33話 秘匿された暗殺
解体会社『チューボーン』はベクターの暗部だが、暗部が一つとは限らない。
ベクター・ロイドの私兵はまだ存在していた。
ベクターホールディングスの社内保安課の一部。
同、重機部門試験運用課の一部。
そして、ベクター傘下でチューボーンと同じいくつかの解体会社。
ベクター直轄の保安課と試験運用課は手回しが済んでいたが、解体会社たちは新しい飼い主に反抗的でも従順でもなかった。
「要は、だ。新社長殿。俺らはトップの首がすげ替えられようがなんでもいい。問題は俺たちの待遇がどの程度保証されるかだ。俺らはクラウンの変態野郎と違って契約書を隅から隅までちゃあんと確かめるタイプなんだよ」
解体会社内でもクラウンは仕事の内容より精神的充足を重視していたが、残る解体会社の多くが実質的な傭兵。全解体会社の代表にして最強の解体会社『モンストロ』社長でもあるリンドウ・バニングスは大きな体躯で至近距離からジュニアを見下ろし、不遜に笑う。
「誠意って奴、見せてくれないかな? 出来ればカネでさ」
傭兵はただカネで動き、自分たちを安売りしない。
金払いの悪い相手に従順であるつもりはないという意思表示だ。
リンドウはジュニアの器を本人なりに確かめていた。
前社長ベクター・ロイドはこの体格差から来る生物としての力の差を一顧だにせず「実績を示さない無能に払う金はない」と突っぱねる胆力があった。では、次の代表はどうか。
「流石は生体強化兵士の最高傑作と目されたリンドウ・バニングス元少佐。そう、契約は仕事における全ての基本です。これを疎かにする者が信用される筈もない。しかし私も貴方方の働きぶりを直に見ないことには査定が難しい……よって、まずはこんなものをご用意させて頂きました」
まったく臆した様子もなくジュニアが指をぱちりと鳴らすと、彼らの近くにあった大型コンテナが自動解放され、檻に閉じ込められていた鋼鉄の猛獣の姿が露になる。
「我が社の最新型多目的四脚パワードスーツ、『オベリスク』。皆様に予め配備されていた『アトランティード』のデータを反映させつつOS、出力、反応速度等々、様々な技術を進歩させた次世代スーツです。装備の方もご確認ください」
ベクター所有の僻地にある施設に集められた各部隊の隊長格は、新型の実物を前に送られたデータを見て、リンドウは思わず笑い出した。
「パワードスーツに装備する……地質調査装置ィ? これがぁ? 俺にはレールガン式の地中貫通爆弾に見えるぞ?」
「爆弾だなんてまさかそんな。一瞬で地面を貫くことでスピーディな調査が可能です。ただ岩盤の爆破にも流用できるだけですとも」
へらへら笑いながら建前を喋るジュニアだが、彼らにははっきりと理解していた。
この『オベリスク』の戦闘能力は、辛うじて重機の体裁を保っていた『アトランティード』を完全に凌駕した戦闘用だ。リンドウの後ろに控えていた幾人かの解体会社社長達も口々にこのおかしな装備に突っ込みを入れる。
「アトランティードの全装備を流用可能な上に腕部だけでなく前方二脚も作業に使用可能……補助AIも完備とは贅沢な品だねぇ。アトランティードの五倍はコストがかかってるんじゃないかい?」
「性能は一〇倍以上です。脚部は純粋な四足歩行とラピッドクローラーで切り替え可能。あらゆる地形に対応しています」
「はっ……馬鹿も休み休み言いな。なぁんで四脚重機にこんな電子兵装が必要だってんだ? ジェネレーターといい装甲の強度といい、これは殆ど四脚戦車だ。ジルベス陸軍がたまげるぜ」
「いえいえ、ただ単に必要なものを提供しているまでですよ」
ジュニアの言葉から、リンドウは彼がこの装備をどこで何に使うかまで詳細に決めていると察した。物腰は柔らかく、しかし強かさを感じる新社長。少しは楽しませてくれそうだ、と、リンドウは舌なめずりをした。
社員の気持ちに寄り添うのがスローガンなら、当然、自分たちの要求も察している筈だ。
リンドウたちは、破壊するのが大好きだ。
人を追い詰め壊すのは、もっと好きだ。
クラウンとは何故かそこの気が合わなかった。
「それで、これで何を解体すりゃいいんだ? 議事堂でも全高1200mのジルベスタワーでも、なんなら邪魔なマネキンをバラすのでもいいぜ」
隊長格たちの問いに、ジュニアは笑顔で即答した。
「町を一つ、そこに住む人ごと綺麗さっぱり解体してもらいます。ここですね」
彼がホロモニタで示した場所は、特別な場所ではないが、四捨五入すれば人口が一〇万に届く程度には人が住んでいるきちんとした町だ。町の発展のためにベクターもいくらか出資した町でもある。何故そんなことを知っているのかというと、ここでクラウンの『チューボーン』が消えたのを知り一通り調べたことがあるせいだ。
一瞬、彼らの思考に空白が生まれる。
リンドウは思わず後ずさる。
百人規模の村程度なら鏖殺したことはあるが、これは――テロなんてものじゃない。
「あんた……戦争でもおっぱじめる気か?」
「そんな大げさな。これは食事の後に口元をナプキンで拭き取るのと同じですよ。私はそれに乗ってそこに行くので、皆さんはお手伝いをしてください」
「それ……?」
ジュニアが親指で差した背後には、壁しかない。
全員が訝しむか、或いは壁の向こうに何かあるのかと推測していると、ジュニアはうっかりしていたとばかりに手を叩く。
「あっと。確かにこのままじゃわかりにくいな。ちょっと待ってくださいね?」
(くそ、俺がペースに呑まれてる……町を消すだと? どんだけの規模と時間がかかると思ってんだ。そもそもそこまでして何を消したい。幾らラージストⅤでもこんな真似すれば消されても文句言えないぞ! どうする、こいつ思った以上にヤバイかもしれん。逃げるなら今か……?)
焦燥を募らせる中、ジュニアは端末を弄る。
すると、ガゴンッ!! と、地震を疑うほどの揺れと共に壁だと思っていた場所が切り離され、奥へ奥へと遠のいていく。やはり隠しハッチか何かかと思っていた彼らはしかし、やがて何かが違うという違和感を覚えはじめ、そして最後には絶句した。
彼らが見ていたのは壁ではなく、巨大な――この建物よりも巨大な『何か』の一部だった。
大地が揺れ、建物が真っ二つに分離して押しのけられていく。
否、この建物そのものが地下にあるものを格納する空間のハッチだったのだ。
まるでSF映画の秘密基地のようなスケールの違う光景に唖然とした彼らに、ジュニアはイタズラが成功したような無邪気な――アリを潰すことを何とも思わない子供のような残酷さと隣合わせの子供っぽさで示す。
「これぞ我が社の次世代を切り拓く、地上最大の重機です!! 邪魔な古きものを綺麗さっぱり地上から消し去って、新時代の風が吹くんです!!」
「は……はは……」
もはやリンドウは乾いた笑いしか出ない。
解体会社の社長の一人が血相を変えて叫ぶ。
「お、俺は降りるぞ! この仕事は荷が勝ちすぎる!!」
「ほう? ――ベクターにおんぶに抱っこで碌に商売も出来ない糞虫に今更ベクターの屋根の下以外の居場所があると? ないんですよねぇ、これが!!」
瞬間、部屋の防犯装置が突然作動して降りようとした社長の両耳をレーザーで焼き切った。
「ぎゃひいいいいいいいいいッッ!? ああ、ぎゃあああああああああッ!!」
「貴方に耳は要らないですよねぇ、聞いても正しい判断下せないんですし!!」
両耳あった場所を抑えて悶え苦しむ解体会社社長の腹を全力で踏みつけて肋をへし折った社長は、興奮した笑顔で彼を何度も何度も踏み躙る。
「でも大丈夫! この新社長ベクター・ロイド・ジュニアは身体的、精神的ハンディを持つ社員にも適した仕事、適した環境を与えて100%の力を発揮できるようサポートしますよ! 嬉しいでしょう、嬉しさの余り涙が止まりませんか!! 感動しますよねええええッ!!!」
リンドウたちは、戦場ですら体感したことのない悪寒に身を震わせた。
彼ら全員が、新社長に対して新たな評価を一斉に下した。
ロイド・ベクター・ジュニアは完全にイカれている、と。
(俺がびびってる……この優男に? お……お……)
その上で。
(面白ぇことになってきたじゃねえかよ……!!)
口元が吊り上がるのが止められない。
クリスマスイブにサンタのプレゼントを待つ子供みたいに胸がときめく。
彼らの中のほんの一部が、この社長が導き出す見たこともない戦場に、恋い焦がれていた。
戦争に全てを壊された者は、戦争の中にしか充足を見いだせない。
甘く、痛く、幸せな呪縛は彼らの心を今も狂わせていた。
◇ ◆
いつものジュニアハイスクールの通学路で、ユアは窓の外を見て疑問を抱いた。
「今日なんだか車少なくない?」
普段は通勤の車が沢山ある道路が心なしかいつもより寂しい気がしたが、どうやらそれは気のせいではなかったのか、オウルも外を流し見して「確かに」と呟く。
「トラックを見ないな。遠くの道で事故か牛の群れでも出たか?」
「スマホスマホ……ニュースには……なってないかぁ」
「ま、俺らには関係あるまいよ」
定位置と化した後部席にどっかりと座るオウルは大欠伸をする。
ユアもつられて欠伸をして、鞄からノートを取り出す。
「どした?」
「忘れたの? 今日小テストだよ。ちょっとでも覚えておかないと……!」
「下向いてると酔うぞー」
ユアは特別勉強が出来る方ではない。
理由は当人が秀才ではないこともあるが、一人暮らしだからでもある。
一人暮らしであることと勉強の出来は関係が無いと思うかもしれないが、一人暮らしだと家事にとられる時間の割合が増加し、その分疲労も蓄積しやすく、勉強に割く時間と集中力は必然的に少なくなる。
家庭環境や財力と成績は比例する。
仮に一部の例外がいたとしても、これは数字が証明する事実であり、根性論やものの考え方などという下らない屁理屈で覆すことの出来ない現実だ。
だからといってオウルは別に彼女の家庭教師をする気もなければ住み込みの家政婦を雇う金を握らせる気もない。ミケは何かと彼女の手伝いをするし、テウメッサも家に遊びに来れば手伝いをするので微弱ながらその影響は出始めているが、彼女の成績が劇的に変わることはない。
彼女が成績を理由に虐められているのならば考えるが、そうでないなら彼女にとってはそれが分相応だったというだけだ。護衛は甘やかし係ではないし、彼女の未来を指導する役割にもない。そもそもユアを護衛する任務がずっと続くとも限らない。
(慣れてきた自分がいるな……くそっ)
普通の人間のように学校でバカをやり、ませた中学生のように一丁前に彼女を作って仲良しこよしで過ごす。いや、仲良しこよしと言うにはユアに関係を任せきりかもしれないが、彼女はどんどん自分たちに慣れていく中で、オウルもユアに慣れてきたことに言いようのない焦燥を覚える瞬間がある。
クアッドは血に飢えた獣で、だからこそ存在を求められてきた。
ユアが横にいるのが当たり前だと思い出す自分にその頃の牙が残っているのか。
殺し屋に仕事がないのはいいことの筈なのに、心の奥底に眠る梟の狩猟本能はチンピラ程度では満足しない。そうでいなければ自分が本来の自分の姿を忘れてしまうような気がする。
(あーあ、ユアの不運がなんか呼び寄せて急に忙しくなんねーかな。派手にぶち壊せるやつ)
こんなことを考えるのは、自分に家庭環境と呼べるものがないせいだろうか。
狂った環境からは狂った人間が現れる――実にシンプルな理論だ。




