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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
最終章
85/109

01



 イドゥ・ハラルとの騒動の後、無事に帰ってきたマティアスとリリアに王宮が沸いたのも束の間、半月ほどでヴィリテは日常を取り戻し、マティアスたちも徐々に通常業務に戻っていった。

 イドゥ・ハラルの不作の情報に、王弟家とビュッセル伯爵家で穀物を送った。支援を受けることを渋る大使には、亡きシン王子の輔弼者としての責務と押し切った。

 女王から個人的な謝意を受け取り、その後は以前と同じように彼の国との交流は殆どなくなった。



 そんな通常通りの日々の、王都フレアの東の山を横断する林道。

 次の治水計画の下調べを視察するため、マティアスたちは作業着に身を包んで役人の後に続く。


 この辺りは苔生した岩が美しく、柔らかい緑に囲まれた山道は歩きやすい傾斜だ。今回の視察には体調が回復してきたリリアも王弟家の一員として同行していた。

 苔生した岩が朝露を弾いて淡い黄緑に輝き、終わりかけの紅葉と美しいコントラストを作る。水の流れる音に調和するように鳥の囀りが聞こえていた。


 そんな穏やかな時間の中、休憩時間に浅い川に足を浸して遊んでいたリリアを鉄砲水が襲った。


 近くにいたアーネストが慌てて庇ったが、濁流に足を掬われて転んだ二人は引き摺られるように川下へ流された。



 流されている間リリアを庇っていたアーネストは山ほどの打ち身を作り、脹脛が広く擦り切れた。

 ほぼ無傷だったリリアを支えに歩き、事前資料の山林図を頭に入れていたお陰で辿り着いた山小屋で傷口を洗う。


「ごめんねー、重かったでしょ」


 きちんと事前資料に目を通し、視察にドレスではなく作業服を着込み、大きな傷に怯まず介抱してくれるリリアに、アーネストは改めて主人の妻の評価を上げた。


「大丈夫、あれくらいの距離だったら、大人しくしてれば今日明日で見つけてくれるよ」

「はい。

 アーネストは、傷はどうですか?」

「痛いけど、あとは救助を待つだけだから大丈夫」

「川の水を汲んできますね。

 飲みたくなる前に沸かしておかないと」

「わぁ、物知りで、頼りになるぅ」

「頼りになるのはアーネストです。

 助けてくれて、ありがとうございます」


 ずぶ濡れになった服を暖炉で乾かし、山小屋の作業着を借りて棚を漁る。幾許かの残された穀物を見つけ、味気のない粥を作って空腹を凌いだ。


 暫く経つと擦り傷のせいか打ち身のせいか、アーネストの身体は熱を持ち始めた。


「ごめん、リリアちゃん……熱、上がってきちゃったから、俺、ちょっと寝る……」


 山小屋の麻袋を布団代わりに丸くなるアーネストの額を、リリアはそっと拭う。

 傾き始めた陽の光が山小屋の窓から差し込んでいた。

 



 その、夜半。


「アーネスト、アーネスト」


 何度も名前を呼ばれて、アーネストは泥のような意識で瞼を開ける。

 見慣れた従弟の妻が、アーネストの胸元をぺちぺちと叩いている。


「……リリアちゃん………」


 言葉を発する振動にすら身体中の関節が悲鳴をあげる。

 指の一本も動かず、息を吸うと背骨が軋んだ。


「起こしてごめんなさい。ちょっと汗が酷いので、水を飲んで欲しいの」


 そう言って器を口元に運んでくれたが、水は欲しいのに身体が抵抗して口を開くことができない。


「いら、ない……」

「飲めない?」


 言葉を発するのが億劫で首を振ると、割れるように頭が痛んだ。


 呻き声に、リリアが困った顔で器を置いた。


「解熱効果のある草を採ってきたの。

 磨り潰した汁を飲むんだけど、道具がないから、奥歯でぎしぎしできる?」


 口に何も入れたくはなかったが、この熱が下がるなら頑張るしかないと口を開けると、慣れない草の味が広がる。もそもそした中に葉の裏の小さな棘が心底気持ち悪い。すり潰そうと三度試みたが、やはり顎に力が入らず、舌の上の草の感触に吐き気がする。たまらず、草を吐き出した。


「……ごめ、…むり……」

「でも、熱を下げて水を飲まないと」


「……………むり……」

「そう……」


 リリアはアーネストの額の汗を軽く拭き取ってから、吐き出された草を拾い上げて自分の口に放り込んだ。

 それを不思議に眺めていたアーネストは、ある可能性に思い当たって身を起こそうとし、失敗する。


「……リリア、ちゃん、何してるの……?」


 ぎしぎしと草を磨り潰しているリリアは視線を向けるだけで、質問に回答はない。


「リリアちゃん、……待って、なに、考えて、る?」

「アーネストが、わたくしに抵抗できるくらい元気だったら良いなって考えてます」


 もごもごと物騒な返事が来る。

 嫌な予感しかせず、逃げようと試みるが体が動かない。

 身動ぎするアーネストの顔をリリアの両手が固定する。


「ちょ、え、まっ………」


 リリアの顔が近づいて、シルバーブロンドの髪がカーテンのように降りた。

 口内にどろりとした草の味が流し込まれ、強烈な嘔吐感に胃が抵抗したが、口を塞がれて吐き出すこともできず、涙目で飲み下す。それを確認してからリリアはやっと唇を離した。

 抵抗を試みたせいで身体中の痛みに耐えているアーネストに、主人の嫁はけろりと容赦のない台詞を放つ。


「ついでに、お水も飲みましょうね」


 それから、一時間毎に鼻を摘まれて無理矢理水を流し込まれ、三度目でアーネストは漸く自力で水を飲んだ。


「………………マティアスに、殺される……」

「? そんな訳ないじゃないですか」


 ぐったりと呟くアーネストに、リリアは子どものように首を傾いだ。




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