲になっても目的を達せられれば讃えられるのが戦いだ。
しかし、彼らは装備の潤沢さに慢心して後手に回った。
それは仕方の無いことで、既に手遅れであったのだ。
高く高く、雲の上より更に高い場所。
底に浮遊する円形の装置があった。
オウルに『ミラーボール』と揶揄されたそれは大きさにしてなんと直径一〇メートル以上あり、ミラーの代わりに全面にサイレンサーつきの超長距離狙撃砲が装備されている。何を動力に浮遊しているのか一見して不明で、兵器というよりは子供の考えた実用性のないジョークアイテムのようにふざけている。
しかし、先ほどの指向性EMP弾と同じくユニットというふざけた兵器の一部となることで命を吹き込まれる。
その兵器の中心部でEMP弾発射前から照準を合わせていたサーペントは舌なめずりした。
『マルチロックオン、三重補正、予測範囲割り出し完了――ファイア』
直後、ミラーボールの下方全面から顔を覗かせていた百を越える砲塔が一斉に照準、発砲。
遙か雲の上という想定していない高度からの見えない狙撃は、各隊が最長射程と最大火力を誇るBBカノンを装備した数少ないパワードスーツ群を蜂の巣に変え、隊長機格である『オベリスク』の装備するカノンにも降り注いだ。
大量の貫通弾に晒され、ある者は構造の僅かな隙間に弾丸を捻じ込まれて破裂し、ある者は複数の弾丸が命中したことで衝撃吸収許容量を超えた運動エネルギーにシェイクされて体内をぐちゃぐちゃに破壊され、即死する。
『かはっ――』
『なん――ギャッ』
『砲撃部隊がッ!?』
タイミング的にはEMP発動で硬直した時点で既に照準を追え、彼らが動き出す直前に発射していた。『ミラーボール』に搭載された弾丸は全てがパワードスーツ用対物ライフル級の威力があり、しかも高い高度から発射されたことで重力加速も加算されるため、弾丸そのものより衝撃が恐ろしい。
そのことも計算に含めて一機一機、多少動かれても必ず当たるように面を捉える攻撃を複数機に同時に打ち抜けたのは、サーペントの狙撃能力ではなくそれらの照準をシステムで束ねて十全に使いこなす電子戦能力の高さ故だ。本来なら狙撃には星の自転やコリオリ力まで計算に入れなければならないのを、ユニットの処理能力を用いてマシンパワーで押し切った結果がこの狙撃だ。
『暗殺に使う代物じゃないけどね。オウルのミラーボール呼ばわりは的を射ている』
これは、元々はスペースデブリを大気圏に叩き落とすという用途で開発されたものの、特に火器管制システムが複雑怪奇を極めて現実的ではないという理由からボツを喰らって倉庫で寝ていたものをくすねて改造した人工衛星だ。
急ごしらえでこの作戦中はなんとか保つよう調整した『ミラーボール』は、『アーク・ウィザード』という最高の頭脳兼浮遊装置を得て最初の一斉攻撃に成功こそしたものの、現時点であちこちのシステムから負荷によるアラートが大量発生していた。
真っ赤に染まる警告で視界を埋め尽くされたサーペントが片手で額を抑える。
『あちゃあ、やっぱり……でも最低限の役割は果たせたし、まだ暫く狙撃は続けられそうだな。負荷の大きい狙撃装置をカットしてギリギリまで使い潰させて貰うよ?』
サーペントの役割の半分はこれで終了した。
EMPと砲撃による敵の硬直と数の減少、そして敵射程の大幅減退。
ここまでお膳立てをすれば、後は他の三機で充分殲滅できる。
後のサーペントの役割は、他の機体を援護しつつ取りこぼしを丁寧に潰すタワーディフェンスだ。
事の成り行きを見届けたテウメッサとミケが、跳躍して大地に立つ。
『では僕は右舷を』
『私は左舷!』
テウメッサの『ワイルド・ジョーカー』は最新兵器に似つかわしくないマントを背部から展開し、手には鎌のような形状の長い武器を。
ミケの『キティ・エンプレス』は猫の着ぐるみの手のような兵器には到底見えないキャッチーな腕部追加装備に加え、これまた猫の尻尾そっくりのふんわりしたマニピュレータを。
二機とも射撃武器がないのは、効率的に殲滅しようとすると周辺の地形がどうしても変形してしまうほどの火力になるから。そして、以前にイーグレッツの『ゼピュロス』のデータを元にリミッターに改良を施したことで、近接戦闘中心でも充分に町を守れるからだ。
三機が問題なく連携を開始したのを確認したオウルはこの場を彼らに任せ――。
「行きがけに少しくらい殺っておくか」
飛行ユニットの加速そのままにするりと高度を下げ、直進ルート下方にいた敵に片っ端から両手の対パワードスーツ拳銃『ブリッツ』の弾丸を叩き込んだ。本来なら精密狙撃など到底不可能な移動速度を維持したまま、嫌味なまでに弾丸は『アトランティード』を破壊していく。
『うぎゃっ』
『上から!? あブッ』
『何だ! 俺たちは何に襲われて――ギャアアアアッ!!』
飛行装備まで展開して加速を始めた『ナイト・ガーディアン』を、たかが高性能なパワードスーツ程度が捉えられる筈もない。地を這う鈍重な獣たちは、空を支配する更なる猛獣にただただ一方的に食い散らかされ、弄ばれていった。
夜の闇に紛れ、風より速く戦場に舞い降り、マズルフラッシュが生む僅かなシルエットしか垣間見せない得体の知れぬ怪物。一つ光る度に仲間が弾けて死んでいく悪夢の光景にベクターの兵士たちは混乱し、恐怖した。
殺戮は別の場所でも始まり、空から降り注ぐ何者かの弾丸に加え、まるでユニットのようなパワードスーツが突っ込んだ先で次々に味方の反応が潰えてゆく。明日の殲滅に涎を垂らして楽しみにしていた連中の命が、塵屑のように捨てられていく。
話が違う。
自分たちは暢気に旅行に出かける親子の父を潰し、母を子の前で弄び、最後に子供を股から引き裂いて殺す遊びを続けられるんじゃなかったのか。
間抜けにも仕事に誇りがあるだの悪を許さないだのと喚く連中に、そんな正義感は気分と雰囲気の問題だとたっぷり思い知らせながら捻り潰す遊びを続けられるんじゃなかったのか。
これから世界最高の社長と一緒に、戦争と絶望を知らない寝ぼけた間抜け共のリアリティに溢れる悲鳴と無様なミンチを存分に鑑賞し、体感出来る筈ではなかったのか。
この町には、餌しかいないんじゃなかったのか。
まだ包囲してから僅かな人間しか殺せていないのに。
これでは――これではまるで。
『俺たちが餌みたいじゃねえかよぉぉぉーーーーーーッッ!!!』
絶叫した解体会社の社長の一人は、そのままオウルの『ナイト・ガーディアン』にバリアつきの音速の蹴りを受けて『オベリスク』諸共空を飛び、飛び、飛び、夜空に大きな放物線を描いて緩やかに飛び――数百メートルも音速に近い速度で無様に吹き飛んだ後、受け身の一つも取れず地面に激突。
幾ら衝撃吸収機能が高いとは言え飛行機の墜落事故に等しい衝撃には『オベリスク』も耐えきれず、彼の全身はGでひしゃげて潰れた。
土柱をあげて落下した『オベリスク』内の生命反応が消えたかどうかさえ確認せず、オウルは一瞬で通り過ぎた遙か後ろを振り返る。
『反射的になんか新型っぽいのを蹴ったが……まぁいいか。メインディッシュに急ぐとしよう』
暗殺者にとって、その男は玩具ほどの価値すらなかった。




