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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第五章 幼な妻の誕生日
60/109

01



 三寒四温の時期が過ぎ、王都フレアに淡い色の花々が綻ぶ季節が来た。

 王弟の長男マティアスの屋敷でも、庭師たちが昨年から丹精こめた木々が蕾をつけ、一斉に花開く暖かい日を待っている。


 季節の変わり目に、マティアスの妻リリアは重めの風邪に寝込んでおり、三ヶ月前に王都に来たアレクシスが見舞いに来ていた。

 マティアスは寝台から起き上がれないリリアの為にアレクシスをリリアの寝室に通し、ゆっくり話ができるよう席を外した。


 自室で本を読んでいると、扉がノックされる。入室の許可を出すと、使用人の後ろにリリアの部屋にいたはずのメイドが遠慮がちに控えている。


「どうした」

「―――あの、お客様が、その……」


 言いにくそうな様子にマティアスは眉を寄せる。


「アレクシスがどうかしたか」

「その、リリア様のお兄様のようなものだと伺っているので、お止めすべきか分からなくて……」


 メイドの困った顔に、マティアスは読んでいた本を置いた。


 リリアの寝室はマティアスの部屋から遠い。当初は通うつもりがなかったため、顔を合わせるのもお互い気まずいだろうと決めた配置だった。頻繁に通うようになってその遠さにも慣れたが、急いでいる時には長い距離がもどかしい。マティアスの部屋の近くに今は使われていない正室用の部屋があり、執事のワグナーはリリアの移動を勧めているが、いつか迎えるかもしれない正室に申し訳ない気がして、それは据え置かれたままになっていた。


 王太子ヴォルフは正妃であるクラウディア一人を愛しており、他の女性と子を作るつもりはないと言い張っている。彼の気性を考えるとおそらく今後もその意思を曲げることはない。

 今はヴォルフと対立しない為に子どもを作らないようにしているマティアスだが、今後もヴォルフに子が出来ないようなら、将来この国を背負う王子を自分が設けなければならない。


 出来るだけ多くの男児を産むことは王族に嫁ぐ女性の義務であり、それを憐れむようなことはしない。数年後にはリリアはここからいなくなり、マティアスは他の女性を迎える。大任を負ってやってくるその人に心を砕き、誰より優先し、大切にする。


 ―――ずっと当たり前だと思っていた事が、なぜか今は難しい事のように感じた。


 扉をノックしてリリアの寝室に入る。

 マティアスに困った視線を投げるメイドの向こう、寝台の手前のソファで、アレクシスが胡座の上に毛布ごとリリアを抱き込んでいる。


「―――何をしてるんだ」


 マティアスの声にアレクシスは左手の人差し指を口元に立てた。


「今寝たところだから静かにしてくれ」


 近寄ると、リリアはアレクシスの肩に頭を預けて子どものような寝息をたてている。目元が赤いのは熱のせいなのか、それとも泣いていたのか。


 声を落として、マティアスはもう一度問う。


「何をしてるんだ」

「何って、抱っこ」


 全く悪びれないアレクシスに、マティアスは毒気を抜かれる。


「………なんで」

「なんでって、リリアは殿下の嫁なんだから、寝台で添い寝したらマズいだろ?」

「それは、そうだな」

「だから」

「………抱っこも、割とまずいんだが」


 アーネストがリリアを抱っこしたり腰を抱いたりしていることも本来ならまずい筈なのだが、あまり誰も問題にしないのが謎である。


「マジで? えー……?

 じゃあ、殿下、代わってくれよ」


 アレクシスはリリアを抱えたまま軽々と立ち上がってマティアスにリリアを渡した。


「………軽い」


 意識のない人間は重いものなのに、毛布に簀巻きにされたリリアは意外なほど軽かった。


「なんだ、リリアを抱っこするの初めてか」

「………初めて、ではない」


 たしか、デビュタントの舞踏会でステップの度に足を踏まれて抱き上げたし、アルムベルクの水牢でも抱き上げた。

 嘘ではないのに、なんだかつまらない見栄を張ってしまった気がして、マティアスは眉を寄せる。

 ふと、半年前の水牢で、子どもとはいえ唐突に女性に服を脱げと命じた自分を思い出す。非常事態で必要な事ではあったが、もう少し言いようがあった気がする。


「何難しい顔してんだ。別にそれくらいで手を出したとか言わねぇよ。抱っことかキスとか、普通に家族でするだろ」

「しない」


 子どもの頃に母から頬にキスされた記憶はあるが、抱っこされた記憶はない。


「マジか。王族ってそういうもん?」

「俺の家ではそうだ」


 少し苦しそうに寝息をたてるリリアが身動ぎして、マティアスの首筋に額を擦り付ける。その熱さにマティアスはぎょっとする。


「熱い。動かして大丈夫だったのか」

「眠れないより、眠れた方が良いに決まってんだろ」

「眠れていなかったのか?」

「…………」


 アレクシスは複雑な面持ちでマティアスを見る。


「それが、王族ってもんならしょうがねぇけど………リリアは学園(アカデメイア)の皆で、たくさん可愛がって育てた。病気の時くらい、甘えさせてやってほしい」


 リリアを甘えさせる。

 想像できる範疇を超えた言葉に、マティアスは困惑する。眠れないということもマティアスは言われていないし、誰かに言ったならマティアスか侍医に報告があったと思う。


「………甘えさせると言われても、何をすれば良いか分からない」

「おねだりを聞いてやりゃ良いじゃねぇか」

「リリアは俺におねだりはしない」

「マジか」


 残念そうに眉を下げるアレクシスに、マティアスもばつの悪い顔をする。


「………このまま抱っこしてればいいのか」

「殿下は旦那なんだから、一緒に寝てやればいんじゃねぇの」

「流石にそれはしない」


 即答するマティアスに、アレクシスは溜め息を吐く。


「………体質かなんか知らんけど、リリアは割と夢見が悪い」

「そうなのか」

「小さい頃からしょっちゅう泣いて起きてくるし、体調崩すといつも怖い夢を見るって言ってた。

 元気な時は誰かの布団に潜り込むんだけど、風邪ひいてるときは添い寝して感染ると困るから、起きてる奴が交代で様子見たりしてたんだよ」


 アレクシスはマティアスの腕の中で眠るリリアをそっと撫でる。


「そうかぁ。

 学園(アカデメイア)のために、こんな広い部屋で、ずっと一人で頑張ってたんだな」


 ずっと一人。

 その言葉に他意はないと分かっていても、身内としてカウントされていない現実を突きつけられて、マティアスは顔を曇らせた。




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