二章・悪魔エレナ
──ペテル大森林、北側。
私たちは森の中にある小屋に来ていた。
そしてこの小屋の中に──
「し…死体…」
──死体があった。
四肢は引き千切られていて、頭と胴体も離れていた。内蔵も飛び出していて…なんというか…グロかった…。こんなもの見ることになるなんて…うぅ…。
「酷いな…」
「気持ち悪いのだ…」
「こんなのって…酷すぎるわ…」
「…まさか…これエレナが…?」
私は少し近付いて、匂いを嗅いでみた。
酷い刺激臭。血の匂いが強く、気分が悪くなる。
が、その中に微かに、別人の匂いを感じた。
「…エレナちゃんの匂いだ」
「嘘…」
エレナちゃんの匂いが、ほんの少しだけ感じられた。
その時だった。
「──あんたたち何してるの?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「ッ…! エレナ…!?」
「まさか!?」
そこに立つのは、赤髪の女性──確かに、エレナちゃんだった。
だが、私たちが知る子供姿ではなく、立派な大人の姿だった。
「エレナ…なんでここに…」
「…なんで私の名前知ってるの?」
「え…」
まさか…記憶喪失…?それともとぼけてるのか…しかし嘘をついているような音では無いので、ほんとに記憶が無いのか…。
「…あんたたち、どうやってここがわかったのかしら…まぁいいわ。何か用かしら?」
「ちょっと待ちなさいよ! この人を殺したのは…あんたなの…?」
「そうだけど? 何か悪いかしら」
「わ、わるっ…え、本気で言ってんの…!?」
「私はふざけてないけど?」
「えっ…」
本当に、私たちのことも分からないようだし、人殺しも悪く思っていないようだった…。
モヤモヤする…。
「本当に…本当に私たちのこと分からないの…!? 私だよ…! くるみだよ!」
「くるみ…? どっかで聞いたことあるわね」
やっぱり知っている…?んあああもう分からない!!
と思った時に、エレナちゃんは微笑んだ。
「あぁ…思い出したわ。偽物の仲間ね」
「偽物?」
「えぇ。ずっと私の振りをしてきた偽物のエレナ…」
「どういうことか説明なさいよ!」
ユラが怒り気味にそう叫んだ。
エレナちゃんは近くにあった椅子に座って、語り始めた。
今まであんたたちが一緒にいたエレナ。あれは私の偽物よ。私のなり損ない…彼女はあんたたちと一緒に過ごしてたわね。けどあいつは人に虐められてたはず…あいつはどこかであんたたちのことも疑ってたはずよ。まぁそれはいいとして…私が本物。本当のエレナよ。私はね、あいつと違うの。あいつは…正義を語って魔物を倒してたわね…けど正義なんて存在しないわ。だって人間にとっては正義の味方でも、魔物にとってはまるで悪魔じゃない。何もしてないのに殺してくるなんて。あんた達もそんなことしてるんでしょ? 殺された魔物が可哀想。あぁ、そうそう、私の正体が知りたいのよね。私は悪魔よ。この体の中で生まれた悪魔。この体が魔物の体なのは知ってるでしょ?だから本当の体の持ち主は私なのよ。
魔物としてのエレナ、本物は私なのよ。
「…悪魔…」
「偽物だなんて…」
一通り話を聞いた私たちは愕然とした。
今まで一緒にいた子が偽物…?しかも本当の姿は悪魔…?
そんなの…信じたくないけど…信じるしか無かった。
心音が、嘘をついていなかった。
とにかく、冷静にならなきゃ…。
状況を整理すれば、エレナちゃんは今までとは別人の悪魔で、人を殺している。でもそれは悪いことと思ってない。…のかな?
「…なんで人を殺したのだ」
クロナちゃんが重たい声で言った。
怒ってるようだった。
「彼が死を望んだ。私は望みを叶えただけよ」
「そんな理由で許されるわけ──」
「何もしてない魔物を殺すあんたたちの方がたち悪いんじゃなくて?」
「のだっ…!?」
そう言われてしまえば…そうかもしれない…。
エレナちゃんは正義などないと言っていた。
私たちは正義を信じて、被害を防ぐためにと魔物退治をしていたけども…魔物にとっては何もしてないのに倒されるなんて邪悪そのもの。
考えたこと無かったけど確かにエレナちゃんの言う通りかもしれない…。
「そっ、それは…」
「何も言えないじゃない。どっちが悪なのかしらね」
エレナちゃんは呆れるように笑った。
「私、用事あるから失礼するわね」
「あっ、ちょっと待ちなさいよ──」
「…行っちゃった…」
「早いな…」
ユラが声を上げる間にエレナちゃんは姿を消した。
「ど、どうしよう…」
私は雰囲気が暗いのが怖すぎて思わず声を上げる。
いやまぁ仕方ないことだけど…なんか嫌だから…。
「とりあえず…ギルマスに報告しましょ。それから作戦を考えるのよ」
「ユラの言う通りだな。それがいいと思うぜ」
「クロナ、あね様を止めたいのだ…!」
「アタシも…! あんなエレナ嫌だよ…」
「そう…だね…」
みんなまた俯いてしまった。
しかし立ち止まっていたらまたエレナちゃんが人を殺すかもしれない。
「行こう、みんな。ギルドに」
「…そうだな」
エルガ君が頷いてくれた。
みんなも顔を上げて頷いた。
ユラが静かに歩き出し、私達もついて行く。
色々と不満などはあるものの、とりあえずギルドに向かったのだった。