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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
7章 アサシンズ・クアッドの抜錨

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100話 暁の暗殺

 午前五時十三分――ヘクラーネ島沿岸、上空。


 複数の行方不明者を出したことで慌ただしく沿岸警備隊のヘリとドローンが飛び交う中、その必死の捜索を妨害するかのように堂々と我が物顔で飛び回る別機種のヘリがあった。


 トライオス・コーポーレーション航空部門製、TAT-500。

 この機体はバイオジェット燃料を用いたエンジンでメインローターを回し、四つのテイルローターはバッテリー駆動のモーターで回転させるハイブリッド機だ。バイオ燃料で環境問題に配慮しつつテイルローターの騒音を減らし、サイズも大きすぎず安定性もメンテナンス性も良好、視野角も広めに取れることからメディア会社には傑作機の扱いを受けている。

 事実、そのヘリコプターにも【エメト・ニュース】の会社ロゴが堂々と踊っていた。


 早朝の眠気を栄養ドリンクのカフェインで誤魔化した男が、ヘッドセットの位置を気にしながら後ろの女性に気怠げな声をかける。


「本当にいいんすか、こんな所に飛ばして? さっきから警備隊から邪魔だってガンガン通知が……」

「そんなものに従ってたら良いニュースなんて先取り出来ないでしょ! 国民の知る権利のためなんだから正当性は当方にあり!!」

「先取りしたって統制委員会からいちゃもん入れられて結局出せないのばっかじゃないっすかぁ」


 ぶつぶつと文句を漏らすのは、【エメト・ニュース】の専属契約パイロット、パラベラム・ルカ。

 そんな彼に不満げな視線を向けるのは、【エメト・ニュース】の報道部長にしてキャスターを兼任するペイシェ・サルファだ。

 愚痴っぽいパラベラムをペイシェが一喝する。


「おだまり! 国民がピヨピヨと好みの情報を食べたがるからって、似たような餌だけ集めてりゃいいってもんでもないでしょうが! メディアたるもの頼まれてなくても最新の生の情報を仕入れて情勢の変化に目を光らせる! それなくしてメディアはメディアたり得ない!」

「俺はあくまで専属パイロットで厳密にはメディアじゃないんすけどねぇ……」


 ため息をつくパラベラムだが、彼は幼少期から移民故に肩身の狭い思いをしてきており、学生時代に勉強面で先輩のペイシェに散々世話になった過去がある。その恩義は彼女の助力なくしてパイロットにはなれなかったかもしれないほどで、彼女に頼まれると何事も断れなかった。


 それに、ペイシェの言い分もまったく根拠がない訳ではない。

 情報社会化した現代では、ニュースサイトにはネットで調べて出てくる程度の浅い情報で作成された他者の焼き増し(こたつ)記事が乱立している。

 ペイシェはこれをスナックニュースと呼んでいる。

 栄養バランスが悪いが簡単に食べられるのでついつい手を伸ばす、栄養価の偏った大量生産のニュースだ。


 大手とは言えない【エメト・ニュース】がこのようなスナックニュースに対抗するには独自性を出すしかない。

 ペイシェが拘るのは同じタイミングなのに密度の高く臨場感ある情報を出すことであり、そのやり方は統制委員会からの監視の目を除けば一定の成功を収めている。


 ニュースでは身なりに気を遣っているペイシェは、乱雑に整えた髪もノーメイクの顔も気にせず夢中になって事件の気配を追いかける。


「セレブが乗ったコーラルビュークルーズが原因不明の通信途絶! 海である以上はたまに事故死する人間もいるけど、金持ちが死ぬことは滅多にない。これは事件の香りがするわ!」


 人が死んでいるかもしれない事件にペイシェは好奇心を隠せないでいる。

 メディアとしては正しいが、一般人から見れば人の死を金儲けのネタにしているように見えるだろう。しかし、ペイシェはそのような批判をいつも「馬鹿ね」と笑って一蹴する。


 死んだ人間に遠慮することで真実が埋もれ、今を生きる人間がそれを知らずに損をしていたら報道の意味がない――それがペイシェの持論だった。


 と、パラベラムは大洋が登る暁の水平線に影があることに気付いた。

 過去のフライト経験からその正体に当たりを付ける。


「船だ。多分デカイですよ」

「えっ! もしかして行方不明になったクルーズ船?」

「いやぁ、それにしちゃでかすぎでしょ。100mは確実にあるし、哨戒艦とかじゃないすか?」


 現実的な案を言いながら、それでもパラベラムには何か違和感があり、ヘリに搭載された望遠機能を起動した。沿岸警備隊の哨戒艦にしては、少し大きいような――。


 モニタに拡大映像が映し出されたとき、そこに映ったのは暁の色一色。

 光彩設定の不具合で陽光が艦を覆い尽くしたのかも知れない。

 AIの補正がかかって一瞬で修正されるだろう、と、二人は思った。


 運命を分けたのは、パラベラムの手遊びだった。

 もしかしたらカメラの角度が悪いのかもしれないと、不要にヘリを傾けた。


 直後、爆音と衝撃が走り、ヘリを強かに揺るがした。


「がぁッ!?」

「キャアアアッ!!」


 フロントガラスに無数の罅が走り、衝撃でモニタめがけて身を乗り出していたペイシェが機内を転がり、危険や非常事態を知らせるアラートがけたたましく鳴り響く。パラベラムは混乱する頭を必死に回転させて機体の姿勢を確認しながらペイシェの安否を確認する。


「センパイ! 無事っすか!!」

「いっ……つぅ……!み、耳が片方、馬鹿になったかも……! 半分しか聞こえない!」

「今の衝撃で鼓膜をやったんじゃないっすか!? とにかく何とか席に座ってベルト付けて、あと、残りの鼓膜守る為にヘッドセットを!」

「わ、わかった……ヘッドセットと、ベルト……!」


 パラベラムは最初からパイロット用のヘッドセットをしていたため鼓膜は無事だったが、ペイシェは片耳のインカムしかつけていなかったので空いた耳に衝撃が入ってしまったのだろう。改めてパラベラムは自分の体も確かめるが、ガラスは幸い突き破れるほど破損しておらず、機材が体に刺さったりもしていなかった。

 ただ、爆発の衝撃でメインローターに何かしらの異常が出たのか、普通は一つ動いていれば十分なテイルローターが四つ全て稼働して姿勢を強引に維持している。ひとまず墜落は避けられそうだが、だからといって安堵など出来る状況ではない。


 暁より出でし艦影から立ち上る白煙を見て、パラベラムは戦慄する。

 先ほどの光は陽光ではなくカメラに接近する砲弾だったのだ。


 いや、そんなことより、撃たれた――?


 今更になって、自分の命が粉微塵に砕けて魚の餌になるところだったという事実を頭が受け入れて、額と背から脂汗がどっと湧く。見れば、海に複数の水柱が高々と上がっており、無線から沿岸警備隊の大混乱を示す喧噪が聞こえてくる。

 彼らにとっても全く予想外の攻撃であったのだろう。

 それも当たり前だ。

 誰が領海内での行方不明者捜索中に誰かに撃たれるなどと思うだろうか。

 しかも、水柱の大きさや距離からして、艦砲クラスの砲撃だ。

 ということは、あれは武装した軍艦だということになる。 


「まさか、パルジャノ海軍の奇襲!? 軍の早期警戒網は一体何やってたんだッ!!」


 パラベラムがそう考えるのも無理らしからぬことだった。

 現状、最もジルベス合衆国を脅かす可能性があるのはパルジャノ連合だ。

 そしてパルジャノ海軍はジルベス海軍をして勝利し得なかったという事実は多少の教養がある者なら誰でも知っている。宣戦布告のひとつもなく、今、またあの戦争が始まるというのか――喉がからからに渇き、操縦桿を握る手が痙攣する。


 おれは、死ぬのか――。


「パラベラム……」

「センパイ?」


 気付けば、ペイシェは固定ベルトを外してハンドカメラの準備をしていた。


「もし本当に宣戦布告なしの襲撃なら、他の誰よりも先に……映像に捉えて国民に知らせる義務が、ある……ああもう、なんでこんなに電波状況が……!」

「……センパイ」

「あたしたちの情報で! ヘクラーネ島で何も知らずに過ごしている人々の誰かが生き残るかもしれない! でも、やらなければ彼らは何も知らないままホテルごと砲弾で粉々に砕け散って、瓦礫に押し潰される!! そんな終わり方でいいの!?」


 次の瞬間には羽虫のように撃ち落とされようとしているのに、ペイシェの目には微塵の躊躇いもない。

 敵の攻撃の距離から見て、既にヘリは敵艦の有効射程距離に入っている。

 最初の砲撃の後、誤差を修正しての第二射。

 電子化が進んだ現代の砲撃に、二度目の奇蹟はない。


 そんなこと、知識が豊富なこの人は理解している筈なのに……。


「恨んで良いよ。あたしの我が儘に付き合わせてさ。でも、無駄に死ぬのは嫌。この情報によって生かされた人に宿って、あたしたちの魂は生き続ける。そう考えるのはアミニストに過ぎるかしら?」

「はぁ……いいですよ。どうせもう逃げられんでしょうし、最期の瞬間までお供します」

「そうこなくっちゃ! とは、いえ……頭くらくらして、気持ち悪くて、カメラ上手く撮れないカモ、だけど……ん?」


 不意に、ペイシェの顔がヘリの外を見やる。


「なんか来てる」

「なんかって、第七艦隊の艦載機とか?」

「ううん、あれ、航空ショーで見たことある。たしか海軍が開発中の試作高速VTOL輸送機。名前なんだっけ……」


 軍事は専門というほどではないため名前は出なかったが、翼の先端にあるジェット推進装置がSF映画めいた近未来的な印象を与えたために記憶によく残っていた。


 輸送機の後部ハッチが開き、何かが落下する。

 それは空中で落下しながらぐんぐんと加速し、姿勢を水平に持ち直す。


 飛翔したそれはヘリコプターの真横を高速で通り抜ける。

 二人は、()()と目が合った気がした。

 

 約4メートルほどの鋼鉄に覆われた人型の()()体躯。

 ヒロイックで、マッシヴで、しかしどこか悪魔的な有機さを感じるシルエット。

 腰部やフライトユニットには通常兵器とはまるで規格の違う幾つもの無骨な火砲が鈍く光る。


 プロパガンダ映像で空を駆け回り華麗に敵を撃墜する様は誰しも見たことがあるのに、実際に戦う姿を誰も見たことのない、実在さえ怪しまれる謎に包まれたジルベス合衆国の鬼札。


「ゆ、U.N.I.T.……!?」 

「そうか。そうだった……ジルベスにはユニットがいるんだった!!」


 暁の怪物の前に、蒼いユニットが立ち塞がる。

 圧倒的なサイズの差があるのに、ユニットから放たれる存在感は桁違いだった。

 ペイシェは食い入るようにユニットをカメラ越しに見つめる。


 陽光に隠れる敵艦から白煙が立ち上る。

 垂直発射管(V L S)からミサイルが発射される前兆だとパラベラムは直感した。

 更に、敵艦の正面辺りが瞬く。

 近代駆逐艦には標準搭載されている電磁投射砲レールガンの発射の前兆だ。


「一斉射……!!」


 ユニットは一機しかいない。

 敵の撃破能力が高くとも、駆逐艦一隻の攻撃を防ぎきること、なによりレールガンの迎撃など不可能だ。せめてこのヘリだけでも守ってくれ、と、パラベラムは身勝手に願った。

 ペイシェが片耳から血を垂らしているにも拘わらず興奮して叫ぶ。


「ユニットが動く!!」


 彼女の言葉通り、ユニットは腰部にマウントしていた火器を両手に握り、フライトユニットから他の火器をせり出させ、更に脚部に装備していた追加装甲のようなパーツがスライドして中からマイクロミサイルがその姿を覗かせた。


 敵艦の砲撃が始まる。

 十六発ものVLSから白煙を引いてミサイルがジャンピングし、レールガンが幾度も輝く。

 駆逐艦のレールガンは連射が可能だが、それにしても異常な連射数だった。


 ユニットは迫り来る破壊の嵐をものともせず、全ての砲から一斉に鉄火と白煙、プラズマ光を放つ。

 レールガンと思しきもの、レーザー、荷電粒子砲らしきものまでがミサイルと入り交じって斉射され、鮮やかに空を彩った。驚くことに、ユニットはヘリからそれほど離れていない筈なのに明らかに後方に伝わる筈の発射の反動が少ない。これはユニットのサイズの小ささだけが原因ではないだろう。


 空中が無数の爆炎と花火のような光で染まり、一瞬遅れて轟音が海を震わせる。


 果たして、敵艦とユニットの撃ち合いの結果は想像を絶するものだった。


 敵艦側に幾つもの水柱と、艦そのものに爆炎が幾つか上がったのに対し、ユニットより後ろには瓦礫のひとつさえ飛来しなかったのだ。それが意味することは、すなわち――。


「ミサイルとレールガンを空中で全部撃ち落としやがったッ!!」


 パラベラムは驚嘆に声を荒げる。


 これは敵の全ての弾動と着弾予測地点を見切った上で、無数の火器を同時に照準し、寸分の狂いもない完璧な制御とタイミングで行なわなければ実現し得ない結果だ。どんな超人的なパイロットでもそのような判断は手が足りないし、兵器に搭載されるレベルのAIとコンピュータでは到底一瞬で処理しきれない。不可能だ。

 その不可能の壁を、ジルベス合衆国の鬼札はあっさりとやってのけた。


「レールガンだぞ!? 弾速何キロだと思ってんだ!! ミサイルだって不規則な動きだったのに、信じられん!! こんな力がこの世にあっていいのか!?」

「凄い、凄い、凄い!! 世界の誰だってこんな光景生で見られないわ!! ああ、本当にこんな幸運がこの世にあっていいの!?」


 パラベラムとは別の興奮を露にするペイシェだったが、直後、その場にいる全員の通信回線に人工音声感のある声が強制的に割り込んだ。


『こちらジルベス特殊部隊。これより未確認敵性艦の無力化を遂行する。当該海域にいるジルベス国民は直ちにヘクラーネ島へと避難せよ。繰り返す。島外海域にいるジルベス国民は直ちにヘクラーネ島へと避難せよ』

「助かったんだ……センパイ、どうします?」

「どーするもこーするも、守ってくれるんなら逃げる必要ないでしょ!! ジルベス国民の皆がユニットのことを知りたいんだから、ここは国民の権利を――!!」


 アドレナリンで鼓膜が破けたことを忘れているかのように身を乗り出すペイシェだったが、そんな彼女に冷や水が浴びせられる。


『ペイシェキャスター。貴方がこれ以上この空域に留まると、せっかく撮影した貴重な映像を全て失う可能性があることをお忘れなきよう。それと、耳の治療は急いだ方が、後の仕事への支障が少なくて済むと思われる』

「ふぐっ、全部バレてるぅ……ッ!?」

「センパイ、今引き返せば映像のことを見逃すとも取れます。ヘクラーネ島の医者にお世話になりましょう!」

「ぬぐ、ぐぐぐぐっ……はぁ」


 ペイシェががっくりと項垂れ、ヘリの座席に戻った。

 その懊悩の末のため息を合意と受け取ったパラベラムは、自らも少しだけ名残惜しい感情を抱きつつもその場を離れた。


『――かくして、邪魔者はいなくなった訳だ。これがとんだ茶番とも気付かずに』


 蒼いユニットは、実際には光学迷彩で蒼く見せているだけに過ぎない。


 実際の装甲の色は、黒。

 ユニットの名前は、サーペント駆る【アーク・ウィザード】。

 彼らが信じた「国民の危機に駆けつけた正義のユニット」の正体は、乗っ取られた艦をわざと泳がせて最高の演出で登場することでストーリーの辻褄を合わせるペテンの魔術師に過ぎなかった。


 パルジャノのものと思われるが所属不明の敵艦を、憧れのユニットがやっつける。

 ユニットがジルベスにある限り、この国は無敵で安泰だ。

 民衆は、そんな()()()()()()()()()をいつだって求めている。

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