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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
2章 アサシンズ・クアッドの隠蔽

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21話 噂をすれば暗殺

 翌日の朝――ユアはいつものように一丁前に健康に気を遣ってスムージーを飲んでいた。

 すべて飲み干したユアは、昨日の出来事を思い出す。


「我ながら波乱のデートだったなぁ……」


 前半は楽しかったが、後半はひどいものだった。

 主義者に絡まれるし乱闘になるし警察はおっちょこちょいだし。

 しかし、一度オウルに殺されかけたせいか、ショッキングな記憶も一晩ぐっすり寝てしまえば特に気にかけるほどのものではなくなっていた。ずっと隣で庇ってくれたり手を引いてくれたオウルのことを思い出すと、彼の事ばかり考えてしまって少しぼうっとしてしまう。


 とはいえ、流石に昨日は動き回って疲れたので今日は家でごろごろする予定だ。


「さて、その前に……ゴミ出しにいかないとね」


 分別したいくつかの袋を持ち、ユアは近所のゴミ捨て場に出かける。

 ジルベスはゴミのリサイクルに力を入れており、諸外国と比べても比較的高水準だ。

 更には一定ライン以下のゴミの分別をAIを活用してオートメーション化しているため厳しすぎもせず、二四時間いつでもボックスに入れることが出来る。ボックスは内容量が増えすぎると内部のシステムでゴミを圧縮し、ゴミの回収にかかるコストを抑える。


 世界最高水準の国家として、リサイクルも最高水準にする。

 そんな指針の下に政府が力を入れて作り出したシステムは、最初はコストの問題などで反発を受けたものの今や全国的に普及が加速している。技術を上げきってしまえばコストの問題は後で解決出来るという戦略だったそうだ。


 ユアはジルベスのこういう先進的なところが好きだし、誇らしい。

 これはユアだけでなく、多くの国民が思っていることだ。

 そういう風に考える教育を受けているからだとオウルなら言うかもしれないが、少なくとも生活に支障が無いのであれば今はそれでいいと思う。逆にオウルはゴミ問題まで真面目に考えているのかなと気になってくる程度だ。


 数人の通行人とすれ違い、挨拶し、数分でゴミ捨て場に到着したユアはぽいぽいとボックスにゴミ袋を放り込む。


 なんてことはない、いつもの日常。

 その、筈だった。

 ユアの背後から手が迫るまでは。


「わっ!」

「ひゃうん!?」


 突然背後から両肩を掴まれてユアは悲鳴を上げて飛び上がる。

 そして掴まれた手の先を見て再度驚愕する。


「え、ミケさん!?」

「んふふ、可愛い悲鳴ごちそうさまで~す。おはよっ、ユーアちゃん!」


 イタズラ成功とばかりににんまり笑うミケは、洒落た私服でユアの肩を離す。その顔は相変わらず女のユアも惹かれる色気があり、マニキュアを塗った指先までもが魅力的に見えた。ミケもゴミ出しだったらしく、同じくポックスにゴミを放り込んでいく。


「オウルから聞いたけどさ、昨日は災難だったみたいね。どう、オウルちゃんと守ってくれた?」

「えと、隣にいるだけでずっと心強いので……」

「ダメよユアちゃん。オウルはめんどくさがりなんだからもっと攻めないと!」

「そんなこと言われてもぉ。本気でめんどくさがられたら嫌じゃないですかぁ」

「大丈夫、惚れた弱みがオウルにはあるからね!」


 どこまで本気なのか分からないミケに押され気味なユアだが、彼女とこうした会話をするのも好きなので「そうかも」と調子に乗った返事をしてしまう。

 ユアとミケは、オウルの家に遊びに行った時に何度か出会っているので話しかけるのに抵抗はない。こうしていると殺し屋とかサイコとか言われているのが信じられないくらいには良い人に見えた。


 ただ、不思議なのは、何故こんな朝から出くわしたのかということ。

 ミケは夜型人間で、朝は基本的に寝ていると聞いていた。


「ミケさん、こんな時間に合うの珍しいですよね」

「ちょっとね。ユアちゃんちょっとドライブに付き合ってくれない?」


 軽い口調だったが、言葉と同時にポケットの中でスマホが震える。

 ユアがポケットを無意識に触ると、ミケは頷いた。


「じゃあちょっとお付き合いしますね」

「ありがと~! 一人はちょっと退屈でさぁ!」


 きゃっきゃとはしゃぎながらミケの手がユアの手を取る。

 ミケがあまりにも嬉しそうなので、演技だろうと分かっていてもユアも釣られて笑顔になった。

 雰囲気だけで人を楽しい気分にさせるミケが色仕掛けをすれば、確かにどんなに警戒心のある暗殺対象も心を開いてしまうかも知れない。そんな事を考えながら、ユアはミケの洒落た二人乗り自動車に導かれた。


 ミケが運転を始めたところでユアは質問する。


「ご用件お聞きしてもいいですか?」

「うん。この車は防音ばっちりで外からは中の様子が見えないよう窓に加工が施されてるから今ならどんな変顔もし放題だよ?」

「あははは……」


 スマホを取り出すと、メッセージはなく、代わりにデフォルメされた可愛らしいミケが「ちょっと来て~」という吹き出しとともに東洋のマネキネコのように手をこまねいていた。もしやスタンプ? と思って探してみると、なんとデフォルメユアのスタンプが使えるようになっていた。


「カワイイでしょ?」

「え、凄い! これ誰が作ったんですか!?」

「テウメッサが描いたのをサーペントがね。絵師として生きていけるよねーテウメッサ」

「すごーい……あっと、そうじゃなくて。結局なんの用事なんですか?」

「うんうん、実はね? ユアちゃんの写真を勝手に撮影してネットでイタズラしてる悪い子がいるみたいでさ。その対応の為に残りの連休の間だけユアちゃんには町の外に出かけて貰います!」


 言っていることは大問題そうなのに、ミケがお泊まり旅行のテンションなのでユアもいまいち気持ちが入らない。いっそミケと一緒なら割と楽しいのではないかと思うくらいだ。一応状況を整理したユアは確認を取る。


「連休だけってことは、前みたいに引っ越しした方が良いと勧められた時よりは簡単に終わるってことですか?」

「どうかなー。前回とは色々勝手が違うからねー。ま、クアッドから離れなければすぐには問題ないよ」

「盗撮でイタズラって、いわゆるあの、ストーカーとかディープフェイクとか……?」

「そうだなー……厳密にはディープフェイクじゃないけど、ユアちゃんからしたら似たようなものかも?」


 ディープフェイクとは簡単に言えばコンピュータプログラムによって作られたまるで本物のような偽動画、画像のことを指す。例えばまるで有名人が暴言を吐いているかのように動画と音声を合成させたり、有名な女優の顔とアダルト女優の裸体を組み合わせてまるで本人が裸体であるかのように錯誤させるといったディープフェイクが世間ではよく問題になる。


 ユアがされたのはそれほど捻ったものではないが、見る者に積極的に誤解を与えるという仕掛け人の悪意は似たようなものだ。


「全然関係ない事件の関係者としてネットでたまたま拾った無関係な人の顔を貼り付けるイタズラってあるじゃん? ああいう感じでユアちゃん晒されてるの」

「……大変じゃないですか!!」


 思わず身を乗り出して叫ぶ。


 ネットでの炎上騒動で被害者がどんな目に遭うかくらいユアも知っている。

 まさに悪い例を引き起こしたファクトウィスパー信奉者たちに知られたら大事だ。

 酷い場合はまったく関係ないのに住所、氏名、電話番号から何まで勝手に公表されて見せしめにされるのだ。そのような事実がないとしても、一度火がつくと暫く収まることはなく、人生を滅茶苦茶にされたという人もいると聞く。


 そんな不安を和らげるようにミケは優しく微笑む。


「うん。だからサーペントが今ものすっごくがんばって対応してるとこ。大丈夫、サーペントはこういうことやらせたら世界一だから! だから、皆が全部片付けるまで私がユアちゃんを守り切ればいいって訳!」


 ミケはこの問題が無事解決することを微塵も疑っている様子はない。

 その揺るぎない態度がユアの不安を和らげてくれた。


「ユアちゃんが今するべきは、私と一緒にゆ~っくり疲れを取ること。昨日のデートで疲れちゃってるかもしれないからマッサージやエステを挟んでのんびりしよ? オウルたちもユアが不安で胸いっぱいのまま過ごしてると思うと落ち着かないと思うから。ね?」


 ミケが優しい声でユアの肩を抱いた。

 もし自分に姉がいたらこう感じるのだろうか――身を委ねたい温かさと包容力に包まれたユアは彼女を無意識に抱き返そうとして――はたと気付く。


「あれ、ミケさんハンドルから手を離してる!?」

「この車、自動運転タイプだよ? もぉ~ユアちゃんのそういう所好きだなぁ~! 今そこ気にするんだ!? って感じ!」

「だって気になったんですもん! てゆーかミケさんまで天然扱いする!」


 オウルに言われる度に内心ではそんなことはないと思っていたユアだが、ミケにまで笑われると本当に自分は天然なのだろうかと別の意味で不安になるユアだった。




 ◇ ◆




 二人が姦しく日帰り旅行に出かけている中、残りのクアッドたちは動き回っていた。


『オウル、どう? 封鎖上手く行ってる?』


 通信越しのサーペントの問いに、オウルはアジトのパソコンを操作しながら答える。

 見た目にはただネットサーフィンをしているだけにも見えるが、実際にはユニットによる補助機能によって見えないところで見た目の四倍ほどの情報を処理している。


 主にオウルが確認しているのは、ファクトウィスパー御用達のソーシャルメディアサービス『ワイヤー』だ。


「情報封鎖は今の所、エリア外で拡散してる風ではないな。AIの低レベル管理が不自然じゃない程度に仕事してるおかげか、他所のファクトウィスパーの間では『注目するほどの情報ではない』という感じだ」


 今、オウルはサーペントの補助に回っている。

 彼ほどではないがオウルもパソコン弄りは出来るが、今の彼はサーペントの行った処理が正常に行われているのかをチェックする役割を担っている。これはサーペントの作業速度の方がオウルを圧倒的に上回っていることが理由の一つだ。

 ただ、これによってサーペントは事後の経過観察にまで頭を回さずに済むので十分な手伝いになる。今こうして通信している間にも、サーペントは膨大な情報を処理している。


『そのまま観察してくれ。個人間のやりとりをきっかけに再度燃え広がりかねない』

「だな。ったく、これで初動が遅かったらと思うとぞっとする」


 オウルはデスクに肘を突いてコーヒーを啜りながらぼやく。

 サーペントが行ったのは、主にジルベス政府の情報拡散管理システムへの干渉だ。


 ジルベス製インターネットで拡散される情報は一見して距離を無視して一気に拡散しているように見えるが、実際にはインターネットの各情報サービスごとに低レベルAIが割り振られ、政府にとって不都合な情報が無いか、また、拡散した際に社会的混乱を招かないかを数段階に分けて監視している。


 情報の危険度判断は僅か数秒。表向きは言論の自由を謳う国家なので怪しまれないようその敷居は低くされ、更には完全にシャットアウトするのではなく見つかりづらい状態になるよう細工する程度なので、社会の多くの人々がこの見えない情報の門番の存在に気付いていない。


『管理AIは網目の大きなふるいだが、それでも思想誘導において効果は大きい。ただ、国家にとっての危険度が尺度である以上は個人のプライバシーなんて考慮の外。だったら考慮して貰えば良いだけさ』

「ついでに犯罪者も取り締まればいいものを」

『そこまですると監視社会だと文句を言われるから、政府も難儀だねぇ』


 とはいえ、そのシステムの存在さえ知っていればサーペントにとって干渉は容易だ。彼はすぐに低レベルAIの判断基準を騙し、一時的に人物特定系のフェイク投稿が広がりづらくなるよう細工した。


 広がりづらい情報は注目度が低く見えるし、そもそもネットにはリアルタイムで膨大な情報が溢れ続けている。初動の勢いさえ潰せればあっという間に流れて見えなくなる。旬を逃した情報をわざわざ拾い上げて声高にアピールする暇人はそうそういないし、いたとしても注目されることは稀だ。

 これによって、ユアの写真の爆発的な拡散は回避された。


 とはいえ、これで解決したという訳ではない。

 だからオウルもサーペントも忙しくパソコンを弄っているのだから。


「ファクトウィスパー同士のダイレクトな送受信や直接的な伝聞にまではAIは手を出せない。最低でも彼女が目撃されたこの町のファクトウィスパー信奉者には伝わっちまったぞ。……おいおい、彼女の同級生の親が情報バラしてやがる」


 思わぬ伏兵にオウルは顔を顰める。

 ファクトウィスパーの信奉者は数こそ少ないがどこにでもいるし、彼らの多くは自身は行動をせずともインフルエンサーの考えを広めることには積極的だ画像を拾って拡散した連中からすれば都合の良い増幅器である。


『それは警察に通報して処理してもらう他ないだろ。情報攪乱はやってるけど、効果が出るまで数日かかる』


 サーペントは今現在、足がつかないよう注意しつつ『ワイヤー』のファクトウィスパーが集まるコミュニティに潜り込んで小細工を続けている。

 やっているのは、ユアの情報拡散と同じ形式でAI生成の「探せばいそうだが実在しない顔」写真をばら撒くというものだ。ユアもまさかサーペント側がディープフェイクでフェイクに対抗しているとは思わないだろう。


 大多数のファクトウィスパー信奉者にとっては騒ぎ立てて陰謀を妄想するのが大事なのであって、ユアの顔や実在するかどうかは重要ではない。だったら彼らの主張する「宇宙人の手先」だの「政府の手下」だのと呼ばれる流行の顔を増やしてやればいい。

 後からネットの祭りに参加した連中は、もう自分のお目当てがユアでもAIの作った偽物でもどっちでも構わなくなっている。祭りが盛り上がれば面白半分に仕掛ける側ももっと盛り上げようと加工映像やディープフェイクを作って投稿を始め、やがて誰も火元を確認しなくなる。


 そのような流れになるよう、サーペントは数百もの複数の捨てアカウントと放置されたものを乗っ取ったアカウントで巧妙な工作を繰り広げていた。


 煽るべき場所では殊更に煽り、インフルエンサーの手口で主義者が興味を持ちやすい形で偽の顔を拡散し、更に元々投稿されているユアの画像も段々と偽物にすげ替えていく。今はまだユア個人を特定して迫ろうとする人間がいるが、やがて無秩序化していき、最後には皆が興味を無くして別の炎上元に走るだろう。


 問題は、『今はまだ』の部分だ。

 

「どんなに偽情報で誘導しようが、最初にユアを見て行動を開始した連中には即効性がない。かといって、こいつらを暗殺したらそのことを知った主義者が『最初の少女が本物だった』と騒ぎだしかねない。おまけに今は特務課の連中が町に張り付いてると来たもんだ」

『ほんと、迷惑だねぇ。いっそ彼らがユアちゃんを保護してくれた方が動きやすいんじゃないの?』

「どうかな……特務課なら『ワイヤー』内の犯行声明めいた文章を理由にユアの一時保護くらいは出来るだろうが、そうなるとこっちからの接触が難しいし、ユアが妙なボロを出す可能性が否めない。それに――」


 オウルはそこで席を立ち、キッチンにあったコーヒーフレッシュと角砂糖を飲みかけのコーヒーに入れて混ぜるとパソコンで確認作業に使っていた設定を全て隠す特殊コマンドを入力すると、再度椅子に座った。


「どうも奴は曲者な気がするよ」

『あらま、噂をすれば影がさす』


 監視カメラが、オウルのいるアジト――表向きシェアハウス中の一軒家――に一直線に向かう一人の人物を捉えた。

 まさに噂をしていた、イーグレッツ・アテナイその人を。

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