23話 我慢する暗殺
この国では郵便屋を含め、警察以外に合法的に銃の所持と使用と認められた職種がいくつかある。
郵便屋が発砲したのはEFエアロという護身用の六連発回転拳銃だった。
ジルベスでは護身用にそこそこ人気のある銃で、コンパクトなサイズとリボルバー故の扱いやすさから銃に詳しくない人がひとまず手を出す部類だ。
問題は、郵便屋は荷物とそれを運ぶ己の身を守る為にのみ銃の所持及び発砲が認められているのであって、訳の分からない陰謀論にハマって初対面の未成年を撃っていい訳ではないことだ。
「うおおおおお!?」
悲鳴を上げたオウルは転んだフリをして初撃を躱し、そのまま床をごろごろ転がって続く銃弾を避けた。床のフローリングに次々に銃弾が着弾していくが、郵便屋は銃の射撃訓練を真面目にしていなかったのか命中しない。
「くそ、なんで当たらない!!」
(かっこつけて片手でバンバン撃ちまくってるからだバカが。照準ブレブレな上に反動で射線も逸れてんだよ)
おかげで、オウルが殺し屋としての片鱗を発揮する前にイーグレッツが玄関に躍り出るのが間に合った。
「何してるんだ、銃を下ろせ!」
「邪魔するな! お前も政府の手先か!」
郵便屋の銃口がイーグレッツの方を向く。
完全に言い逃れようのない犯罪だが、彼に気にする素振りは見えなかった。
イーグレッツは被弾面積を減らす為に体を反らしたまま床を滑るような速さで郵便屋に接近し、リボルバーのトリガーの裏に指を突っ込みながら相手の腕を捻る。郵便屋が痛みに耐えかねて握力を緩めた一瞬で銃を抜き取ったイーグレッツはすぐさま銃弾を抜き取った。
「痛ぇ、痛ぇよお!」
「お前を現行犯逮捕する! くっ、どういうことだ……オウル・ミネルヴァは標的になってなかった筈だ! 本部、本部! こちらイーグレッツ! 至急容疑者連行の準備を――」
イヤーデバイスを介して調査本部に通信するイーグレッツだが、まだ危難は去っていない。
「うわっ、まだいる!」
オウルが叫んで指さした先には、バタフライナイフやテーザーガンを持った主義者らしき人物が更に家に侵入しようとしていた。イーグレッツは舌打ちして二人を即座に素手で昏倒させるが、今度は家の窓という窓が割られ、中に催涙弾が投げ込まれる。軍用ではなく少々過剰な護身用アイテムだが、数が多く、あっという間に催涙ガスが迫る。
「逃げるぞオウルくん! 他に銃を持ってる輩がいては庇うのが難しい!」
「でも、俺の家が……」
「言ってる場合か! 命には替えられんだろう!」
イーグレッツに強引に腕を引き寄せられ、二人で家の敷地を出ると、十数人の暴徒が家を包囲していた。イーグレッツがここに来るために使用した車も暴徒によってバットやバールで攻撃され、防犯ブザーがけたたましい音を立てている。
イーグレッツが手元の車の鍵――リモコンタイプだ――を弄ると、車がバチチィッ!! と、電気を放つ。
「ギャッ!?」
「うわぁぁぁ!?」
防犯用の放電なのだろう、車に触れた暴徒達が悲鳴を上げて体をビクンと痙攣させ、倒れていく。他の襲撃者が気付いて動き出す寸前にイーグレッツはオウルを車に放り込み、自らも乗り込むとドアも閉めずにいきなり発進させる。
「まったく、どこから湧いたんだこの主義者共は!! 全員ユア・リナーデルの脅迫や教唆で逮捕の準備をしていた連中だのに、君の方が先に標的になるなんて……!」
先日同様部下を連れていればこんなことにはならなかっただろう。
派手に動きすぎた反省から単独行動を選んだのが裏目に出て、イーグレッツは歯ぎしりする。
一方、オウルの方はというと、犯人に当たりをつけていた。だが、その話をしようにも仲間と連絡が取れない。
(……サーペントからの連絡も途切れたままか。イーグレッツと部下のハッカーを警戒してるんだろうな。自力で襲撃を乗り切るしかなさそうだ)
パン、パン、と後方から乾いた音。
別の主義者が車に向けて発砲し、後部ガラスに命中した。
だが、流石は警察の車というべきか、弾丸は強化ガラスに傷を入れるだけで済む。
正面のフロントガラスも傷ついてはいるが視界を遮る程ではなさそうだ。
と、後方からタイヤが激しく地面を擦る音が聞こえてオウルとイーグレッツは同時に後ろを振り返る。そこには猛然と追い縋ってくるワゴン車の姿があった。明らかに法定速度をオーバーしており、衝突すれば唯では済まないのは明白だった。
「車が来てる!! ぶつける気だ!!」
「いま見えたよッ!! 加速する!!」
イーグレッツがアクセルを踏み込み、ぐっと体がシートに押しつけられる。
ここは道幅がそこそこあるとはいえ市街地で、関係の無い車も通行している。
イーグレッツがクラクションを派手に鳴らしながら進み、主義者の追跡車両はその隙間を荒々しい運転で詰めてくる。街頭や他の車に接触してもおかまいなしだった。
イーグレッツは苦々しい表情でバックミラー越しに主義者の車両を睨み付ける。
「危険運転防止の為の安全制御装置がついてないのか、あの車!? 危険運転を感知して自動で止まる筈だろう!?」
「バカ、制御装置導入前の中古ガソ車だよ! 国民誰もがそんな高度制御化された車を買えると思うなよ!」
「バカとはなんだ! いや、言ってる場合じゃないと先に言ったのは僕の方だが!」
幾ら高度に電子制御された水素自動車や電気自動車が発売されても、そのような新車を買うのは資金に余裕のある人だけだ。古式ゆかしい頑丈なガソリン車は国内では既に製造が止まっているが、市囲では未だに現役の存在である。そんな古い車に最新の電子制御など搭載されている筈もない。
それに、搭載されていても裏技はある。
無論、刑事の目の前で話すことではないが。
カーチェイスは暫く続いたが、主義者の方が先に根を上げた。
速度を出しすぎてバランスを崩し、車体が横転したのだ。
相手はレースのプロでも何でもない唯の思い込みが激しい人なので無理もない結末だ。
イーグレッツは複雑な面持ちを隠そうともせずイヤーデバイスに声をかける。
「……見てたな? 三番通りの路地だ、処理を頼む」
「なぁ刑事さんよぉ、次の行き先はどこだ? 俺は家に帰りてぇけど流石に主義者がうろついてる時に帰るのは嫌だぞ」
「分かってるよ。それにしても……主義者の起こす事件は何度か資料で見たことがあるが、ここまで壮絶な捨て身だとはね。君、僕に感謝してくれよ。たまたま来てなかったら下手をすると死んでるぞ」
「ちっ、どーもありがとうございますよ」
実際にはユアの身代わりのようなものであり、イーグレッツさえ来なければ家の防犯設備で非合法かつもっと穏便に済ませる手段があった。この合法に拘る男が来たから余計に被害が拡大している。そして今も思うように動けないのはこの男の車に乗せられているからだ。
(この疫病神が……俺がクロだと確信して足止めしてるなら百点満点くれてやらぁ)
演技と本気の入り交じった視線を、イーグレッツは素知らぬ顔でスルーした。
「一先ず、このまま署で君を一時保護する。このままじゃ君の命が幾つあっても足りないからな。話はそれから――どうした?」
イヤーデバイスから部下の言葉を受信したらしいのを察したオウルは密かにユニットの集音機能で内容を盗み聞きする。
『特務官、今すぐアンフィトリス・パークにお向かいください!!』
「アンフィトリス? アンフィトリス海峡を繋げる三つの橋の中間にある海上複合娯楽施設のか? どういうことだ。詳しく話せ」
『公安からの情報提供です! 本日正午、アンフィトリス・パークとそれに連なるアンフィトリス大橋を同時爆破、沈没させる計画をテロリストが画策しているとのこと!!』
「ちょっと待て……待て待て待て!」
イーグレッツの表情がみるみるうちに青ざめる。
それも当然だろう。
何故ならば――。
「パークは国内有数の人気施設な上に三つの橋のインターチェンジとしても機能しているんだぞ! 連休中で最大限の人が集中している今、全て爆破されれば下手をすると犠牲者は10万人規模にも及ぶ大規模テロじゃないか!?」
それは、実現すれば間違いなくジルベス合衆国の歴史に刻まれる、罪なき国民が辿る凄惨な未来を意味していた。
ちなみに、ユアとミケが向かったマッサージやエステの店がある場所もアンフィトリス・パークである。恐らく今頃は既に施設に到着しており、帰れと言っても正午までには間に合わないだろう。
オウルは無性にこのイーグレッツという男を暗殺したくなった。




