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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第一章 幼な妻の輿入れ
6/109

06



 婚礼三日目ということで、夜に訪れた妻の部屋には当然のように例の香が焚かれ、彼女もあの夜着を着せられていた。


 頭にきたマティアスはバルコニーを開け放し、香炉を放り出し、換気をしてから勢いよく閉め直す。


「丸二日絶食してる女を抱くと思われてるのか俺は!」


 そしてそんな男から守ってくれる使用人はいなかったのか。

 暫くカロリーナを兼任ではなく、リリア専属にすべきか?


「貴女もちゃんと嫌なことは嫌だと拒否してくれ。母上の駒にされるばかりだぞ」


 天蓋の下、寝台に腰掛ける彼女は何の感想もなさそうな顔でマティアスを見た。


「殿下の伽を務めることは承知で結婚いたしました。嫌ではございません」


「……そうか」


 会話は噛み合っているのに意図が伝わった気がしない。


「……その、今日は話がしたくて来た。こっちで茶を淹れて……いや、俺が淹れよう、果物も持ってきた、食べてくれないか」


 寝台からテーブルに移動するだけでふらつくリリアを支えて椅子に座らせる。

 空腹でというより精神的な弱り方のように思えた。


「果物は食べられるか?」

「いいえ、結構でございます」

「……何か食べたいものはあるか?」

「いえ、結構でございます」


「―――命令すれば食べるか?」


「お見苦しく吐き戻すと思いますが、ご命令でしたら頂きます」


「吐くのか?食べたくないのではなく?」

「……吐くので、食べたくありません」


 食べないのではなく食べられないのか。

 仮にも妻をこんな状態に追い込んで放置していたのかと思うと深い溜息が漏れた。


 かけるべき言葉が見つからず、沈黙が続く。


 暖炉の火がぱちぱちと爆ぜる音だけが部屋に優しく響いた。


「―――正直、皇太子でもない自分の側室より、正室として迎えてくれる相手を斡旋する方が喜ぶのではないかと期待していた」


 リリアはマティアスの言葉には興味もないのか、質問以外には返答がない。


「貴女はまだ若いし……俺もこの際五年くらい結婚しておけば、結婚の紹介もなくなって気楽になると思って」


 せっかく淹れたのに何故かまったく美味しくない紅茶をリリアのカップにも注ぐ。


「……こういう話を、ちゃんと一昨日すれば良かったのかな。少なくとも、俺の何が貴女を傷つけてしまったのかくらい、理解できたのかもしれない」


 礼儀として申し訳程度に口を付けて、リリアはカップをソーサーに戻した。


「貴女は、クラウディアの名前は知らなかったのか?」

「いいえ、存じておりましたが……珍しくはないお名前でしたし、王太子妃様と認識できませんでした。大変な失礼を申し上げました」

「いや、謝らせたい訳ではない。

 ……ヴォルフ王太子とクラウディアには子どもがいないんだ」

「存じております」


「ヴォルフ王太子……貴女の前ではいいかな、身内の間ではヴォルフと呼んでるんだが、あいつはちょっと体が弱くて……口さがない奴らには、結婚してもう三年も経つのにまだ子宝に恵まれないなら、もう難しいのではないかと言われている。

 クラウディアが説得しても側妃をとる様子もない。


 陛下にはあとは姫しかいないし、万が一今後も子が産まれなかったら、俺の子が次の太子だ」


『王族の一端の側室』から『王太子の母』になる可能性を示唆してみたのだか、リリアは聞こえてもいないのか重そうな瞼を上げることもない。


「今のうちに俺を持ち上げようとする馬鹿がそれなりにいて―――まぁその筆頭がうちの母なんだが―――俺は、ヴォルフの治世を輔けると決めてるし、これ以上有利な条件は願い下げなんだ。


……貴女は、国母になりたいか?」


「国母……畏れ多いことでごさいます」


「全然興味はない?」


「―――お金がたくさん使えそうなのは羨ましいです」


 意外な回答が来た。


 教科書のような喋り方ではなく田舎の令嬢然とした言い回し。これが彼女の本音なのだろうか。


 ゴルドの約束は金か?


 しかし支援金は既にアルムベルクに渡っているし……いや、一昨日彼女は「俺の寵を」と言った。俺の子を産めば個人的に褒賞の話があったのかもしれない。


「……でも貴女は、国母を目指してお金が使える立場を手に入れようという風には見えないな」


 カロリーナによれば、宝石にもさほど興味はないはず。


「……まかり間違って……わたくしの子が王太子になるとして、早くて七歳の選抜の後でございましょう」


「まあ、そうだ」



「……八年後では、きっともう遅い……」



 重そうな瞼が殆ど閉じられてしまい、もう開かないのではと不安になる。


「いくら必要だ?

 多少なら俺の個人的な資産もないではない」


「年間二十五億リクル」


 紅茶を噴いてしまった。


「……二十五!?」

「億」


「何に使うんだ! 国家事業レベルじゃないか!」


 机に噴いた紅茶を布巾で拭うマティアスを見て、初めてリリアは面白そうにくすりと笑い、それが水を引いたようにくすくすと笑いだした。


 彼女の社交ではない笑顔を初めて見た。


 いつの間にか会話もできている。


「……もう結構です。元々、お話が曖昧だとは感じていたのに、見たいものしか見ずに信じこんでしまいました。

 レイナード王弟殿下は穏やかで公正な方と聞いています。領民をあたら苦しめるようなことはなさらないでしょう?……ですから、もう結構です」


「なにが」


「殿下は、ゴルド様の約束を、代わりに果たそうとしてくださっているのかと……考えてみれば約束ですらありませんでした。ゴルド様は、十分ありうる、良きに計らう、と仰っただけです」


「内容を俺には教えたくないか?」


「お耳を汚すほどのことでは」


「貴女が嫌でなければ教えてほしい」


 じっと目を見ると、リリアは暫く躊躇っていたが、一呼吸してから椅子に座り直した。



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