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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
2章 アサシンズ・クアッドの隠蔽

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24話 背反する暗殺

 アンフィトリス・パークはジルベス合衆国初のアミューズメント施設だ。

 元々は三つの都市を海上で繋ぐ橋のインターチェンジだったが、政府が管理の一部をベクターコーポレーションに委託したことでこのパークは生まれた。


 当初は次世代海上建築技術を見せつけるためのパフォーマンスも兼ねた遊園地だったが、次第に遊園地というだけでは収益に限界があるという事になり、遊園地以外にも映画、ショッピング、エステ、湾を一望出来るホテルなどが加わり複数のエリアで構成された複合施設となった。


 橋の上からでもその巨大さが分かる海上のリゾートのような空間に、ユアは圧倒された。


「すごーい……遊園地エリアは何度か来たけど、こうして違う場所から見ると本当にこの施設の一部にしか過ぎなかったんだ」


 今、ユアはアンフィトリス・パークの最新エステやサウナ、マッサージなどの癒やしが広がるヘルスエリアにミケと共に訪れていた。

 簡単に言えば、ここは高級スパのようなものだ。

 パークの中でもヘルスエリアは他のエリアより高級感があり、見晴らしも他の施設よりよい。照りつける太陽を反射してキラキラと光る水面を遮って現れるアンフィトリス・パークの未来都市のような様相は心を擽るものがある。

 目を輝かせるユアの肩を優しく撫でてミケも笑う。


「ここは会員制だから連休中でものんびりできるんだよ。ちなみにスパ会員とホテルの一定以上のランクの部屋を予約した人は渋滞に巻き込まれない特別な道を通れるの。私たちが通ったのもそこね」

「確かに途中で急に空いてる道に入りましたね。橋の下にもう一つ道があるだなんて知らなかったなー……」


 言い換えれば、金持ち用の特別な道と貧乏人用の道があるということで、その道を通れるのは上澄みの人間だけだ。ただ、ユアはそこまでひねた考えは持っておらず、通れてラッキーだったと素直に楽しんでいた。


「ね、ね、ミケさんってここに通ってるからそんなに綺麗なんですか?」

「えぇ? そんな面と向かって言われると照れちゃうなー! ふふ、答えはね……惜しいけど外れかな」


 ユアの手を引くミケは、本当に美人だ。

 これだけ美人なのに町ではそれほど目立っていない気がするのが不思議なくらいだ。

 オウルに聞いた事には、印象を操作するテクニックがあるのだという。

 一度バレればもう効果が無いからユアは何度見ても綺麗に見えるらしい。


 あまり見つめすぎるとまたミケを好きになってしまいそうで、考えを切り替える。


「じゃあ綺麗の秘訣、教えてくださいよー!」

「簡単なことよ。恋すること、それだけ」

「恋……」


 ユアは一瞬胸がちくりと痛んだ。

 ミケは多分、オウルが好きだ。

 オウルは「ミケは誰でも簡単に恋に落ちることが出来る」と言っていたが、彼女の態度はサーペントとテウメッサの二人と比べて明らかにオウルに対してアピールが多い。その度にオウルに雑に追い払われているが、ユアはなんとなくミケがオウルにむける気持ちは他より特別なんだと感じていた。

 ミケはユアの心情を知ってか知らずか、楽しそうに語る。


「恋すると、好きになった人にもっと綺麗だ、カワイイって思って欲しくなるし、その人のために一生懸命になれるでしょ? それはとっても幸せなことだと思うの。だからきっと私が綺麗なのは、私が恋をしてるから! ユアちゃんにも恋しちゃうかも~?」


 ミケは空いた手で忍び寄る魔手を演じる様にゆらりと妖艶に手招きする。

 その手が、花の甘い香りが生き物を誘うようにユアを誘惑した。


「もうっ、ダメですよミケさんってば! 恋を安売りしちゃ!」

「だって好きなんだも~ん! あはは、でもそうだよね。ユアちゃんにはもう想い人がいるもんね~~~?」


 にんまりと怪しく笑うミケの言わんとすることに気づき、急に気恥ずかしくなる。


「お、オウルとはまだそんなに……」

「誰のこととは言ってないんだけど? んふふ、分かりやすいんだからぁもー!」

「あう……」


 まるで同級生に告白をイジられている時のような羞恥心。

 逆を言えばそれだけミケは気安いお姉さんとして共にいてくれていた。


「じゃ、オウルに次に会ったときに『綺麗になった』って言って貰えるように今日はしっかり体をケアしましょ?」

「どうかなぁ。オウルって髪切ってもなんにも反応しなさそうじゃないですか?」

「奥手だから気付いても言わないだけだよ。それにオウルが言わなくてもミネルヴァは言うかもよ~?」

「そうかなぁ。いや、ミケさんが言うならそうかも!」


 何事もネガティブな考え方ばかりでは前に進めない。

 せっかくだからオウルに意地でも綺麗になったと言わせてやろう。

 たとえ仮初めの関係でも、偽物が真実を超えられないとは限らない。


「よーし、一緒に綺麗になってオウルに魅力を認めさせましょう! えいえいおー!」

「おー!」


 なお、二人がきゃっきゃとはしゃぐアンフィトリス・パークはもうすぐテロリストに爆破されて海の藻屑と消える予定になっているが、ユアはそんなことは知るよしもなかった。




 ◇ ◆




 イーグレッツ・アテナイは、トロッコ問題を想起していた。


 自分の判断で一人を救い大勢を見捨てるか、それともその逆をやるか。

 どちらも倫理的には殺人に等しく、どちらを選んでも犠牲は出る。

 世の中は意外なほど残酷に出来ていて、全てを救うことは決して叶わない。


 通信先の部下、トーリスは普段の落ち着き払った態度からは想像も出来ないほどに取り乱している。


『急いでご決断を、特務官殿!! テロリストはパワードスーツや爆発物、銃器等を持ち込んでいる可能性が高く、公安も休日の人混みの影響で満足に動けていません! しかし特務官殿の『ユニット』ならば状況をひっくり返すことが出来ます!!』


 防げなければ犠牲者は推定十万人。

 イーグレッツなら、これを防げるかもしれない。


 しかし、その為にはわざわざ自分で助けた隣の少年を危険に晒さなければいけない。

 現場にいた主義者に加えて、他の主義者が同調して動き出しているのを町の監視網が捉えていた。放置すれば彼はリンチを受け、最悪死亡するだろう。既に相手は銃を発砲している以上、殺す事に躊躇いがあるとは思えない。


 横目に少年を見る。

 イーグレッツの声から緊迫した状況くらいは察しているのか、額に汗が浮かんでいた。

 彼を見捨てれば、彼は正義に見放されたことを一生恨んで死んでいくのだろうか。

 生き残ったとて、もう正義を信じることはなくなるだろう。


 一度握った手を離すなど正義としてあってはならない。

 正義の執行者として中途半端な妥協は決して許せない。


 しかし、この手を離さなければ10万人の無辜の民が瓦礫と爆炎に呑まれて死ぬ。

 何の罪も謂れもない、ただ久々の休日で羽を伸ばしたいが為に遠出しただけの家族や愛する者、信頼する者同士、或いはひとときの安らぎを求めた人々が、苦痛の中に潰えてゆく。


(ユニットを起動して彼を抱えてどこか安全な場所に……いや、ダメだ。人を抱えたまま加速すれば彼が耐えられないし、安全を確保出来る場所が悉く海峡と反対方向だ。部下の到着も間に合わないし現地警察は当てにならない! 時間さえ、時間さえあればーー!!)


 正義の執行者と社会の守護者、二つが相容れないことに、今更気付く。


 車のハンドルが、トロッコのレバーを握る手に見えた。

 手を離せば誰かが死ぬ、呪われた魔手。

 その手を、気付かず震えていた手を掴んだのは、オウルだった。


「行けよ、アンフィトリスに」

「え……」


 オウルの掌からじわりと汗が伝わってくる。

 彼の手はそのままイーグレッツの手をハンドルから外した。

 彼の焦りと、それ以上の覚悟が手に籠もっていた。


「ユアが同居人と行ったの、アンフィトリスなんだよ。何があったのかはしらねえけどよ、俺が提案してユアはあっちに向かったんだ。それで何かあったら彼氏として目覚めが悪いだろうが」

「だが、君は……」

「この車、オートパイロットもついてんだろ。それで逃げ切れるかどうか賭けてみらぁ。道交法違反だのと野暮ったいこと言うなよ?」


 引き攣った笑みで強がるオウルに、イーグレッツの心は揺れ動いた。

 ずっと引っかかっていた、何かが怪しい気のする男。

 優しく善良で真面目なユアに不釣り合いに不真面目で生意気な学生。

 こんな男があんな善良な少女を幸せになど出来る筈がない、そんな傲慢なことまで少しは考えてしまった男が、自分を見捨てて行けと言う。


 我が身可愛さが残る心では決して言い切れないことだ。

 イーグレッツは、彼がユアを想うその心にだけは偽りがないと確信した。


「……車が警察署に到着するまで、頭を庇って大人しくしていろ。この車は生体認証だから君がハンドルを触れば警報装置が鳴って車が停止する」

「カーチェイスっての、やってみたかったんだがなぁ。やっぱ古いガソ車がいい」

「化石燃料に頼りすぎなんだよ、人類は」


 車を端末で操作して警察署へのルートを設定し、警察仕様に改造した特別なモードを使っていくつかの本来課せられる制約を特権的に解除する。少しでも車が無事に目的地に到着できるよう可能性を少しでも底上げしたかった。

 イーグレッツは、オウルの身を挺した覚悟に短く警察式の敬礼をし、運転中の車の窓から外に飛び出した。地面に激突するまで一秒とない時間の間に、イーグレッツは叫ぶ。


「ユニット、アクティブ!!」


 瞬間、空中で光に包まれた彼は身の潔白を示す白と冷静沈着な精神を顕す紺のツートンカラーをしたユニットを全身に纏い、空を飛んだ。


 スマートでありながら堅牢さを示す厳つさを残すそれは、まさにテレビで活躍するスーパーヒーローとしてのユニットのイメージと即している。警察であることをアピールするようなパトランプは存在しないが、非常時の避難誘導等も想定して警察のユニットには立体映像投射装置が両肩部に装備されている。

 その立体映像が、パトランプと同じ光を放った。


『即座に現場に向かう! ナビゲート、頼むぞ!』

『了解!!』


 オウル・ミネルヴァの覚悟を無駄にすることは許されない。

 彼の為にも、己の為にも、民の為にも、必ずテロを阻止しなければならない。

 正義が全てを救えないとしても、己が不正義の咎を負うとしても、ユアのような善性が無惨に犠牲になって良い理由などないのだから。それすら守れず彼の覚悟に背反するなら、イーグレッツの存在に意味などないのだから。

 

「……行ったか」


 オウルは彼を見送ると、大きなため息をついて自分のイヤーデバイスを取り出すと耳に装着する。


「という訳で、不確定要素は()()()()()()()()()()。サーペント、テウメッサ。後は上手くやれよ」

『了解~。ハッカーもどうやらテロの方に釣られてくれたようだしね』

『こっちもご心配なく。僕は化狐テウメッサだからね。上手く化かしてみせるさ』


 オウルがユアを優先する気持ちに嘘はない。

 他は全部、嘘なのだが。

テロリストが狙ってろ施設に気付かずユアを行かせるなんて、そんな訳ないのよ。

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