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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第四章 幼な妻との離婚危機
54/109

08



 流しの馬車で屋敷に戻る。

 門番が主人の帰着の鐘を鳴らした。


 自分や他の貴族の馬車であれば玄関ポーチまで乗り込むが、流しの馬車は門の内には入れないため、アーネストと二人で玄関までの庭園の道を歩く。


「今日は情報が多すぎた……」

「要約すると、お前の嫁は凄かったってことだよ」


 森林伐採による土壌の緩みについては既に対応を依頼済みで、ザムール王太子に見たこともない手土産を提案し協力を取り付けた。

 本来中流の人々が対象であったであろうイリッカの慈善事業予算を転がして、被害の大きくなりそうなエルム地区に診療所を建てたばかりか、価格を押し下げて薬を行き渡らせていた。

 思い返してみれば、ザムール王太子に銅山の話を出す切掛を作ったのもリリアの手土産で、レイナードが取引にちらつかせた研究は学園(アカデメイア)のものだ。それに最大級の銅山に鉱山病の予防方法を伝えられたら、多くのザムールの鉱夫の人生が変わる。


「俺の嫁、凄すぎないか」

「ちょっと意外だよな。

 こんなに民草に心を砕くタイプだとは思わなかった」

「失礼だな」

「そうか? ここまでお人好しなのは普通じゃないぞ。

 ―――どっちかといえば、お前がやりたがりそうなことだ」

「………俺が普通じゃないという風に聞こえるんだが」

「お前はもうそういうキャラだからいいんだよ」


 使用人が開けた玄関扉を潜るマティアスとアーネストを、いつものように執事のワグナーが迎える。


「旦那様。

 大旦那様の屋敷の者に、少し奥様のことを確認しておきました」


 手袋とマフラーを渡しながら、マティアスはワグナーの報告を聞く。


「そうか。何かあったか?」

「あちらの侍女たちも社交をさせるためにお呼びになったと思っていたようですが、ザムール王室の歓待以外は大奥様の事業の現場を一緒に回ったり、大奥様とお茶をしていることが多いようです」

「母上と?」

「お二方とも楽しそうにお金儲けのお話に花を咲かせる毎日と」

「………そうか。楽しそうにしてるなら、良かった」


 似ても似つかない嫁姑だと思っていたが、とんだ共通点があったものだ。


「エルム地区の診療所は、大奥様は出資という形で、奥様が名義人におなりだそうです」

「………なぜ」

「奥様のご提案で当初とはだいぶ変わった形になってしまったものの、投資する価値ありとのご判断なのでしょう」

「価値があるなら自分の名義でやるんじゃないのか」

「価値はあるけど、エルム地区の貧しい人間相手の質素な診療所じゃあ、イリッカ様の印象にそぐわないということだろ」


 アーネストが横から説明する。

 失敗したら失敗したで、リリアの失態ということだ。イリッカの性格から、投資資金について責任を問うようなことはなさそうだが、それならそれでマティアスに一報あるべきではないか。


「分断工作されてるな。

 マティアス、リリアちゃんは、ちゃんと伝わってると思ってる可能性が高いから、頭ごなしに怒るなよ?」

「そのようでございますね。

 旦那様、奥様を早くお戻しなさいませ」


「……そんな事言ったって、会えもしないのにどうしろと言うんだ」


「悠長なこと言ってて、後から泣いても知らないぞ」

「奥様が取り上げられるようなことになれば、カロリーナから五年は非難を浴びますよ。

 坊ちゃんは新しい女性を迎えてもお優しく対応されるのでしょうが、リリア様ほど面白おかしい御関係を築くのは、女性が苦手な坊ちゃんでは難しいのではないですか」

「……坊ちゃんと呼ぶのはやめろ」

「失礼いたしました、旦那様」


 自分とリリアが面白おかしい御関係だったとは初めて知った。


 今は初老のワグナーは、マティアスが子どもの頃からレイナードの屋敷に仕えており、昔はマティアスを坊ちゃんと呼んでいた。

 この屋敷に執事長として配属された当初は完璧な礼節を守っていたのに、最近はアーネストやカロリーナに感化されたのか、時々一緒になってマティアスを虐めてくる。それに伴って使用人の範疇を超えてマティアスに助言をくれるようになっており、マティアスにとっては気安く使いやすい執事だった。

 アーネストやカロリーナがマティアスに警告しないので、おそらく懐に入れていいという判断なのだろう。


 来週はアレクシスがアルムベルクから上京する。就職先を幾つか紹介する約束なので、リリアもその日までには帰ってくると高を括っていたが、イリッカが本気ならそれも際どい。


「………来週までに帰ってきてなかったら、連れ戻しに行ってくる……」




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