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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
3章 アサシンズ・クアッドの防衛

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32話 地図にない暗殺

 ユアが宿題を前に嫌そうに戦いを挑んでいる中、通信を用いて即座に情報共有が為される。


『結論から言おう。ベクターコーポレーションに異常事態発生中だ』

『それ、俺らに関係あるのか?』

『ないとは言い切れない。そもそもラージストVに異常事態が起きたらジルベス国民全員と関係があると言えるので注視するに越したことはない』


 それは尤もな意見ではある。

 国内最大級の会社ということは、経済規模や雇用の創出も最大級ということだ。

 会社が大損すればその影響は物価、株価、失業率などあらゆる方面に波及する。


『それで、何が問題なんだ?』

『先日、緊急会議が幹部全員参加で行われたようなんだが……会議に参加した幹部全員と社長のベクター・ロイドが今も出てきていない。各部門も何故戻ってこないのか、会議が続いているのかどうかも分からず混乱しているようだ』

『電話も繋がらないのか?』

『そのようだね。本社に問い合わせても社長の指示で帰れないの一点張りで、表向き何事もなかったかのように仕事はしているが現場は困惑している』

『原因は?』

『不明。ただベクターピラーやテロリストによるアンフィトリスパーク襲撃が関連している可能性は充分あるんじゃないかな。これまで安定していたベクターを脅かすような厄ネタはここ最近ではそれくらいのものだ』


 話を聞いていたテウメッサが口をはさむ。


『僕らにとっては終わったことだけど、アルフレドくんの件も含めてベクターにとっては現在進行形の問題だからね。一応パルジャノの関与を匂わせることで多少は目をそらせたとは思うけど、特務課をけしかけても手掛かりが出なかったことで社長かジュニアのどちらかが焦れたのかもしれない』


 オウルも権力者と呼ばれる人間を殺したことは幾度もあるが、彼らの多くが自分の思い通りに事が運ばないことや自分が掴めない情報があることに激しく憤る傾向がある。人間、何もかもうまくいっている時ほど些細な躓きに耐性がなくなるものだ。


『こうなるとミケがフランクを殺してしまったのが痛いな。もう少し長引かせれば得られる情報もあったかもしれないのに……』

『今そんなこと言う~? だって、もう要らない流れだったし愛しかったからつい確かめたくなっちゃったんだも~ん』


 口を尖らせて理由とも呼べない言い訳をするミケだが、オウルも可能性を見越して止めなかったので強くは言えない。

 フランク――本名フランクフルト・ライト。

 ベクターピラー問題が生じた際に情報収集のためにミケがハニートラップを仕掛けた虚栄心に塗れた幹部で、既にミケに殺されている。幹部になりたてだったあれがいたからといって有用な情報が得られたかはやや微妙だが。

 オウルは改めてクアッドの護衛の問題点を認識した。


『やっぱり俺ら、長期的な視点が足りないんだよな。これまでの暗殺は殺したら証拠隠滅してすぐ消えてたから、同じ場所に留まるとどうしても荒っぽいところが後で問題になっちまう』


 もちろん暗殺の為にじっくり時間をかけることもあるが、殺した後は用意した偽の地位を捨てられるし、別の場所での暗殺に即座に移動するのでこうした荒さはこれまで問題にならなかった。サーペントはオウルの意見に同意しつつも、フォローする。


『まぁそうだけど、そもそもベクターピラー問題は僕らの立ち回りに関係の無い場所で勝手に発生した大問題だ。しかもユアちゃんの要望も聞き入れながら処理しなければならなかった訳で、あの時点では仕方がなかったんじゃないかな?』 

『そうそう。反省しつつこれからどうするか考えないとね』

『差し当たってはどうするの?』

『どうもこうも、念入りに様子見だな』


 そもそもこの異変がユアと大きく関係するのかどうかさえ未知数である以上、こちらからは取れる手段がない。

 が、ユアの強烈なトラブル体質を考えると予兆も見逃したくはない。

 オウルはもう無事に済むという甘えた考えは諦めていた。


(あ~……命令出した奴を暗殺してぇ)


 一度も特定できたことのない、クアッドの命令者の存在をオウルは今更ながら意識した。

 それは単一なのか、複数なのか、人なのか、プログラムなのか、何も分からない。

 だがそれは確かに今も存在し続け、そしてオウル達とユアを見張っている。




 ◇ ◆




 会議室内をジュニアは鼻歌を歌いながら歩く。

 今、ジュニアはオーケストラの指揮者だ。

 自分の指示に従って多くの人間がリアルタイムに連動する。

 人を使う立場の人間にとって、これほど清々しいことはない。


「プラズマリアクター稼働許可へのサインは完了しましたね? では次です。機能効率化の為の制御装置の差し替えと、有事の際のマスター権限の組み込み。これに許可を」


 会議室の大人たち全員の腕がマシンアームに強制的に動かされ、書類にサインを行う。

 前時代的なサイン制度だが、ベクターでも肉筆のサインが必要な書類はよほど大きな事業や緊急事態でも無い限り使われない。そんな肉筆サインをジュニアは大量に要求してきた。


 幹部たちは上半身こそ高級なスーツに身を包んでいるが下半身は完全に露出しており、機械椅子に排泄物を垂れ流すのに無駄のない姿にさせられていた。幹部全員が下の世話を機械にさせられパンツすら身に付けていないという醜態。人としての尊厳を奪われたかのような姿にさせられた彼らは、仮眠とサインをひたすら繰り返されて疲弊していた。


「し、食事を取らせてもくれないのか……」

「点滴で必要な栄養素は取れているでしょう?」

「サインの度に機械のアームに動かされ、関節が軋む……」

「ああ、それは椅子のAIが貴方がサインを書く意思があるかどうかを判断し、ない場合は無理矢理動かしているからですね。きちんと渋らず書く意思を見せれば機械はアシスト機能として負荷を和らげてくれることでしょう……はい、承認に感謝します」


 一人だけ下半身もしっかり服を着て上機嫌なジュニアは、疲労から眠りに落ちようとしている老齢の幹部の背後に回り、椅子の背面にあるレバーをひねる。瞬間、幹部が目を見開き全身を痙攣させて絶叫する。


「アギャギャギャギャギャギャッ!?」

「眠気の吹き飛ぶ電気ショックです。人間一日、二日眠らない程度では死にはしませんよ。さあ、まだ仕事は残っていますよ大先生。若者がまだ頑張っているのだから、自分の意思で幹部に留まった貴方も威厳を示さないと!」


 勿論、ジュニアの言葉は単なる方便である。

 老齢の幹部はギリギリまで幹部の椅子で金をねだった後は天下りしながら悠々と金に塗れた人生を送りたかっただけだ。嘗てはロイドと共に高い目標を目指していたが、今は保守派の重鎮として自分の地位を脅かすと判断したものを片っ端から叩き潰す若者の出世妨害装置でしかない。


 電気ショックの影響で小便が漏れるが、機械が綺麗に吸い取り、清潔を保つ。

 まるで介護老人になったかのような惨めさに、老人はこんなことなら早く引退すれば良かったと涙を流す。その涙をロボットアームが丁寧に拭い、自分が若造に支配されている状況が余計に悔しくて尚更に惨めだった。


 ジュニアは再度社長席に座ると、注目を促すようにぱんぱんと手を叩く。


「さあ、皆さん! 最後にこの書類にサインを頂ければ仮眠が取れますよ?」


 全員の目の前に、書類が配られる。

 その内容に全員が眠気も覚めるほどの衝撃と悪寒を覚えた。


「なんだこれは……こんなことありえない!」

「理解の範疇を凌駕しすぎている!」

「狂気に頭をやられたかジュニア! こんなの許される筈がないのは分かるだろ!?」

「そうだったのか、これまでの書類はこのために……やめろジュニアくん! こんなことをしても君の為にもならんぞ!?」


 これまで反論出来ない状況だった幹部達が一斉にジュニアに抗議する。

 余りにも、その書類の内容が常軌を逸していたからだ。

 もはや会社の利益でも何でも無い、それは世紀の愚行でしかない。


 ジュニアはその声をクラシック音楽でも静聴するようにうっとり聞き入り、そしておもむろに口を開く。


「なにもなかったのですよ」

「は?」

「何を……?」

「私には失敗も、証拠も、ないのです。一切の汚点がない清廉なシルクのような人生なのです」


 突然かつ脈絡のない話に幹部全員が困惑する。

 しかし、ジュニアの目はどこまでも本気で、その目に宿る狂気は余りにも素直で。


「政府が特務課が『なにかあった』というのも、嘘なんですよ。だってそこはこれから何もなくなる。何もない場所に『なにかあった』と主張するのは矛盾している。だから、何も、なぁんにも、なかったんです」


 彼は、アルフレドの始末という思考を放棄した。

 そして、アルフレドが暗躍したとされる場所を、地図から消すことを決めた。

 地図にもない場所を主張するのは虚言であり、なれば自分こそ正しいことになると、彼は信じて疑わなかった。

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