20話 身動き暗殺
自分とユアのデートの様子で盛り上がっていた同僚達を散らしてアジトのソファにどっかり座ったオウルは、今日もモニター越しのサーペントをねめつける。
「監視網の再構築するって話だったけど、俺とユアのデートを覗き見できる程度には構築が済んだってことでいいんだよな?」
『映像と音はね。結構手強いんだ、相手がさ』
「泣き言はいいからやれ」
『やってますよ~だ』
ふざけた態度に反論もせずにミネラルウォーターを飲んで一息つくと、オウルの頭上から柔らかく温かいものが二つ落ちてきた。それと同時、背後から誰かがオウルの肩を抱く。もう慣れたイタズラなので彼は今更驚きもしない。
「その脂肪の塊をどけろ、ミケ」
「だってー、ユアちゃんばっかり一緒にいてずるい~!」
犯人は自身の豊満な胸を押しつけるミケだった。
彼女はふざけているようで本気だったのか、ますます抱きついてくる。
風呂上がりなのか垂れる髪や体からはシャンプーや石けんの甘い香りが微かに混じっている。健全な男子中学生としては抗いがたい刺激かも知れないが、オウルにそういうのはない。
「どけ」
「にゃーん……」
腕をつつくと不服そうにミケが鳴いたが、それでも抱きついたことで多少は心が満たされたのかあっさり離れる。彼女は感情に正直なのであまり突っぱね続けると欲求不満になって更に接近してくるので面倒だ。
「そもそも胸を利用してアピールしてくるな。お前もジルベス国民が遵守すべき素晴らしい男女観とやらを守って性的な魅了を控えたらどうだ?」
「あるもの使って何が悪いのよ? だいたい社会的地位のあるいいオトナだってみんな大好きでしょ、これ?」
「俺相手には効果が無いのが難点だな」
ぽよぽよと自分の胸を両手で弄ぶミケ。
社会に男女平等が広がろうが、人間の大多数は性の魅力に逆らえないものだ。
特に女性をモノ化している層には効果てきめんで、そしてミケの愛の確認の為に殺されていく。
と、離席していたテウメッサがノンアルコールビール片手に戻ってくる。
改めて全員が揃ったため、オウルは会議を始めた。
「デート映像を見てみたが、個人の追跡と盗聴は問題ないみたいだな」
『うん。ただ、自動検知した情報を拾うシステムとかは大分動きが鈍い。仮に今の段階でユニットを使って暴れられると隠蔽は難しいだろうね。警察特務課は謎のパワードスーツ探しにかなり本気だよ』
「そうそう市街地にパワードスーツが出ても困る。それより頭のおかしい主義者共が散発的に仕掛けてくる方が厄介だ。今回のデートで分かったが、ファクトウィスパーは暴れたくてウズウズしてやがる。家に籠もった方が賢明だ。実際、今日の乱痴気騒ぎが学校に伝わって生徒には外出を自粛するか保護者同伴を推奨してきてる」
さしもの学校も生徒が休日に襲撃されたという事件は座視できなかったのか、或いは警察からのアドバイスかもしれない。
「幸いにして今回は義心に篤く惚れっぽい特務官くんが追い払ってくれたが、ユアは一軒家で一人暮らしだ。叔父も呼んですぐ来られる状態じゃない。これから俺が護衛出来ないときはルームシェア設定を利用してテウメッサかミケがユアに同行するよう話をつけた」
全員が頷き、テウメッサがノンアルコールビールをぐび、と呷る。
「しっかし、いつまでも町を彼らにうろつかれると僕としてもやりづらいんだよなぁ。懇意にしてるいくつかの組織が潰されちゃって、裏社会の情報が入ってこなくなっちゃうよ」
「こっちも恋を追っかけ辛くなるしぃ」
「お前はいい加減諦めろ」
『ミケのことはさておき、由々しき問題ではあるね』
特務課はベクターコーポレーションの意向で政府から消えた解体業者の行方を追っていて、その調査によって違法なパワードスーツによる活動の可能性が浮上した。この問題はベクターがこの件から手を引くか、政府の事情で断念するか、形だけでも犯人が見つからなければ終わりそうにない。
いっそ警察が見回っている方が安全とも考えたが、今回の襲撃で楽観論が過ぎたと言わざるを得なくなった。警察は原則として犯罪が起こってからでないと力を発揮出来ない。町の犯罪率低下には寄与できても、ユアの護衛にはならない。
「どう対応したものか……」
無条件の暗殺権限を以てすれば色々と出来ることはあるが、そうなると正義感のやたら強いイーグレッツが意固地になって調査を続行し、最悪の場合はユニット同士の激突になる可能性がある。
しかも、もう一つの問題として警察をどうにか出来たとしても、その後の経過次第では町をうろつくファクトウィスパーが更に増えかねない。
彼らは主体なく思想を感染させる集団だ。
静かにさせるには――。
『オウル、すまないが緊急事態だ』
サーペントの声が思考に耽る意識を現実に引き戻す。
「どうした。ユアの家に不審者でも出たか?」
『いや、だが今後出やすくなるだろう』
サーペントから送られてきたデータには、思わずため息をつきたくなるほどうんざりな情報が表示されていた。昼間にイーグレッツの襲撃が起きた際にドローンか何かで撮影されたと思われる画像――角度的に、ユアの顔だけがはっきり映った画像。
『ユアちゃんの画像がファクトウィスパー信奉者の間で急激に拡散されている。内容は全体的に滅茶苦茶だが、総じて彼女を貶める内容だ』
「……どこからだ」
『ファクトウィスパーのハッカーに、僕と同じように町の監視網に網を張ってた奴がいたんだ。イーグレッツの顔も君の顔も晒されてはいないところを見るに、この画像を手に入れるだけで精一杯だったんだろう』
ノンアルコールビールの缶をテーブルに置いたテウメッサが険しい顔をする。
「一般人に知られないようAIで統制することは出来ても、ファクトウィスパー同士で固まる集団の間では一度勢いのついた情報拡散は止められない。このままだと彼女の身元が特定される!!」
「ジルベスはユアのこと嫌いなのか?」
なんでこう、一般人を守るというのは果てしなく難しいのだろうか。
◆ ◇
『聞いた? 主義者がサツ相手に暴動起こしたらしいよ』
『どこ情報?』
『町のドローンからちょっとだけ映像記録吸い出せた。ホラ、ビル崩落騒動があったあそこ』
『マジかよウケる』
『で、どうなったんだ? 大した罪でもしょっぴけねぇ脳の足りねえ阿呆共に奇特にも付き合ってやった真面目な警官さんはよ?』
『それがさ、強権持ちだったみたいで乱闘に参加した奴は軒並み無傷で捕まえちゃったみたい』
『なんだよつまんねぇ。ニュースにすらなんねえなんてもっと頑張れよ』
『がんばれ♡ がんばれ♡』
『ところでその映像俺も見たんだけど、ちょっといいこと思いついたわ』
『なによ?』
『ほら、警察が民間人庇ってんのよ。こいつとこいつ。主義者の間で晒してマトにしね?』
『それおもろいな。晒す内容どうする? パパ活してるとか? イジメやってたとか?』
『それもいいけど、せっかくだから時勢に乗っていこうぜ』
『不要な国民を処分するためのイデアル値を計測している政府の狗とか』
『いいね。ソーシャルメディア各所に拡散よろしく。海外サーバー経由すんの忘れるなよ』
『画像さえ拡散されれば後は勝手に尾ひれがついて燃え広がるだろ』
『主義者ってマジで馬鹿だよな。こんな内容本気で信じてるの面白過ぎね?』
『こないだのはウケた。接客態度悪かった奴を晒したらいつの間にかそいつを雇ってる店がヤクの密売所だったってことになって主義者が二〇人で襲撃したやつ』
『巻き込まれて撃たれた八〇歳のババアがご臨終は草なのよ』
『さて、正義の警察はこのいたいけな少女を守り切れるのか!』
『ダシにされた女なんも悪いことしてなくてマジで草』
匿名の世界に集う僅か数名のうそつき集団。
彼らの『信じる奴が馬鹿』と『真に受けた馬鹿が面白い』の二つだけで、人の人生が破滅していく。
これが、国内で数万人以上の信者を持つファクトウィスパーの使い方だった。




