34話 お裾分ける暗殺
サーペントが気付いた時には、既に出遅れていた。
これは彼の気が緩んでいたという訳ではなく、ベクター社側の動きがあまりにも自然だったから今回の騒動との関連性が見いだせなかったことが原因だが、それは彼にとっての慰めにはならない。それに、気付いたところで止められる性質のものでもなかった。
「町が段階的に封鎖されていっている……?」
ユアたちの住むこの町には大まかに分けて三つの大動脈とも言える道路がある。
一つはアンフィトリス海峡を抜ける橋で、もう二つは普通の陸路の道だ。
それらの道が、一見して分からないように封鎖され始めている。
「オウルから道路の車がやけに少ないと聞いて調べたから気付けたけど、これは……明らかに不自然だ。感染症による都市封鎖とも違う。政府が絡んでいない」
ベクターコーポレーションは町そのものを作ってしまうような大企業であり、ジルベスの国道の整備なども委任されている。そのベクターが一見して大動脈と関係の無い道路を「老朽化に伴う調査と整備」という形で次々に封鎖し、それによっていつの間にか大動脈からこの町へやってくる車がシャットアウトされている。
物流会社の類がこの異常に気付いて混乱が発生している。
会社の一部は空輸に切り替えているが、行ったきり戻ってきていないらしく、サーペントも確認したがそのような車両や物資は確認出来ていない。いよいよおかしいとサーペントは様々な手段で探りを入れるが、道路封鎖と繋がる情報は出てこない。
だが、代わりに別の異変に気付くことはできた。
あるベクター所有の研究施設に不自然な動きがあったのだ。
「なんだこれ。この研究所の備蓄がここ二日ほどで目減りしている。しかも警備会社がぞろぞろ入り込んでるぞ。しかもここ、汎用の回線が繋がってない。殆どスタンドアローンで稼働してる……」
下手をすると本社よりも厳重なのではないかと思えるサイバーセキュリティの要塞に、サーペントは電子戦での侵入を諦めてドローンや監視カメラ、人工衛星からの監視を開始する。
人工衛星は予めジルベス国内の特定の場所は自動的に監視から除外する設定が施されているため詳細には見られなかったが、過去の記録を詳細に遡った所、ここは元々ジルベス国内でも数少ない鉱山だったようだ。
「はぁ……どっかの馬鹿がケスラーシンドロームなんて起こしてなければ極秘衛星くらい用意できたのになぁ」
今、ある愚かな国家元首のせいでこの世界の宇宙開発は大幅な遅れをとっている。
これほど高度に発達したにも拘わらず、勿体のないことだ。
「さて、愚痴ってても始まらない。この研究所は何を作っているのかな?」
過去の膨大なデータから必要な情報をピックアップしていく。ベクターはこの鉱山を強引に買い取り、山を切り崩し尽くして平野にするまで掘った挙げ句、そこに研究所を建てた。
そして、採掘されたであろう莫大な金属が殆どこの地域の外に出ていない。
「つまり、使ってるのか……何にだ? 超大型重機を量産したってこんな莫大な金属は必要ない筈だが……ん!?」
記録を漁っていると、望遠ドローンが最新のデータを拾ってくる。
その余りの光景に、サーペントは絶句した。
一瞬、自分の世界最高峰の仕事場がタチの悪い天才の作った謎のウィルスに乗っ取られたのではないかと本気で疑うほど予想外の光景だったが、それは確かに確認されていた。
「山が……削れてる」
研究所から直進で進んだ『何か』が、凄まじいスピードでその何かの進路上にある山に激突し、削りながら直進している。岩が、起伏が、樹木が、崖が、山を構成するありとあらゆる物体が微塵の抵抗も許されずに削り取られていく。
土煙が遮って『それ』が何なのかまだ確定しないが、カメラを確認するとそれは間違いなく研究所内から地上に這い出た存在で、それの進路にはふかふかの土で出来た平らな道が――国道どころか下手な町がすっぽり入るほどの幅の土の道が延々と続いていた。つまりは、『それ』のサイズは町以上ということである。
「まるで超巨大な耕運機だ。自重で大地が陥没するほどの重量な筈なのに、一体どんな構造で邁進しているんだ……進路予測は……やっぱりかぁ」
出来れば外れていて欲しかったが、『何か』は極めて緩やかな曲線を描きながらも、今のまま移動を続ければ、ジルベスの山岳地帯をふざけた速度と重量で突き破ってあと二日でこの町を挽き潰す。
そして、町から逃げるための大動脈は封鎖されており、各メディアもまだこの超巨大移動物体の存在を認識していない。陰謀論者たちも「怪獣出現」とは騒いでいないようだ。
「問題はこの巨大物体は壊していいものなのか。誰が何の為には二の次でいい。こんなもの二個も三個も極秘で用意出来るものじゃないから、潰せば少なくとも町は轢き殺されないで済むし……ん?」
ふと、警察を監視していたシステムがアラートメッセージを吐き出す。
警察に不穏な動きが緊急事態が発生した際に自動でその情報を流すスパイウェアの一種だ。
内容を横目で確認したサーペントは、予備の情報処理システムをフル稼働させることを決定した。他のクアッドにも緊急でメッセージを送信する。
「どこの馬鹿だ、こんなことおっぱじめたのは!!」
アラートの内容は、警察の対テロ応援要請。
彼らが推定テロリストと接敵した場所は、つい先ほど決定した筈の大動脈まで封鎖にかかったベクター社の封鎖地点だった。
◆ ◇
ジルベスの国土は広く、町と町の間に何もない荒れ地や草原が広がっている光景は珍しくもない。景色も代わり映えせず、無駄に長く、たまに息継ぎのようにモーテルやガソリンスタンド――今のジルベスはどちらかと言えばEVが多いので若い人間はマルチスタンドと呼ぶこともある――程度だ。
そして、長い道筋の途中で運悪く車が故障したり、単調な運転に飽きて居眠りしたツケを払うことになる者は一定数存在する。そして、それが警察沙汰であることも時にはある。
だがこの日、警察車両の搭乗者は独特の緊張感に包まれていた。
警察の戦闘用車両の後部席で、部隊員たちが手に馴染のない対テロ装備の最終点検を黙々とこなす。鎮圧部隊の隊長が運転席の部下に聞く。
「あとどれくらいで地点に着く?」
「1キロってところですね。この丘を越えた先です」
「丘を越える前に一度止まって偵察する。丘の先から車両が見えないよう気をつけろ」
「了解!」
隊長達の後ろでは、どこか頼りない鎮圧部隊員たちが小声で私語を交わしている。
「緊急応援要請なんて何年ぶりだろうな」
「先輩、おれ訓練でしか経験してないですよ」
「半分以上の連中がそうだ。先行した同僚の通報装置の誤作動を期待したいね」
彼ら鎮圧部隊はいわゆる機動隊で警察内でもエリートに分類されるが、なにせ平和な田舎の警察の機動隊なので都心のエリートに比べれば練度は劣る。そんな彼らが完全装備で出動している理由は、この先の道路で市民からのSOS電話があったからだ。
電話はすぐに途切れ、イタズラの可能性も考慮しつつ一応警察官二名がパトカーで様子を見に行った。
そして、緊急応援要請を送ったっきり音信不通になった。
これが単なる犯罪者との遭遇であれば唯の応援要請だっただろう。
だが、彼らは緊急応援要請を行なった。
これはジルベス警察の中では立てこもりや集団による銃撃戦が想定される重大ケースの場合に行なわれるものであり、もっと言えば対テロリスト戦闘も視野に入れなければならないものだ。ここ最近立て続けにトラブルが起こっているこの町では楽観視出来ず、所長は即座に鎮圧部隊の出撃を命じた。
車両が足を止め、現場の偵察が始まる。
荒れ地に擬態したデザート迷彩の無線ローバーを走らせ、丘の向こうを確認に向かわせる間、隊員たちはローバーから送られる映像を今か今かと待ち望む。
そこに広がっていた光景に、全員が絶句した。
地平線を遮るように横一列に並んだ武装らしきものを装備したパワードスーツ、明らかに爆弾の類が括り付けられたドローン、車両そして見たこともない四脚のパワードスーツとも戦車とも断言出来ない巨体。
隊長の顔面がさぁっと青ざめ、脂汗が吹き出る。
「なんだよこの数……こっちは非常用の一機しかパワードスーツはないってのに、この数はパワードスーツ部隊としちゃ大隊規模だぞ!? 軍か!?」
「あんなパワードスーツとカラーリングの部隊、国内にはいない筈だ!」
「おい……手前写せ! あれは……!」
カメラに映ったのは、パワードスーツたちの前方でぶすぶすと微かな煙を上げて転がる、ぺしゃんこのパトカー。
運転していた巡査長は車両からはみ出る血の気の失せた腕だけがあり、助手席にいた筈の新人巡査はそのすぐ近くにいた。彼らの間でもなかなか美人だと噂になっていた女性警官は、両手足が弾け飛んだ状態で頭部を何か凄まじい力で叩き潰されていた。
隊員の一人が凄惨な遺体に口元を押さえて目を逸らす。
警官は十数メートルほど身体を引きずった後があり、血痕からして何とか逃げようと藻掻いて暫くは生きていた様子が覗える。隊員の中で唯一従軍経験のあるベテランが憤りを露にした。
「甚振って殺したんだ。手足を捥いで、わざと殺さず放置した挙げ句に頭を潰して……戦争でイカレちまったパワードスーツ乗りが捕虜でこれをやるのを俺は見たことがある。連中、恐らく元軍属だ」
「そんな……!」
「見たことのないパワードスーツだ。しかも数が多い。裏社会のゴロツキが用意出来る量とじゃない」
「隊長、あんな数を相手にするなんて無理です! 軍と隣接する警察署に応援要請しましょう!」
隊長はその提案に頷かざるを得なかった。
しかし、彼は知らなかった。
ここまで来てしまった時点で、既に手遅れであることを。
「あ、パワードスーツが動く……」
隊員の一人がモニターを指さす。
正体不明の部隊の中でも一際異彩を放つ四脚機の背部から巨大な砲塔がせり上がり、四脚の上に備え付けられた人型の上半身が腕で砲身を固定する。
直後、莫大な破壊エネルギーが丘を貫き、道路ごと粉砕した。
巨大な砲塔から発射された弾丸とその衝撃は偵察していた鎮圧部隊を直撃し、隊員の過半数が血の霧に、残りの大半が壊れた人形のようにバラバラに弾け飛び、残る僅かな人間も衝撃と破片で人体に致命的な損傷を負って即死した。
生き残ったのは、鎮圧部隊が唯一所持するパワードスーツ『ウォール』の起動準備をしていたことで辛うじて衝撃から生き残り、ウォールごと吹き飛ばされた隊員一人だけだった。
『ほ……本部!! 本部ぅぅぅ!! 部隊は壊滅、敵はパワードスーツで武装したテロリスト!! 至急軍に出動要請を……本部!? なんで応答しない!!』
彼の悲痛に満ちた叫びに、撃った張本人であるリンドウはおかしくてたまらないとばかりに肩を揺らして笑う。
『そりゃあジャミングかけてるからだよなぁ? おいお前ら、あれ喰っていいぞ』
『待ってました!!』
『サツのスーツの耐久テストだぁ!!』
『や、やめろおぉぉぉぉーーーーーーーッッ!!』
彼はその数分後、スーツの脱出装置を潰され、頭を潰され、手足を捻じ切られ、他の仲間達の分を肩代わりさせるかの如くたっぷり甚振り尽くされ、最後にはスーツごとぺしゃんこにされて悲鳴も出せずに圧死した。
ぐちゃぐちゃのスクラップになってもう原形も不明な鉄の塊からオイルと鮮血が漏れ出る。
甚振ったアトランティードの一機が、最後の一撃とばかりにサッカーのような綺麗なフォームでそれを蹴り飛ばし、数百メートル吹っ飛ばした。
『ヒャアハハハハハハ!! 悪いなぁ、新しいボスの命令でよぉ!! この町の人間には一人たりとも生存者が許可されてないんだわ!!』
『社長ずるいっすよ! そんなバケモン大砲俺たちも撃ってみたいっす!』
『次の獲物来るかなぁ……くふふっ、たまんないねぇこの背徳感!!』
彼らはもはや未来の展望も道徳も何もかもどうでもよくなっていた。
戦場で壊れた心は、この意味も意義も何もない虐殺をジルベスへの復讐心と重ねてうっとりと酔いしれる。
この素晴らしさを、何も知らず安全な天井の下で眠りこける人々にお裾分けしたくてたまらない。
戦争の亡霊達に、人権も希望も何もない日々が戻ってきた。
彼らだけが望む真実の世界が、戻ってきた。




