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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第五章 幼な妻の誕生日
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10



 月が変わって初めのマティアスの公休日。

 マティアスはリリアとマーリンを連れて、シュヴァルツマン伯爵の私有地に来ていた。

 伯爵から荷物を預かってきたルーカスが小走りに駆け寄る。


「マティアス殿下、お待たせしました。

 今日だけってことで大丈夫です?」

「うん。無理を言ってすまない」

「伯爵は、顔を出すのはやっぱり嫌だそうですよ。すみませんね」

「いや、くれぐれもお礼を言っておいてくれ」


 初めはマティアスとリリアの二人で訪問する予定だったが、塞ぎ込むマーリンを気分転換に連れて行って欲しいとアーネストに請われた。

 リリアへのプレゼントネタと交換に王族からもぎ取った『なんでもいうことききますチケット』を、妹を気遣うために惜しげもなく使う。マティアスは、こういうところがアーネストがモテる秘訣なのだろうと思う。


 ルーカスがリリアとマーリンに自己紹介する。


「まさか殿下の秘蔵っ子がリリア様だったとは……会わせてもらえたら引き抜こうと思ってたのに」


 残念そうにそう言って、古い大きな鍵を鍵穴に差し込み、軋む扉を開く。

 格式高いレリーフの彫られた柱が経年のために所々削れている。

 広く暗い室内に四人の足音が響き、ルーカスが南側の固い窓を幾つか開く。外の光が差し込み、室内の様子が浮かび上がった。


 マティアスたちの目に映ったのは、天井まで届く本棚に埋め尽くされた本、本、本……


「本が沢山……マティアスお従兄様、ここは……?」


 蔵書量に圧倒されたマーリンがぽかんと口を開く。

 マティアスの代わりにルーカスが答える。


「ハテリエ王国時代の図書館ですよ」


「もしかして、シュヴァルツマン伯爵の!?」


 リリアの驚きにルーカスが頷く。


「そうです」

「リリア様、ご存知なんですか?」

「マーリン様、シュヴァルツマン伯爵家は五百年前存在したハテリエ王国の図書館を発掘し、私有化してしまった凄いおうちなんです。ハテリエ王国は国民への情報規制が厳しく書籍の流通を妨げていて、ここには市井から没収された本が積み上がっている、とされています。王国の存続期間も四十年と短く、その間に制作された書籍は少なく、歴史家の間でも資料が少ないことで専門家泣かせの王朝なんですよ。現存する資料の多くが」


「リリア、解説はその辺にして、見せてもらったらどうだ。今日しか開けてもらえないんだぞ」


 早口で捲し立てるリリアに、ルーカスはくすりと笑って三人に白手袋を配る。


「そうですね。僭越ながらマーリン様には僕が解説させて頂きますから、殿下とリリア様はご自由に回ってください」


 三人が手袋を嵌めたのを確認して、ルーカスは鞄から古い帳簿を取り出す。


「これは先々代の伯爵が目録にした大まかな一覧図と………

 ジャーン! 最近見つかった、ハテリエ王国時代の禁書目録でーす!」

「はわわー!」


 リリアが聞いたこともない間抜けな悲鳴をあげた。白手袋をした両手で戦慄く口元を押さえ、世間の女性たちが美貌の王太子ヴォルフを見上げる時と同じ顔をしている。


 ルーカスとリリアのノリについていけず見守るだけのマティアスだったが、隣を見るとマティアスより余程本好きのマーリンも置いて行かれている。

 マーリンが目録を見ながらルーカスに質問した。


「これ、ヴィリテ語ですか?」

「ハテリエ語ですね。

 ヴィリテ語と似ているので、文字を見れば多少意味はとれますが、発音は違うらしいです」


 ルーカスは帳簿と目録をリリアに渡す。


「本は、丁寧になら触って良いそうです。触ったものは元に戻してくださいね」


 リリアは渡されたものを抱きしめて、こくこくと頭を上下に振る。

 言葉もない様子のリリアが可愛くて、マティアスは連れて来れて良かったと満足した。



 日が暮れる頃、事務室だったであろう部屋で待っていたルーカスとマーリンが椅子に座ったまま、漸く書架から戻ってきた二人を呆れた顔で迎えた。


「昼食も摂らずに夕方まで籠るとは思いませんでした……」


 そう言われて初めて気づいたように、リリアが慌てた。


「も、申し訳ありません、もしかしてマーリン様とルーカスも昼食を」

「一応、軽食は持ってきてたので、二人で食べちゃいました」


 肩を竦めるルーカスはリリアから帳簿と目録を受け取って鞄に戻す。


「殿下は、ずっと何してたんです?」

「リリアが届かない本を取ったり抱き上げたり本持ちしたりしていた」

「えっ、わたくし、マティアス様にそんな事を!? 言われてみれば届かない場所の本がいつの間にか手元にあったような?」

「なんちゅう贅沢な王族の使い方……」


 慌てるリリアと、なんでもない顔をしているマティアスに、マーリンが面白そうに笑う。


 マーリンの機嫌が良さそうな事にマティアスもほっと息を吐く。

 ルーカスの人柄は信用しているが、こんなに長く二人きりにしてしまう予定ではなかった。


「すまないマーリン、初対面の人とずっと一緒で大丈夫だったか?」

「もう、マティアスお従兄様、私だってもう大人なんですから、大丈夫です!

 それにルーカス様、とても歴史に造詣が深くて、お話も面白くて、あっという間でした」


 マーリンの言葉に、ルーカスは困った顔で眉を下げる。


「マーリン様、僕は平民ですから、どうぞルーカスとお呼び捨てください」

「いいえ、私の先生たちだって平民ですけど、敬意は払ってます。

 ルーカス様は知識豊富で凄い方ですもの」


 朝の元気のない姿が嘘のように、マーリンは握り拳を作って力説する。


「―――あの、ルーカス様、その、もし良かったら、―――また、お話の続きを聞かせていただくことは、可能でしょうか」

「はは、マーリン様は本当に歴史がお好きなんですねぇ。

 僕の話なんかで良ければ、いくらでも」

「ほんとですか? 嬉しい!

 次、いつお会いできますか?」


 昔から天真爛漫なところが可愛い女の子だったが、上気した頬で瞳を潤ませる姿はマティアスの記憶よりもずっと愛らしく見える。

 可愛い従妹がルーカスにデートの約束を取り付けている様を、マティアスは複雑な顔で見守った。


 ―――どうしよう、将来有望なエリート官僚が、挽肉になってしまうかもしれない………。




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