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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第四章 幼な妻との離婚危機
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 中央通りの食事処でマティアスとアレクシスは早めの昼食をとる。

 初めて見る高い建築物の間を、初めて見る人混みに揉まれて通り抜け、やっと座った食事処で初めて見る料理名のメニューを出されたアレクシスは、軽く目を回していた。


「なんなんだ、この人間の数……」

「すぐ慣れるよ」

「アルムベルクにも人が増えたと思ってたけど、比べものにならねぇな」

「そうなのか?」

「キルゲスの山で銀を採るってんで、俺と入れ替わりでめちゃくちゃ鉱夫が流れてきた。統治官の名前で事業が始まってるから、殿下じゃないのか?」

「今は俺は名前が貼ってあるだけだからな。

 正式に就任したいと言ってはみたが、総裁候補だと言われてるから、どうかな……」


 キルゲス族の処遇については概ねマティアスの意見が通り、三ヶ月前から銀山の計画が動き出している。


「採掘が始まったのは一月以上前だったと思うが、急に増えたのか?」

「なんか、西の方の銅山が頓挫したんだろ? 元々そこに住んでたやつ以外は殆ど移ってきたらしい。統治官が移動馬車から旅費まで支給してくれたって聞いたぞ。

 鉱夫は体一つでやってる奴が多いから、おまんま食い上げにならなくて良かったんじゃねぇの」

「………銀山は、鉱山病が怖いのではないのか?」

「そんなの、銅山だってひどいやつはひどい」


 新しく官僚から選ばれた領主代行は、移動馬車が続々と到着する一週間前には領民にもその旨を周知し、鉱夫たちの住まいが完成するまでの間、街で受け入れられるようそれなりの補助をしたらしい。


「そうか、優秀な人で良かった」

「先に情報あると全然違うからな。

 ニックのとこに先に連絡と金が入ってきたのも、街の女達がいい内職だったって喜んでた」

「ニック?」

学園(アカデメイア)で鉱山病予防のマスク作ってる奴だよ。鉱山の人工(にんく)が増えるからマスクを増やせって、そっちから連絡しただろ?」


 そう言えばリリアがその名前を言っていた気がする。


「……その彼のところに、先に情報が?」

「リリアから手紙が来てた。街に流れるより先だったぞ?」


 マティアスが知らない様子なのに、アレクシスは怪訝な顔をする。

 何か言いかけたところでウェイターが料理を運んできた。


「え、あの値段でこんだけ?」

「足りなければ追加する」

「こういうお上品なのが殿下の行きつけか」

「いや、俺は特に行きつけの店はないよ。多分これくらいがこの通りの普通だ」

「………俺、そのうち飢えて死ぬんじゃねぇ?」

「食事は男爵邸で貰える。小遣いも用心棒の収入の三倍くらいは貰えるんじゃないかな。

 余程変な使い方をしなければ困ることはない」

「あの程度の計算するだけで??」


 アレクシスはあの程度と言うが、横で見ていたマティアスには皆目理解できず、どの程度なのかも見当がつかない。

 謎の数字と記号の羅列の後に星の軌道だと言って美しい楕円を描いたアレクシスは、リリアが自慢した通り、まるで魔法使いのように見えた。


「才能で食べていけるのは良いことだ。

 いい人たちだから、仲良くやってくれると嬉しい。

 ついでに、変なのが来たら対応して欲しい。たまに三男が荒くれ者を連れて金をせびりにくるらしいんだ」


 アレクシスは料理を頬張ってマティアスをじっと見る。


「………殿下、良い奴だな」

「そうか?」

「リリアが何かしたのか」


 唐突な質問にマティアスは口に含んだスープで咽せそうになる。


「どういう意味だ」

「喧嘩してんだろ」

「………してない」

「嘘つけ」

「………喧嘩はしていない……」


 マティアスはスープにスプーンを浸したまま手を止める。


 喧嘩はしていない。

 リリアの心無い言動に腹を立てて無視をしていただけだ。

 人の命が掛かっているのに、偽の薬が出回っていることも、土壌が緩んでいることも教えてくれなかったことに腹が立った。

 それが、蓋を開けてみれば、本物の薬が患者に届くように手を回していたし、林業の維持と土壌の保全を両立させる方法を探ってくれていた。

 そのために、たぶん今もイリッカの下で働いている。


「―――喧嘩はしていない。

 俺が、思い込みで一方的に距離をとっていて……その間に母上に連れて行かれてしまった」

「ふぅん? リリアが何か怒らせたのかと思った。

 あいつ、時々とんでもない事思いついて気がついたら大問題になってたりするから」

「………………分かる気がする」


「なんかしでかしたら、早めに叱り飛ばせ。

 ほっとくと悪気なく暴走するぞ」


 皿の料理を飲むように平らげて、アレクシスは唇を舐めた。


 兄貴風を吹かすアレクシスを見て、リリアがあれだけ賢くてもマティアスやアーネストの説教に耳を傾けるのは、きっと目の前の彼がずっと愛情深く叱ってきてくれたからなんだろうと思う。


「夫婦喧嘩は犬も食わねぇっつうが、殿下は夜がないんだから気をつけろ」

「………昼間からこんな所でそういう話をしないでくれ」

「まだ手ぇ出してねぇだろうな」

「出してない」

「浮気してないな?」

「………してない」


 浮気どころか、母親に取り上げられるかもしれない事態になっているとはとても言えない。


「よし。

 なぁ、どこに行けばエルザに会える?」

「エルザは軍の寮にいるから基本的に会えない」

「マジ!? 何とかしてくれよ」


 マティアスは少し考えてから言う。


「会わせてやっても良い」

「ほんとか」

「ただし、もしエルザが貴方とは二度と会いたくないと言いにきたら、付き纏うことは許さない」

「ひでえ」

「エルザは自分のことは自分で守れる女性だから、俺に言ってくるとしたら相当困っている。

 貴方のことは尊重したいと思っているが、彼女は大切な友人だ。傷付けるようなら、王都から叩き出す」


「…………こっわ……」


 断固とした口調で言うマティアスに、アレクシスは叱られた大型犬のように肩を竦めた。




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