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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第四章 幼な妻との離婚危機
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 夕刻、アレクシスと別れ、マティアスは久しぶりの実家の門を潜る。

 王弟レイナードの本屋敷は王都フレアから少し離れた緑の美しい丘陵にあるが、レイナードが王宮に出仕する時期は王都内の別邸に住んでいる。


 玄関ホールで使用人に上着を渡していると、階段の上から末の弟のエアハルトが顔を出した。


「兄上」

「エアハルト。先日は全然話せなかったな。元気にしているか」

「はい。

 一昨日はルドルフ兄上が来てたんですよ。マティアス兄上が軍に顔を出してくださらないからなかなかお会いできないって、僕が文句言われちゃいました」


 そう言って笑む弟は兄弟の中では線が細い。柔らかな金色の巻き毛と整った目鼻立ちはイリッカによく似ており、穏やかな性格はレイナード譲りの、文句のつけようのない貴公子だ。

 マティアスは兄弟のいないヴォルフの兄弟分として将来新しく家を興すことが決まったため、レイナードの家督はエアハルトが継ぐことになっている。次男のルドルフは王族の堅苦しさを嫌い、成人と同時に家を飛び出してしまった。軍に入隊し七光と実力でそこそこの地位は見込めるが、奔放な性格がネックでこのままでは将来的にもそこそこ以上の出世は見込めず、イリッカはルドルフを駒にすることは諦めた様子だった。


「リリアはどうしてる?」

「リリアさん……」

「どうした」

「リリアさん、凄いですね。母上と一日中一緒にいますけど、ずっと同じ顔でニコニコしてる。怖い」

「……………」


 一人で魔王城に行ってしまった妻を多少は心配していたのだが、当の妻は五つも年上の義弟に怖がられている。エアハルトがこの様子なら、イリッカがリリアをエアハルトに嫁がせようとしているというのは考えすぎだったのだろうか。


 談話室に通されると、イリッカとリリア、それからイリッカの侍従のゴルドが談笑していた。


「母上。マティアス兄上がいらっしゃいましたよ」


 エアハルトの呼びかけにイリッカが立ち上がる。


「ごきげんよう、マティアスさん。

 いらっしゃると連絡を貰ったのでお待ちしていたのよ」


 勧められるままにソファに座る。

 紅茶が入るまでの繋ぎに出された白湯を飲み干して、空いたグラスをメイドに返す。


「母上、そろそろリリアを返してください。もう二週間ですよ」

「あら、そんなに経つかしら。

 リリアさんと過ごす時間が楽しくて気づかなかったわ」

「そうですな、リリア様も毎日をそれは楽しげにお過ごしでしたし」


 イリッカの後ろに控えるゴルドが茶々を入れた。


「リリア様、どうでしたかな?」

「はい、楽しかったです。資本と権力の威力を痛感しました」


 久しぶりに話す妻がにこやかに怖い事を言っている。イリッカが満足気に頷く。


「マティアスさん。我が家にいた方がリリアさんの優秀さを活かせると思いませんこと?」

「そうかもしれませんが、リリアは俺の妻ですから」

「まだ本当の妻ではないでしょう。

 マティアスさん、リリアさんの今後のことですけれど、貴方との結婚は解消して、エアハルトさんの側室に入れようと思うのよ」


 あっさりとされた宣告にマティアスは眉間を押さえる。聞かされていなかったようで、横でエアハルトがぽかんとイリッカを見つめている。そう言えばマティアスがリリアの輿入れを聞かされた時もこんな調子だった。


「待ってください母上、リリアをエアハルトの側室に入れるなんて話、俺は承諾していません」

「だから今話しているでしょう。

 マティアスさん、リリアさんの成長を待つという心根は素晴らしいですが、貴方の歳でまだ後継もいないなんて困りものですよ。ちゃんと後ろ盾のある成人の女性を新しくお迎えなさいな」

「そんなことは、リリアが嫁いできた時から分かっていたことでしょう」

「貴方が妻を一人しか娶る気がないなんて聞いていません。貴方の立場なら、本当はもっと有力な後ろ盾のある女性が相応しいと分かっているでしょう」


「―――いい加減にしてください!」


 マティアスの怒声に部屋が静まる。


「俺はずっと結婚する気はないと言っていた! それを強引に進めたのは母上でしょう!

 今更勝手な事を言わないでください、

 リリアを、何だと思ってるんだ!」


 珍しく声を荒げるマティアスに、イリッカは一瞬驚いた顔をしたが、平然と続ける。

 

「ですが、リリアさんはそれで良いと言っていますよ」


 想定外の言葉にマティアスは返答に窮する。

 イリッカが目を細めてマティアスを見る。


「リリアさんは、貴方が承諾するならエアハルトさんの側室に入る事に異論はないそうです」


 マティアスはリリアを見遣ったが、社交場の笑顔を崩さないリリアの顔からは何も読み取ることはできない。


 ザムール王室の歓待の日も、同じ顔しか見ていない。

 最後にリリアらしい顔を見たのはもう一月近く前だ。最後に見たリリアは萎れた顔で肩を竦めて小さくなっていた。その後何度も話があるという言付けを無視し、同じ屋敷で半月近く顔を合わせていない。


 イリッカの言葉に、そんなはずはないと言えるだけの根拠を、マティアスは持っていなかった。


 下唇を噛むマティアスを横目に見て、エアハルトが口を開く。


「でも母上、僕がリリアさんと結婚することになったら、僕も他に妻はとりませんよ」


 流石にこれは予想外だったのか、エアハルトの言葉にイリッカが目を丸くする。


「エアハルトさん、リリアさんは優秀な方ですけど、後ろ盾がある訳ではありません。貴方、有力な後ろ盾もなしに社交をしていくことの厳しさを分かっているのかしら」

「僕はまだ分かっていないと思います。でも、兄上が一人だけの妻として大切にしていたリリアさんを、僕が側室にすることはできません」


 エアハルトはマティアスに向かってにこりと笑む。


「その時は、兄上が僕の後ろ盾になってくれます、よね?」

「それは勿論、俺に出来ることならするが……

 ………ちょっと待ってください、母上、少しリリアと二人で話したい」




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