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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
2章 アサシンズ・クアッドの隠蔽

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28話 狭間の暗殺

 ホテルをチェックアウトし、オウルはイーグレッツと共に近所の公園を歩く。

 二人で近くの屋台のサンドイッチを囓っている光景は、どこか間が抜けている。


 近所を人々の日常が通り過ぎていく。

 貴重な休日を子供に捧げているであろう親と、それを知らずはしゃぐ子供。

 公園の片隅で健康の為にどこの国のものとも知れない拳法の型をのろのろ続ける老人。

 公園にある謎のオブジェの前で待ち合わせする若者。


 先日、国家を揺るがす大規模テロが未然に防がれたことなど、彼らは知る由もない。

 当然として享受している豊かさの裏でどれほどの血が流れても、彼らは一顧だにしない。

 それがジルベスという国の正義であり、踏み潰される者の運命は確定している。


「彼らは……何も知らずにいられて幸せなのかもしれない」


 不意に、イーグレッツがそう呟く。


「警察が治安を守って民に感謝される時代というのが昔はあったそうだが、今の警察の仕事の多くがAIが検知した犯罪行為の後追いだらけだ。それを格好良いと思ってくれる人は少ないだろう」

「まぁ、文句の方が多いわな。お前らがしっかりしてりゃ俺の家は荒らされなかった訳だし」

「しかし警察がいないと世は無法に飲み込まれてしまうから、努力をやめる訳にもいかない」


 未然に防げば警察が余計なことをするな、後で事が起きたら警察が鈍いからだ、と、世間は警察をこき下ろすものだ。有り難いものであっても、常にそこにあり続ければ、いつしかあるのが当たり前だと勝手に驕り出すのは人間の普遍的な習性のように思える。

 天を仰ぎ、イーグレッツは遠い目で空の雲をみつめる。


「警察も神ではない。遍く全ての犯罪を取り締まれる訳じゃない。当たり前の話なんだが……いざ目の当たりにすると、少しへこんだよ」

「ちなみに今んとこ全然話が見えないんだが?」

「独り言だと思って聞いてくれ」

「チャットAIとでも話してろよ……たまにとんちんかんなこと言うから面白いぞ」

「次の暇つぶしの参考にでもするよ」


 揺さぶっているつもりなのか、それとも本当に独り言なのか、おセンチな男だとオウルは思った。

 サンドイッチを大きく囓って飲込んだイーグレッツはため息をつく。


「本来ならそこまでする義理はないんだろうけど、家の修理費や掃除代は僕が個人的に出させてもらうことで昨日君の家の家主と話をつけたよ。襲撃のきっかけはこちらのせいと言えなくもない」

「ふん。襲撃犯全員捕まえたんだろうな? でないと枕を高くして眠れねーんだよ」

「実行犯は既にね。ファクトウィスパーも祭りが終われば現金なもので、あれだけ襲撃相手の話で煽っていたくせに今はすっかり別の話題にお熱だ。一応まだ襲撃すると騒いでいる奴はいるが、騒いでいるだけで実行する気配もない。あの襲撃事件も拡散も、呆気なく終わったね」

「ったりめーだ。終わってないのに帰されても困るぜ」

「だから、上手く立ち回って終わらせたのかい?」


 ごく自然に、それこそ信号が青になったから歩き出すのと同じくらいスムーズに、イーグレッツはオウルに猛禽類が獲物を狙うような視線を向けた。

 オウルは気圧されたような顔を作りながら、やっぱりこいつはしつこいと内心で毒づいた。

 周囲で日常の喧噪が響く中、二人の間でだけ空気が静かに停滞する。

 しかし、イーグレッツは不意に瞳を閉じ、視線を外した。


「君が何者なのかは知らない。何者でもないのか、何者にもなっていないのか知らない。だが、もし君がユアちゃんを守りたいのにどうしても力が足りない時は……僕を呼ぶといい」


 イーグレッツがスマホを触ると、オウルのスマホに連絡先のコードのみが送られてきた。

 ということは、オウル・ミネルヴァの持つスマホの契約情報に彼は既に目をつけたということだ。

 こうなるとオウル・ミネルヴァの立場ごと消さないと完全に逃げ切れない。

 転んでもただでは起きないとばかりにイーグレッツはわざとらしく微笑んだ。


「仲良くやろう、オウルくん? まぁもしも君では彼女を守り切れない時は、警察なりのやり方でもう誰も彼女を追えないくらい完璧に保護してもいいけど」

「……女口説くのに男を脅迫するところから始めるのか、てめーは?」

「はぁ!? そ、そんな不純な理由じゃない!」


 そんな自覚は欠片もなかったのか、今日初めてイーグレッツが感情を露にする。

 厄介極まりない男だし、その理由が彼がユアに気があるからというのがまた面倒だ。

 だが逆に、公私混同するほど気があるなら利用する手もある。

 大きくため息をつき、オウルは連絡コードを保存した。


「言っとくが、ユアに余計なちょっかいかけたらぶちのめすぞ」

「……それはこちらの台詞だ。彼女に対して何か一つでも犯罪行為をしてみろ。その瞬間に君はジルベスの敵と見なす」


 どうしてもオウルを信用しきれない彼なりの最大限の譲歩なのだろう。

 渋々差し出された握手に、それ以上に渋い顔で応じる。

 しっかり握りすぎて痛いぐらいに。


「――あれぇ? なんか一日会わない間に仲良くなってる!」


 唐突に暢気な声が聞こえて互いにそちらを向くと、そこには以前のデートの時とはまた違ったお洒落で全身を着飾ったユアがいた。後ろにはミケもおり、どうやらアンフィトリス・パークから戻ってきたようだ。

 まさか自分が海の藻屑になりかけていたなど知るよしもなく、またそれを防いだのがイーグレッツで誘導したのがオウルだなどという事など彼女は一切知らない。


(しかし、随分楽しんできたらしいな)


 化粧から髪型までばっちり決めてアクセサリやコーディネートも気合いの入ったユアは、肌つやもよく襲撃事件のショックなど微塵も感じさせないほど元気そうだ。今のユアならいつも以上に町で男に声をかけられるかも知れないと思う程度には綺麗に着飾っていた。


 突然の登場に動揺したのか、イーグレッツは声がやや裏返る。


「おはよう、ユアさん……! き、今日は一段とおきれいですね!」

「おはようございます、イーグレッツさん。お世辞でも嬉しいな」


 礼儀正しくぺこりと頭を下げたユアは、今度はオウルの前に立つとドヤ顔で体を振って着飾った自分を存分に見せてくる。


「おはよ、オウル。どお?」

「……俺が大変な一日を送っている間、随分楽しかったようだな。ストレスなんてありませんとばかりにつやっつやの肌を見せて全力で洒落込みやがって。見ろ、こっちはクマが出来てんだぞ」

「やったよミケさん! 流石のオウルもこれだけお洒落すれば気付くみたい!」

「よかったね~ユアちゃん! よ~しよしよし!」

「イヤミだよッ!!」


 思わず素でツッコんだが、もうオウルの嫌味な所に順応したユアは気にせず褒めて貰えた(と本人は解釈した)喜びを共有するようにミケに抱きつき、ミケも妹を可愛がるように抱きしめて頭を撫でている。もう怒る気力も失せたオウルは腰を上げた。


「はぁ……今日は俺に付き合えよ、ユア。水族館かどっかでのんびり魚でも眺めたい」

「もちろんいいよ! でもそのクマは隠した方がいいかなぁ。あ、そうだ! ミケさんにメイク習ったからファンデーションで隠してあげる!」

「いい、自分でやる」

「いいえこのミケがやるわ! オウルを立派な女の子に仕上げてみせる!」

「しれっと趣旨を変えるな。というかお前もう帰れ」


 どうせユアもこのまま家に帰るのではお洒落をした甲斐がないのだろう、さっそく「どこの水族館いく?」とオウルの手を握る。イーグレッツの疑心と嫉妬に塗れた手とは比べものにならない、温かく優しい手。オウルはその手を、数多の人を殺めてきた血濡れた手で握り返す。


「海沿いの海洋研究館に併設された水族館があってな。これが結構いいのに意外と知られてない穴場スポットなんだ」

「へぇ~、もしかして前々からデートの為にリサーチしてたの?」

「そうだってことにしておく」

「そうなんだぁ~ふ~ん? あ、そうだこれ」


 思い出したようにユアがポーチからキーホルダーを取り出す。

 アンフィトリス・パークのマスコットキャラである『アンフィとり』というアホウドリみたいなデフォルメされた鳥の描かれたバッジがぶら下がってる。控えめに言ってダサいそれをユアは手渡してきた。


「お土産!」

「……まぁ、その、受け取っておく」

「大切に使ってね!」

「使うのかー……これ」


 ユアは「他の皆にも同じもの買ったんだ!」と言いながら色違いの青いアンフィとりのキーホルダーを取り出すと、ベンチから様子を見ていたイーグレッツに手渡す。


「はい、どうぞ!」

「僕に? えっと、しかし感謝されるほどのことはしてないんだけど――」


 貰えたことは嬉しいのか頬を掻いて照れているが胸中複雑そうなイーグレッツ。

 ユアはそんな彼の手を取って、キーホルダーを置いた。


「ネットの件で色々がんばって貰ったの、聞きました。きっと他の事件なんかもあって忙しかった筈なのに、時間を割いてまでたまたま出会った人を助けてくれるのは、感謝されるほどのことですよ。これくらいのお返しはさせてください」

「ユア、さん……貴方は本当に、いい人ですね。それでは有り難く頂戴します」


 警察官という立場で犯罪を取り締まる道は、間違っていない――そう説かれたかのように、イーグレッツは迷いの晴れた顔でキーホルダーを大切そうに握った。


「こうしてユアは警察に賄賂を渡すのであった」

「違うもーん」


 ――こうして、町にまた平和な時間が戻ってきた。


 正義だけでも悪だけでも平和は維持できない。

 建前と実情は常に変動し、調和はその狭間にしかない。

 今回、たまたま調和を乱す存在が正義と悪の両方にとって都合が悪かっただけだ。

 きっかけがあれば、二人は激突する日が来るのだろう。

 ユアという狭間の調和は、それほど危ういのだから。


 特務課は町から撤退し、今日も明日も別の悪事を追う為に奔走する。

 その陣頭指揮を執るイーグレッツが最近ださいキーホルダーを私物の鞄につけているという話題は――とりわけ同じ年頃の女の子からプレゼントされたという噂は、暫く特務課の中で尽きることはなかったという。

第二章終了です。

今回あんまりアクションなかったなと思うかも知れませんが、次の章で多分ド派手に暴れます。


この小説を少しでも面白く感じて頂けるのであれば……。

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