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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
2章 アサシンズ・クアッドの隠蔽

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16話 いちご味の暗殺

 オウル・ミネルヴァ――14歳男性。


 戦後の海外からの難民申請で、子供救済の観点から両親より先に国籍取得を許され、単身ジルベス合衆国の児童養護施設で育つ。両親は外交問題等の政治的混乱から難民申請が遅れに遅れ、一ヶ月に一回のビデオ通話でしか接していない。


 これがオウルの『設定』だ。

 付き合うに当たって多少は情報を公開すべきとオウルがアジトに遊びに来たユアにこれを知らせると、ユアは不思議そうに首を傾げた。


「両親は事故死で天涯孤独の身、とかかと思ってた」

「確かにそれなら足がつきづらいが、悪目立ちする。難民の設定の方が今のジルベスじゃありふれてるんだ」

「でも施設の人に聞いたらバレちゃうんじゃ?」

「まずバレることはない。難民用の児童養護施設には金持ちの難民用と貧乏人の難民用があってな。後者は割と杜撰なんだ」


 世界最大にして最強の国家となったジルベスには難民が常に押し寄せている。

 主な理由は貧困で、特に十年前の戦争でパルジャノ連合陣営寄りだった小国は敗戦時の経済的な打撃が大きかった。


 世界をリードする民主主義国家を名乗るジルベスとしては、愚かなパルジャノ連合に踊らされた被害者という建前を持つ小国を無碍にするのは国内で外聞が悪い。戦争時に散々連合側の不正義と自国の正義を強調した代償だ。よってジルベスは難民申請に比較的寛容な姿勢を見せている。


 とはいえ、難民を養う資源も資金も無限ではない。

 難民を嫌う層も国内には一定数存在する。

 様々な事情を鑑みて、ジルベス政府は富裕層用の施設とそうでない施設を作った。


「質の悪い施設じゃ難民の管理を半ば安価で確実なAI任せにする所もある。そういう所じゃ職員が子供の面や名前を覚えていることはまずない。連中からすれば難民の子供はオートメーションで組み上がる大量生産品と同じだからな。責任逃れのために難民の子供の書類もデータ整理の名目で数年おきに古いものから削除されてる。俺のデータが残ってなくても問題ナシって訳だ」


 ひどく杜撰な管理だが、杜撰な管理であることを国民が知らず興味も持たなければ、それは問題がないということだというのが政府の考え方だ。

 ユアは自分が知り得なかった難民教育の現状にショックを受けたようだった。


「……酷いよ。そんな無責任な態度しなくたっていいのに」

「真面目にやってる所もあるし、ちゃんと教育受けられるだけ幸せとも取れる。海外では合法でもうちの国では違法、みたいな行為の矯正が上手く行くのはデカイからな」


 ユアは暫く複雑そうな表情を見せたが、あるラインで考えるのをやめたようだった。

 恐らく、前に「深く考えすぎると主義者みたいになる」という言葉を参考にしているのだ。

 彼女は天然だが、学力とは違った面で意外と賢い。

 本物の考えなしは主義者側に落ちるラインがどこか理解出来ないだろう。


 ユアには言わなかったが、貧民用の児童養護施設はジルベスの一部ではチャイルドロンダリングと呼ばれ、海外の劣った文化や価値観を洗い流す施設と認識されている。極端な話が子供の洗脳教育施設で、酷いと施設が子供に肉親と関係を断った方が上手く行くと養子縁組に誘導することもある。両親からすれば子供を奪われたようなもので、勿論両親側の難民申請はいつまでも通らない。


 とはいえ、彼女に言った通り貧民用であっても少ない予算で真面目に教育を施す施設もあるし、ジルベスの常識が分からないまま野放しにすると周囲と上手くいかず犯罪に走るケースもあるのでチャイルドロンダリングが悪いと一概には言えない。


 ただ、生憎ジルベス国内ではチャイルドロンダリングは主義者がよく使うワードなので、知らないなら知らないままの方がいい。ちなみに主義者の言うチャイルドロンダリングは難民に限らず国民が全員嘘を刷り込まれるから子供を義務教育に行かせるなとかそういう類が多く、内容が全く違う。


「……まぁ、触りだけとはいえこれがオウル・ミネルヴァの設定、というかキャラ付けかな? 洗脳がほどほど成功したケースとして振る舞ってるから、頭の片隅に置いておく程度で良い。何かあったときに『そういえばこんな話してた』と思い出すくらいが丁度いい」

「うん。そうしとく」


 こくりと素直に頷いたユアだったが、話が終わると同時に身を乗り出す。


「それでさ! 明日の休みのデートプラン考えてきたんだけど!」

「ノリノリかお前! 温度差で風邪引くわ!」

「女友達で遊びにいくのもいいけど、女だけだと行き辛い場所だってあるの! ね、いいでしょナイトさん?」

「その呼び方はよせ。ああもう、分かったから。まずはどこへ行くんだ?」

「実はネットで既に予約取ってたんだけど、まずはここ! ここはね――」


 ユアは活き活きとデートプランを発表するが、一日で行く程度なのでそんなに過密スケジュールではないのは有り難かった。内容もデートというより男友達を利用して好きな場所に行くという感じで、過剰にカップルのふりをする必要がないのは彼女なりの気配りもあるのかもしれない。


 つくづく分からない女だ、とオウルは不思議に思う。

 初対面の頃はオウルへの恐怖や警戒感を多少は抱いていたハズだ。

 なのに今ではすっぱり疑念を割り切って楽しんでいる節がある。

 現実の血腥い戦いを見ていないからだろうというのは想像がつくが、見せつけて思い知らせてやろうと思うには、彼女はあまりにも普通で善良だった。


(それともこれがジルベスの普通の14歳の生活ってやつなのか? だとしたら、素直に『普通』の先達にご教授願うかな……護衛なのに)


 オウルは社会の裏は幾らでも知っているし、表の人間に一時的になりきる術は持っている。

 しかし、同級生の彼女とデートする演技などいう青春的感情までは演じきれる自信が無い。

 これでは自分が主導なのか彼女が主導なのか分かったものではないな、と苦笑する。


 ユアと一緒にいると、よく変な気持ちになる。

 形にならない、理解のできない変な気持ち。

 これが愉快なのか不快なのかさえオウルには判別できない。


(どいつもこいつも当然に知ってることを、俺は知らないのか……平和な生活って、難しいな)


 オウルは初めてそれを実感しながらも、どうせならここできちんと普通を学ぼうと開き直った。




 ◇ ◆




 デート当日、休日で賑わう町をオウルとユアは手を繋いで歩いていた。

 オウルもユアも周囲から浮かない程度にはお洒落をしている。


 この町も雑踏も風景も、何かが掛け違えればベクターホールディングスの下らない権力争いで全て廃墟になり、人々も死んでいたかもしれない。それが平和の脆さであり、人に言わせれば尊さなのだろう。


「で、第一の目的地が喫茶店?」

「ずっと気になってたんだもん」


 彼女とともに足を運んだ先は、『ホウライ』という大きな喫茶店だった。

 都心では有名な店舗で、この町では出来て間もない。

 格式の高そうな雰囲気は確かに学生が学校帰りに入るには少々ハードルが高そうだ。インテリアの一つに至るまで造形の拘りが感じられる。見た目通りに値段もそこらの喫茶店より値が張るのも行きにくい原因の一つかもしれない。


 カウンターでスマホの予約画面を確認すると、ウェイターに席に案内される。

 オウルは暗殺対象には金持ちが多いため、仕事柄こうした店にはたまに入ることがある。

 当然マナーの類もしっているが、今はそういったことに縁の無い設定なので物珍しげに軽く店内を見回し――ウェイターの一人を見てぎょっとした。


 そこにいたのはなんとテウメッサだった。

 あちらも気付いて二人に小さく手を振る。

 そこでユアも彼の存在に気付いた。


「テウメッサ、お前何してんだ……」

「知り合いからお手伝いを頼まれてね。ささ、僕のことは気にせず優雅なひとときを」

「えと、あの、あの……」


 ユアがあわあわとしているが、一応テウメッサはオウル・ミネルヴァとルームシェアしている設定なので既に会っていることにしてある。慌てている理由は恐らくオウルをデートに誘ったことまでは言っていないからだろう。

 当のテウメッサは慌てた様子もなくにっこり微笑む。


「こんな可愛い子を喫茶店に誘うだなんてオウルも隅に置けないねぇ。オウル、割り勘なんて野暮は言わずに甲斐性見せてやりなよ!」

「前時代的なこと言ってら……というかユアの前で言うことか?」

「ははは、冗談だよ。仕事があるからこれ以上は構えないけど、当店自慢のベリーベリーパフェをおすすめするよ」


 あっさりその場を去ったテウメッサを見送り、オウルは面倒な奴に見られたというため息を、ユアは安堵のため息を同時に漏らした。


「……てか、なんでユアが慌ててるんだよ」

「えと、なんだか親御さんに見つかったみたいない気分になっちゃって、つい?」

「そいつは気の早いことで……」


 どこまで本気なのか分からないユアに、オウルは呆れた。


 なお、ユアの目当てでもあったベリーベリーパフェは美味しかった。

 ふんだんにベリー系果実とソースを使った甘酸っぱい味は定番にして評判らしく、ユア意外にも多くの客が頼んでいる。口元にクリームをつけてパフェを頬張るユアは実に幸せそうな顔をしていたが、パフェを食べ終わると肝心なことに気付いたとばかりにハッとする。


「写真撮ったりオウルにあーんしたげる予定だったのに美味しすぎて全部いっちゃった!」

「やっぱお前ド天然だな」

「かくなる上はもう一杯追加する……?」

「昼が入らなくなるから流石にやめとけ。代わりに俺があーんしてやるから」

「ほんと!?」


 まだ食べ足りなかったのか、ユアは期待に目を輝かせてひな鳥のように口を開けて待つ。

 スプーンに大きめのストロベリーを乗せてあげると、遠慮無く食いついて頬を綻ばせた。

 前にケーキを一口分けてくれたが、それはそれでこれはこれのようだ。


「ん~! こんな甘いストロベリー初めてかも!」

(保護対象が幸せそうだからよしとするか……)


 ちなみにこのパフェ、一杯200ジレア――オウルの普段の食費二日分はする高級パフェである。貧乏学生の設定からすると痛い一口だが、ここは素直じゃない男として見栄を張るフリをすべきだろう。

 ちなみにこの後、欲望に忠実なユアの視線に負けてあと二口パフェを奢り、パフェ前の紅茶などを含めた全額を支払ったオウルだった。


 ユアにとっては大満足なようなのでオウルに不満はない。

 どうせ支払った金も殺し屋としての予算から割かれたものだ。

 気になるのは、町の様子だ。


(監視ドローンの巡回経路が変わってる。特務課の仕業か? それに……)


 ユアは気付いていないが、町のあちこちで無作為に通行人――それも押しに弱そうな人物を狙い撃ちで声をかける勧誘のような人物が見受けられる。町中では決して珍しいというほどではない存在だが、喋り方に僅かながらジルベス都心側の訛りがあった。


 恐らく、彼らは関係の無い勧誘を隠れ蓑にしたファクトウィスパーの一員だろう。

 勝手に触発された信奉者ではなく、手慣れた本物たちだ。


(デートの間くらいは大人しくしてて欲しいもんだが……)


 普段と環境が変わると、普段は起きないことが起きるものだ。

 白昼堂々とユニットを使うような事態にならないことを祈り、オウルは何事もなかったようにユアと手を繋ぎ直した。

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