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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第六章 王甥殿下の責務
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 王弟レイナードと宰相に事の顛末をかいつまんで説明し、イドゥ・ハラルとの合意書を渡すと、二人はマティアスにもう休むようにと屋敷を後にした。

 別れ際にレイナードは、イリッカに早めに顔を見せてくれと言ってマティアスを強く抱きしめた。子どもの頃にもそんな記憶はなく、マティアスは今更ながらに父母の心痛を知った。


 屋敷の前で倒れたリリアはそのまま熱を出した。脈も呼吸も落ち着いてきており、おそらく強いストレスの中にいたところ、気が抜けて倒れたのではないかとのことだった。


 それだけ聞いて屋敷を出ていこうとするアーネストをマティアスは引き止める。


「どこへ行くんだ」

「帰るんだよ」

「帰る? どこへ」

「どこって、うちに。―――ああ、お前、いなかったもんな。侍従辞めたから、もうこの屋敷の部屋は引き払って今は家に戻ってる」


 辞めた。そう言えば、出発前にそんな事を言っていた。そうでなくてもマティアスは帰って来れない見込みだった。

 カロリーナやワグナーや、その他の使用人たちと違い、アーネストには伯爵家がある。もうこの屋敷に居なくてもおかしくはなかった。


「今日はわざわざ来てくれてたのか」

「リリアちゃんにおかえりって言う約束してたからな」

「………俺には」

「お前とはそんな約束してねぇな」


 けんもほろろなアーネストにマティアスは眉を下げる。


「その、いつ戻って………戻ってくる、か?」

「それ、俺に何かメリットあんの?」

「………俺は、何かお前を怒らせることをしたのか」


 出発前も相当機嫌が悪かった。

 どうしたら良いか分からず、それを放置して旅立ってしまった事を、マティアスはずっと後悔していた。


「こんなところで立ち話もなぁ」

「俺の部屋で話そう。

 マコーレのワインがあるぞ」

「それはもう飲んだ」

「…………割と、メリットを享受してないか?」


「結婚式の準備で忙しいし」

「結婚するのか」

「急に決まってな」

「相手は誰だ? 俺の知ってる人か?」

「リリアちゃん」


 開いた口が塞がらないマティアスにアーネストはしれっと続ける。


「未亡人になっちゃうから、俺が貰うことになりまして」

「………ならなかったんだから、その話は、なしだ……」


 なんとも言えない表情のマティアスにアーネストは吹き出す。ひとしきり笑って、憮然とするマティアスに向き直る。


「いいよ、お前が疲れてないなら今日は泊まってくよ」

「全然問題ない」

「体力オバケが健在で何よりだ」


 そう言ってマティアスの肩を叩く。

 その態度にもう不機嫌さは見られず、マティアスはほっと息を吐いた。



 マティアスの部屋は出て行った日のまま掃除だけがされていた。

 棚からアーネストの好きな銘柄を選んでグラスとともにソファテーブルに並べる。


「お前の最期に添うと付いてったリリアちゃんを未亡人になったからと言って追い出せないし、かといって子どももいないのに実家に返さないのもちょっと変だろ。で、エアハルト様にって話が出てて。

 レイナード様にお前の希望を教えて、俺がアルムベルクの統治官職と一緒に貰うことにしたんだよ」


 現状で問題が起きていない為、アルムベルクの統治官職は未だに名目だけのものであり、多少の余裕さえある王弟家の親類であればとりあえずは問題はなかった。王都から遠いこともあり、正式に就くならまだしも数年だけの役職を希望する者がいないということも、アーネストがあっさり貰い受けられた理由のひとつだった。


「そんなの俺の希望じゃないぞ。

 お前よりエアハルトの方が歳も釣り合ってるし、第一お前は絶対外に山ほど恋人を作るだろう」

「お前、馬鹿か」

「なにが」

「あの子を、白い結婚のまま、二、三年後にはアルムベルクに返す。それがお前の希望だろ」


 マティアスは言葉を詰まらせる。


「なんだ、それはやめたのか? 聞いてない。

 まあ、食べる気になったなら食べちゃえばいいんじゃない?」

「………やめてない」

「あっそう。

 俺は、リリアちゃん、良いと思うけどな。

 あんなのなかなか見つからないぞ」


 そんな事は分かっている。


「―――俺のために、たくさん無茶をさせた。リリアが帰りたいと言うなら帰してやりたい」

「……あっそう」


 エアハルトは良い子だ。きっとリリアを大切にしてくれる。だが、リリアにはいつかアルムベルクに帰すと約束している。


「リリアのことを気にかけてくれてありがとう。俺は自分のことで頭がいっぱいだった……」


 アーネストが苦笑するのを見て、マティアスは続ける。


「………もう、戻ってこないのか」

「どうしよっかなぁ」

「事情があるなら仕方ないが、

 ………特に、お前にメリットも、ないかもしれないが」

「お前だってそろそろお守りは要らないだろ。

 もっと従順で扱いやすい侍従をとれよ」

「……俺に、何か至らぬところがあったなら、直す」

「なんでこんな風に育っちゃったかねぇ……」


 畏まるマティアスにアーネストは呆れた顔でグラスを煽った。


「戻って欲しいか?」

「戻って欲しい。お前でないと、嫌だ」

「別居中の夫かよ」


 くはっと笑ってアーネストはマティアスの額を小突いた。


「お前が俺の要求を呑むなら考えても良い」

「………俸給は、他の者と大きく変えることは出来ない」

「ばーか、誰にもの言ってんだ。金なんか欲しくない」

「じゃあ何が欲しいんだ」


「リリアちゃんの熱が下がったら、彼女の可愛いと思うとこを二十個伝えてこい」


 マティアスは凍りつく。


「………………なに……?」

「リリアちゃんがそれを俺に暗誦してみせたら戻ってやる」

「―――ちょっと待て、なんなんだそれは」

「嫌ならいい」

「いや、おかしいだろう、無茶苦茶だ」

「二十個も可愛いと思うとこなんかないか」

「あるよ!」


 拳を震わせて睨むマティアスをアーネストは真摯な眼差しで見返す。


「マティアス、俺の欲しいものが何なのか、分かるか」


「……………………………娯楽か」


 アーネストは爽やかに笑む。

 暇を持て余した神とはきっとこういう顔だと、マティアスはテーブルに崩れた。



 二日後リリアの熱が下がり、課題をこなしたマティアスが居た堪れない顔をしているのとは対照的に、リリアは平然と暗誦してみせた。

 あまりのリアクションの薄さに、その後暫くマティアスを優しく労わるアーネストの姿が目撃され、屋敷の中ではマティアスが余命幾許もないのではないかと縁起でもない噂が飛び交ったのだった。





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