六月の閨事情 01
二人が寝室で夫婦生活について喋ってるだけの話。
生理の話などが出てきますので苦手な方はご注意下さい。
「マティアス様、今日は、……キス、しないですか?」
二日ぶりに会うリリアが仕事中のマティアスの部屋に来て、閉めた扉の前で遠慮がちに爆弾を落とした。
リリアの成人の祝いをしてから三ヶ月。マティアスは無茶をして詰め込んでいた仕事量を少しずつ減らし、ひと月を超える頃には夜にリリアとティータイムが取れるようになった。
リリアの淹れてくれた紅茶を飲み、言葉を交わし、キスしておやすみを言う日々。初めは啄むようだったキスが徐々に深く長いものに変わっていた。
だからリリアの台詞はおかしくはない。しかしリリアが今までマティアスの仕事を中断させたことは一度もなかった。
「………急に、どうした?」
リリアの爆弾でペン先を潰したマティアスは、インクの散った書類を脇に退けて、扉の前で佇むリリアに歩み寄る。
「………お仕事中なのに、ごめんなさい……」
「いいよ。
何かあったか?」
いつもは自室以外ではきちんとドレスを着ているのに、今日は珍しく夜着であるうえなんだか元気がない。体調が悪いのだろうかとマティアスは少し心配になる。
ソファに座らせようと手をとると、リリアはマティアスの手を両手で握り、身体を寄せた。
「覚悟を決めてきたので―――寝室に、お連れください」
リリアの言葉にマティアスは天井を仰ぎ、深く皺を寄せた眉間を拳でとんとんと叩いた。
「マティアス様?」
「………飛んでいった理性を拾いに行ってるので、ちょっと待て」
マティアスはリリアに向き直って大きく息を吐く。
「誰かに何か言われたのか」
「いいえ」
「座ってくれ。話し合いが必要な気がする」
「あの、でも、覚悟が鈍らないうちに、さくっと」
「座れ」
ソファに小さく座るリリアに紅茶でも淹れてやりたかったが、メイドを呼ぶのも憚られたため水差しからグラスに水を注ぐ。
「急に、どうした」
「………マティアス様は、もう、わたくしの身体にはご興味ないですか」
「あるよ。ほんとにどうした?
そんな思い詰めた顔で誘われてもどうしたらいいか分からない」
暫く躊躇っていたリリアは、消えるような声で答えた。
「だって、もう、一週間もキスしてくださらない……」
短時間で連投された爆弾にマティアスは両手で顔を覆う。
「わたくしが、いつまでも覚悟を決めないから、呆れてしまわれたのかと思って」
「…………………リリア」
「はい」
「貴女はこの間から急に、触ると身体を強張らせるんだが、自覚はあるか」
リリアは秘密がばれた子どものように顔を赤くした。
「気が乗らないのに拒めないのかと思って……もう少し片がついたら休みが取れるので、ゆっくり話せるまで控えようかと」
リリアはへにょりと眉を下げてマティアスを見る。忙しく視線を彷徨わせてから、勢いよくマティアスに抱きついた。
「こんや、ぜんぶわすれるくらい、はげしくして!」
棒読みの台詞に、マティアスはリリアを引っぺがす。
「何がしたいんだ」
「そんな。最強呪文だって書いてあったのに」
「……リリア」
「やっぱり、む、胸が足りないから……?」
「リリア。ちょっと落ち着け。
何か腹に入れるものを貰ってくるから、少し待ってて」
使用人に持ってこさせようと思ったが、少しリリアを一人で落ち着かせたくて、自分で厨房で軽食とホットミルクをもらって戻ってくる。
巫山戯たような行動に呆れるが、彼女は大真面目なのかもしれず、ソファに座るリリアは可哀想なくらい萎れていて怒る気にもなれない。
甘くしてもらったホットミルクに口をつけてリリアは青い瞳を涙で滲ませた。
「奇行の理由は聞いてはだめか?」
「奇行」
「奇行だ」
「……だめじゃ、ないですけど、
………淑女が男性に言うことじゃないので」
「女性特有の困り事か? カロリーナに相談してはどうだ。身体の不調なら、男の医者が嫌なら女性を探す」
「…………」
「リリア。貴女は賢いから、時間が解決する問題なのかそうでないかの判断は出来るだろう。対処しなくて大丈夫な問題なのか? 俺に出来ることはあるか?」
マティアスの問いにリリアはカップを持つ手を強ばらせた。
「………あけすけで、淑女らしくない、って、呆れませんか?」
「呆れない。俺は貴女の淑女らしくない言動は可愛いと思う」
手元とマティアスを何度も交互に見てから、リリアは観念したようにぽつぽつと話し出した。
「………先月、初めてタンポンを使ってみたんです」
「タンポン?」
「膣に詰めて止血する生理用品です」
「……ああ」
なんかそういうものがあると聞いたことがある。イリッカがマティアスの為に手配した女性たちは、身体を売ることではなく、貴族の子弟に性教育をすることを生業にしている人たちで、マティアスもその辺の男よりは女性の体について学習している。どうせなら胸の小さな大人の女性もいるということも教えておいてほしかった。
「それで?」
「……………痛くて、入らなかった………」
そのまま俯いてしまったリリアにマティアスは首を傾げる。何故それで落ち込んでいるのかさっぱり分からない。
「……すまない、何がそんなに悲しいのかよく分からない」
「マティアス様、タンポン見たことありますか」
「ないな」
「マティアス様の指くらいの大きさです」
「人の指を生理用品に例えるのはやめてくれ」
それが使えないと何か不都合があるのか。確か激しい運動をする時には必要だと言っていた気がする。女性は物忌みの時は股間から流血するらしいのに、激しい運動なんかして大丈夫なのか。それはそれとしてリリアが運動をしているのを見たことがない。視察に連れて行った時も一時間軽い山を歩いただけで息を切らしていた。今は健康そうだが老後のためには若いうちからもう少し―――
考え込むマティアスを見てリリアが顔を青くする。
「………お分かりいただけたようですね」
リリアは膝の上の拳を強く握り、マティアスを見据えた。
「すまない、全然分からない」
「えっ」
「………教えて欲しい」
申し訳ない視線を向けると、リリアは戦慄きながら涙目で叫んだ。
「あ……っ、あれが、入らないなら、
―――マティアス様のなんて、入るわけないじゃないですか!」
 




