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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第六章 王甥殿下の責務
79/109

09



 元来た石段を歩いて四阿に戻る。

 次にこの階段を踏む時が最期なのだと思うと足が竦んでしまいそうで、マティアスは思考を逸らす。


 リリアには世話をかけた。

 アルムベルクに、帰してあげたかった。


 家族と別れを惜しむ時間があって良かった。

 もっと、感謝を伝える方法があったのではないか。


 ―――アーネストと、喧嘩のような最後だったのが、辛い。


 後悔ばかりだな、とマティアスは苦笑する。



 途端、先に進んでいた女王が沈み、甲高い悲鳴がした。



 慌てて駆け寄るとアイディティア女王は蹲り、護衛の二人が叫んでいる。

 言葉は分からないが女王は踝を抑えて痛みを訴え、護衛の二人が女王に呼び掛けている。


 その足元で、見たことのない海老のような生き物が真っ二つになっていた。


「何があった、大丈夫か!?」


 マティアスが女王に近寄ると、護衛の一人が阻む。呼吸がおかしくなってきた女王に、もう一人の護衛が泣き叫ぶように呼びかけている。


「医者のところに運んだ方が良いんじゃないのか」

「=====!」


 護衛はマティアスの共通語が分からないようで、マティアスが女王に近づく事を必死で止めている。女王は浅く繰り返していた呼吸を止めて胃の中のものを吐き出し、痙攣し始めた。


 マティアスは舌を打ち、神殿の扉に手を掛ける。内鍵の開け方が分からず、木製の扉を二枚とも蹴破る。

 マティアスが出てくるのを待っていたリリアと儀長が驚いた顔で立っていた。


「リリア! 女王が倒れて痙攣している、医者を呼ぶように言ってくれ!」


 儀長の一人はマティアスのヴィリテ語が分かったようで、慌てて駆け去った。残された儀長にリリアが説明し、三人で女王の元へ駆け戻る。


 ―――女王は目を剥いて吐瀉物の中で小さく痙攣し、護衛二人はそんな女王の手を握って泣きながら何かを唱えていた。

 護衛の足元の死骸を見て、リリアが険しい顔で呟く。


「北方蠍……」


「泣いてる場合じゃないだろう、彼女たちは何をしている、まじないか何かか!?」

「………女王陛下を、送っているのです」

「なに?」


 見ると、儀長も戦慄いて涙を流している。


「………助からない、のか?」

「………………」


 リリアは険しい顔のまま、女王を凝視している。いや、何かを考えている?


「………………マティアス様」

「なんだ」


 リリアがヴィリテ語で低く言う。


「タイミングが悪すぎます。

 これではヴィリテは王族二人の死を招いたと言われかねない。

 勝率の低い賭けをします。

 うまくいけば女王陛下は助かって、温情があるでしょう。

 失敗したら、」


 リリアはマティアスを見据える。


「失敗したら、わたくしと、犬死にしてください」

「―――分かった」


 マティアスの返事を受けて、リリアは防寒着を脱ぐ。


「護衛の二人が邪魔です。押さえておいてください」

「分かった」


 マティアスが抵抗する護衛を引き剥がす。リリアは女王に駆け寄り、口の中の吐瀉物を掻き出す。そのまま馬乗りになって女王の上着を剥ぐ。マティアスに押さえられたまま、護衛が暴れた。


 何度か胸骨圧迫と人口呼吸を繰り返し、女王は呼吸を取り戻したが、病気の獣のような浅く早い呼吸は今にもまた止まってしまいそうだ。

 リリアは服の下から薬瓶を引っ張り出して煽り、口移しで女王に飲ませた。


 護衛はリリアに向かって何か叫んでいたが、駆けつけた老医は救命行為だと理解したようで、儀長と護衛を押し留めてくれた。


 全員が固唾を飲んで見守る中、女王の痙攣がゆっくりと収まっていく。

 止まりそうだった呼吸が少し深くなる。

 胸骨圧迫で汗だくになったリリアをハラル人たちが唖然と見ていた。


 大人しくなった護衛から手を離し、マティアスは肩で息をしているリリアに駆け寄る。胸骨圧迫を終えてから暫く経つのに、リリアの呼吸は落ち着くどころか、より荒くなっている。


「リリア?」


 手を延べると、リリアはマティアスの腕を掴んで立ち上がる。

 ―――眼の焦点が合っていない。


「リリア、大丈夫か」


 マティアスの問いには答えず、目を凝らすようにしたリリアは、医者の腕を掴んだ。力の込められた指は不自然に痙攣している。中身の残った薬瓶を押し付け、焦点の合わない眼で医者を見据えて、荒い呼吸の合間に何かを喋る。

 医者が驚いた顔をした後、承知したように頷くと、リリアは呻きながら地面に崩れた。




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