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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第五章 幼な妻の誕生日
65/109

06



 最低限の挨拶を終えてアーネストと合流したマティアスは、ホールを抜け出してリリアを捜す。リリアには積極的に社交をする必要はないと言っているので、マティアスと二人での挨拶を終えると庭園や中庭に抜け出していることが多い。

 中庭に続くバルコニーに出ると、リリアが見知らぬ青年と立ち話をしていた。


 アーネストがマティアスの後ろから覗き込む。


「おっ、リリアちゃんナンパされてんじゃん」

「まさか。俺は王族だぞ。リリアに手を出すなんて馬鹿はいないだろう」


 近寄ると少しずつ二人の会話が聞こえてきた。


「だからさぁ、今度二人で舟遊びでもどう?」

「ご遠慮します」

「遠慮しなくたっていいって。

 君、どこの子?

 今日は未成年は来ちゃダメなのに、どうやって紛れ込んだの?」

「あの、わたくしもう戻りますので」

「そんな態度とっていいのかな? デビュー前で知らないのかもしれないけど、俺のお父様は公爵なんだぜ」


 壁にリリアを追い詰める青年の顔はよく見えないが、若い声だ。


「ねぇ君、いくつなの? そのドレス、相当良いとこの子だよね。けっこう可愛いし、成人したら俺の側室に入れてやってもいいぜ」

「失礼します」


 リリアは青年の横を抜けようとしたが、あっさり腕を掴まれて失敗する。

 逃げようとしたことに腹が立ったのか、青年はリリアの腰を乱暴に抱き寄せ、両手首を掴んで壁に押し付ける。


「礼儀がなってないな、聞いてなかったのか、俺のお父様は―――」


「はいそこまでー」


 青年の肩をアーネストが引く。

 振り返った青年は成人になったばかりくらいの若者だった。


 アーネストが青年の腕をリリアから剥がす。リリアはアーネストの後ろに逃げ込んだ。


「君ね、振られたんだから大人しく引き下がりなさいよ」


 青年が苛立った顔でアーネストに突っかかる。


「なんだお前! この俺を馬鹿にするのか!

 お前、爵位は何だ!」

「俺? 俺のうちは伯爵位かな」

「伯爵位風情が、生意気な!

 俺に意見できるのは公爵位の方々だけだ。それ以外の奴らが意見出来ると思うな!」

「わー、思い切った御意見」


 アーネストにしがみつくリリアを見て青年は嘲笑うようにアーネストを罵る。


「―――なんだ、お前ら、デキてんのか。

 お前幾つだ。こんな子どもが相手だなんて変態だな」


「あのねぇ、俺は一応、物事は穏便にすませる派なんだよ。

 今日のところは見なかった事にしてあげるから、お偉いパパのところに帰んなさい」


「何を……」

「マルクス! 何をやってるんだ!」


 騒ぎを聞きつけてバルコニーに何人かが集まっていた。青い顔をして階段を駆け降りてくる中年の男性に、青年は鼻息を荒くする。


「お父様! 聞いてください、この変態が伯爵位風情のくせして―――」

「馬鹿者!

 ビュッセル様、申し訳ありません、世間知らずの愚息が大変失礼を」


 青年の頭を押さえつけてぺこぺこと謝る男性にアーネストは笑う。


「テールマン公爵の御子息でしたか。

 俺は良いんですけどね、リリア様を大事にしてる俺の主人を変態呼ばわりした事は、本人に謝った方が良いんじゃないですか」

「変態呼ばわり……!?」


 公爵がバルコニーから降りてくるマティアスを青い顔で仰ぐ。不機嫌を絵に描いたような王甥の表情に公爵の身体が震える。


「で、殿下、あの、」


 恐怖に吃りながら語りかけてくる公爵に、マティアスは落ち着いた声で応じる。


「………成人した男の発言を親に謝ってもらう筋合いはない。彼はそういう人間だということだけ覚えておく。

 それから、男が女性に絡んでいても見て見ぬ振りをする警備は要らない」


 壁際で息を潜めていた警備の男がびくりと震えた。


 この男は明日はもう王宮にはいないだろう。


 王宮の警備は国軍から派遣されており、その殆どは平民出身だ。今回のように加害者が貴族、しかも公爵では、強く出ることが難しいのも無理からぬことであった。


 マティアスの言葉に、アーネストは眉を上げる。


「おー……? 珍しいな」


 マティアスはアーネストにしがみつくリリアの横に立ち、リリアの手をとる。


「怪我はないか?」

「ありません」

「遅くなってすまない。もう少し早く割り込めたのに、アーネストが俺は手を出すなと言うから……」

「いや、だってお前、彼の頭蓋骨かち割りそうな顔してんだもん」

「………そんな事、する訳ないだろう。

 挨拶も終わったし、今日はもう帰るぞ。アーネスト、お前はどうする?」

「お前らが帰るなら帰るよ」


 なんとか謝罪をと挙動不審になっている公爵に見向きもせず、三人は集まってくる人々を割ってバルコニーの階段を登る。マティアスとアーネストに両手を引かれて階段を登るリリアは御令嬢の仮面を被り直しており、気品のある姿は物語から抜け出た姫君のようだった。


「マティアス殿下、ご立腹だな」

「あまり怒ることのない方なのに」

「そりゃあ、イリッカ様のごり押しであんな若い方と結婚して、大人になるの待ってるのに変態呼ばわりだからなぁ」

「殿下に向かって変態はまずい」


 ひそひそと漏れる囁きを聞こえない振りをして、マティアスは王宮を後にした。




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