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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
最終章
93/109

09



 ………ひと夜の、お情け?



 マティアスの脳が固まる。


 今、何を言われた?



 動かなくなってしまったマティアスの反応を待って、リリアはじっと佇んでいる。


「…………どういう意味だ……」


「お許しいただけるなら、今夜、マティアス様の伽を務めたく存じます」


「いや、そうじゃなくて、

 待ってくれ、言ってる意味が」


 混乱するマティアスを見て、リリアは困ったように言い直す。


「マティアス様、セックスしましょう」

「おい!!」


「だって、意味が分からないと仰るから……」

「言葉の意味は分かる! そうじゃなくて、

 いや、ちょっと待ってくれ、

 ちょ………少し時間をくれ」


 そう言うとリリアは大人しく距離をとり、寝台に腰掛けた。


 なんでそこに座る。

 誘っているのか。


 なんだ。

 なんでだ。


 したいというのだから、してしまえば良いじゃないか、と唆すもうひとりの自分を殴り倒して、マティアスは必死に頭を回す。


 ろくな答えが出てこない。


「…………誰かに俺と寝ろとでも言われたのか?」


「……………」


 聞き方を間違えた。


 暗くてよく見えないが、きっとあの青い瞳は二年ぶりに虫を見ている。


「……すみません、もう結構です。

 マティアス様は、結婚相手か、惚れ合った人同士でないと、そういうことはならさないんでしたね」


「いや、だって、貴女が俺に抱かれたい理由が………

 その、何か今後俺の便宜が必要なのか?

 それならそんなことしなくても―――」


「……そうですね、わたくしは、便宜がほしくて王族に股を開きに来た女ですものね」


 寝台からすっと立ち上がったリリアがマティアスの正面に立つ。

 リリアの形の良い白い掌がマティアスの頬で鳴った。


「―――そんなの、マティアス様が好きだからに決まってるじゃないですか………」


 青い瞳から涙が溢れる。


「嫌なら嫌と、おっしゃってくださればいいんです。

 別に、断られたって、明日からもちゃんと仕事もするし、困らせることをするつもりもないのに………」


 引っ叩かれた頬を押さえて呆然とするマティアスから数歩下がり、リリアは床に平伏した。シルバーブロンドの長い髪が床に落ちる。


「―――身の程も弁えず、王甥殿下に大変な狼藉を働いてしまいました。お怒りはごもっともでございますが、いかようにも罰を受けますので、今後も学園(アカデメイア)の運営に、何卒寛大なご配慮を」


 頭が冷えたマティアスは慌ててリリアを抱き起こした。


「怒ってない!

 怒ってないから、すまない、ちょっと仕切り直させてくれ」


 そのままリリアを抱き上げ寝台に座らせる。その前に跪いて、逃げられないよう両腕でリリアを閉じ込める。


 いったい何から確認すべきか。

 いや、とりあえず、


「混乱していたとはいえ、失言だった、すまない」

「殿下がわたくしごときに謝られることなどございません」

「本当にすまない、会話を閉じないでくれ。

 その、貴女が俺に惚れる要素がないし」


 二年ぶりの『殿下』呼びに、マティアスは慌てふためく。


「………貴女には、想う男が」


「……それ、時々聞かれるんですが、マティアス様以外にいませんよ」


 両脇を塞がれて逃げることを諦めたリリアは大人しく腕の間で座っている。


「そう答えているのは知っている、だが……

 アルムベルクにいるんじゃないのか、その、ルキウスという男が」


「ルキウス様?」


 リリアは目を丸くする。


「なぜここでその名前が」

「その男のロケットを、貴女はずっと肌身離さず持っているだろう。

 だから俺は、ずっと忘れられないのだと思って、貴女を少しでも早くアルムベルクに」


「……マティアス様、ルキウス・グラディウスをご存知ない?」


「? 俺の知っている人間か?

 アルムベルクの視察で会っているのか?」


 あんぐりと口を開けるリリア。


「………アルムベルクの……統治官ともあろうお方が……」


 そんなに重要人物なのか。

 主要な人物の顔と名前くらいは一致させていた筈、いや、他のどの名前を聞き逃しても、その名前があれば記憶にある筈―――




「―――ルキウス様は、学園(アカデメイア)の研究者にして創設者、学問の神ですぅ!!」




 大声にマティアスは耳を塞ぐ。

 うっかりリリアの檻を解いてしまったが、当のリリアはそれどころではなさそうだった。


 ………こんな、大きな声が出せるんだったんだな。


学園(アカデメイア)の、創設者……

 ―――創設者?

 いつの時代の人物だ!?」


「ご存命なら、御年九百七十二歳と三ヶ月です!」


 細かい。


「ただこれには諸説あり、記録に残る生年月日が旧ゲオルク暦を使っていた場合、九百七十二歳と九ヶ月であり、」


「分かった、それ以上はいい」


「………マティアス様」

「なんだ」

「ばかじゃないの………」


 ぐうの音も出ない。


「………もう少し優しくしてくれ。

 俺は、想う男のいる貴女にあんな乱暴を働いたのだと思って……いや、想う男がいようがいまいが許されることではないのだが」

「そうですか。

 そんな勘違いを……わたくしも、マティアス様に知られないようこの気持ちを隠していたので、じゃあ、しょうがないですね」

「赦して、くれるか」

「赦します」


 ほっと息をつく。

 あんな風に泣かせ、怒らせたまま別れるようなことにならなくてよかった。あんな……


「……待て。

 俺のことが、好き……?」

「はい」

「気持ちを、隠してた……」

「はい」

「どうして……もっと早く言ってくれれば」

「言えば、マティアス様は離縁しづらくなると思って」

「じゃあなぜ今更」

「もう署名したので、いいかなと」


「―――する必要なかったのでは!?」


「そうなんですか?」


 そうなんですか、って。


「初めから、マティアス様は絶対に離縁すると仰ってましたし、わたくしはもう慰謝料も受け取ってます。まだ二年なのに、離縁を早めようとなさってたので、他に結婚したい方ができたのかしら、と思ってました」



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