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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第六章 王甥殿下の責務
73/109

03



「もう一回言おうか。

 ―――やな、こった」


 リリアの部屋で、靴を脱いで寝台に転がりながらアーネストは吐き捨てた。


「………アーネスト。人の妻の、寝台に上がるな」


 マティアスとリリアの座る茶卓に寄り付きもしないアーネストに、マティアスは溜め息を吐く。


「ばーか、なんで俺がヴォルフ様の世話をしなきゃならないんだ、ばか」

「アーネスト、頼む。

 俺がいなくなったら、ヴォルフは暫く荒れると思う。クラウディアは、どこにでも付いていってやれる訳じゃない。

 お前だったら、隣でフォローできるだろう?」

「あんな可愛くない餓鬼の面倒なんか見れるかよ」

「アーネスト、流石に不敬だぞ」

「ご主人様、かの聡明で自立心の高い王太子様の侍従など、わたくしめの器では務まりません。何卒御容赦くださいますよう、平にお願い申し上げます」

「アーネスト……」


 王太子ヴォルフには、国民や他国の要人に見せている王族然とした顔と、城内で見せている冷徹で容赦のない独裁者の顔がある。――それとは別に、子どもっぽく繊細な一面を、マティアスとクラウディアの前でだけ出している。

 マティアスと始終一緒にいるアーネストは、それを知る数少ない人間のひとりだった。


「ほら、マティアス様。きっと怒りますよって言ったじゃないですか」

「そうだが……他に頼める相手もいないし」


 マティアスのイドゥ・ハラル行きが決定してから出発まで一日半しかなく、残された時間はあと半日しかない。

 業務の引継ぎは他の官吏に任せて、マティアスはリリアと出発の準備をしていた。


 結局、通訳にはリリアが選ばれた。

 数少ないイドゥパクタル語の話者のうち、他の誰も、片道切符の馬車に乗ってもいいと手を挙げる者がいなかった。


 出発後のこまごまとした事をアーネストに頼もうとしたら、事情を聞いたアーネストは、もう辞めた、と宣言してリリアの部屋に居座った。


「……王太子の侍従なら出世なのだし、アーネストがヴォルフを宥めてくれれば城の皆が助かるんだが」


 溜め息を吐くマティアスをアーネストが睨む。


「―――俺は、お前だから面倒見てたんだよ!

 身代わりにお前を差し出す奴らの事なんか知ったことか、ばーか!!」


 マティアスは、こんな子どものような怒り方をするアーネストを見たのは初めてで、どう対応すべきか分からなかった。


「マティアス様。無理強いは、アーネストが可哀想です」

「リリアちゃん、もっと言ってやって」

「それに、アーネストは、ヴォルフ様のフォローは出来なくはないと思いますけど……アーネスト、ヴォルフ様のこと、好きじゃないですよね?」

「当たり前だ」

「えっ、そうなのか?」

「多分、ヴォルフ様もアーネストのことそんなに好きじゃないです」

「えっ、そうなのか??」

「マティアス様、鈍い……」

「見りゃ分かるだろ……」


 二人にジト目で見られて、マティアスは複雑な顔をする。


「そうなのか……じゃあ、しょうがないな……」


「話はそれだけか」


 リリアのフリルの枕を抱きしめてアーネストはじろりとマティアスを見た。


「えー、ええと、そうだな、

 今までありがとう」

「あとは」

「元気で」

「終わりか」

「……うん」

「じゃあ、帰るわ」


 靴を履き、すたすたと扉へ向かう足をマティアスの横で止めて、アーネストは足を茶卓の縁に乗せ、勢いよくひっくり返して出て行った。


 想定外のことにマティアスは呆然とする。


「………なんだ……めちゃくちゃ、機嫌が悪いな……?」

「マティアス様は来ないでくださいね」


 リリアがアーネストの後を追った。



 渡り廊下の下の中庭で、アーネストはベンチに座っていた。


「アーネスト」


 リリアが声をかけると、アーネストはいつもの笑顔ではなく、剣呑な目線だけでリリアを見る。


「アーネスト、大丈夫ですか?」


「………リリアちゃんは、帰ってくるの?」

「合意がとれたら、合意書を持ち帰る人間がいるので帰ってくると思います」

「マティアスが、帰ってくる可能性はないの?」

「難しいです」

「そう………」


 リリアは、アーネストのこんな暗い声を聞いたことがなかった。


「………アーネスト」

「なに?」

「抱きしめても良いですか?」

「えー、そんなの、いつでも歓迎」


 へらりと笑って、アーネストはリリアを軽々と膝に乗せた。


「お、ぉお…?」

「なにその反応」

「いえ、ちょっと、この体勢は想定外というか」


 リリアは斜めになった体勢を直して、アーネストの膝に座り直す。


「では、失礼して」

「そんな業務口調で抱きしめられるの、俺、初めてだわ」


 リリアがアーネストの首に腕を回すと、アーネストも優しくリリアの身体を抱き締めた。


「………行ってきます」


 アーネストの腕に力が篭もる。


「帰ってきてね」

「アーネストの分も、頑張ってきますね」

「うん……マティアスを、頼む」

「はい」




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