04
ザムール王国は、ヴィリテ王国の東、ブルムト王国の北に位置する海に面した小国である。北部は林野が多く質の良い木材を育てるため林業が盛んなことで有名だった。
国土の小さなザムール王国は国防の観点からも女性を他国の有力者に嫁がせることが多く、他国の上位貴族に娘を嫁がせることはステータスのひとつでもある。リリアの母も実家はそれなりに裕福であり、多額の持参金と見栄を交換するべく爵位しかないに等しいアルムベルクに嫁いできた一人だった。
マティアスとアーネストが待つ応接室に、国王との謁見を済ませたザムール王太子一家を連れて、王弟レイナードが入室する。レイナードの妻イリッカが続き、少し間を置いて今年二十歳になる三男エアハルトとリリア、そしてイリッカの侍従のゴルドがいた。
マティアスはザムール王太子と簡単に挨拶を交わし、レイナードに話題を返す。
ふと見ると、エアハルトとリリアが王太子の娘である小さな王女とにこやかに話し合っていた。
久しぶりに見るリリアは完璧な笑顔とザムール語で王女の相手をしており、当然王女を差し置いてマティアスに話しかけるような不調法はしない。マティアスはリリアと話をすることは諦め、王太子達の会話に戻る。
「昨晩のお出迎えで灯されていた、貴国の国色である緑と、我が国の国色である橙色の炎……幻想的で驚きました」
王太子が興奮したように王弟レイナードに語る。
「ご準備くださったのはレイナード殿下だそうですね。あれはどういう仕組みなんですか? 子どもたちも興味津々で、昨夜は質問に答えられず親としての威厳を損なうところでしたよ」
「あれは、妻が手配させたものなのです」
レイナードは穏やかに笑んで妻であるイリッカに促す。
「喜んでいたたけて嬉しいですわ。
あれは最近王都で売られ始めた蝋燭でして、わたくしどもも何やら銅を利用する、ということしか」
「銅、ですか」
意外そうにする王太子に、レイナードが言う。
「銅といえば、貴国では大きな銅山が見つかったそうですね」
「情報が早いですね。いやぁ、まだどの程度のものか調査中なので……」
「よろしければ、最初の採掘分は、我が国で優先的に買わせていただきたい。最近銅製品の普及で不足気味でして」
「いえ、ご期待に添えるほどの量かどうか」
市場の屑鉄屋が話していた内容を確かめるため、宰相はザムールの銅山に人をやっていた。調査中なのは嘘ではないものの、既に現在知られているどの銅山よりも埋蔵量が見込めると判断されており、それを受けてヴィリテで開発中の銅山は計画を中止していた。
「そうですか。では、結果が分かったらまた教えて頂きたい。最近我が国では鉱山病や抗排水の研究をしている者が頑張ってくれていまして、何かお力になれるかもしれません」
「………ほぉ……?」
「鉱山の開発で貴国の素晴らしい木材が損なわれるのは惜しいことです。美しく加工しやすく変形しにくいと、我が国の職人の間でも評判ですから」
銅価格の暴落を織り込むとヴィリテの銅山の規模では採算が見込めず中止となったが、銅の需要が無くなった訳ではない。最近高騰しつつある銅を他国に先んじて安価に売ってもらえれば、中止した銅山の損はかなり軽くなるはずだった。
レイナード達がリリアを伴ってザムール王太子を庭園に案内した隙に、マティアスは先ほどまでイリッカの後ろに控えていた男に声をかける。
「ゴルド。母上はいつリリアを戻すつもりなんだ」
いつも不敵な笑みを崩さないこの男は、昔からマティアスを虐めることが楽しいのか揚げ足をとっては嫌味を言う。たまに必要に迫られて声をかけると、獲物を見つけた蛙のように嬉しそうにするのが心底不愉快だ。
「マティアス殿下からわたくしにお声がけいただけるとは、明日は槍が降りますな」
「下らない応酬をする気はない。
俺に黙ってリリアを連れ出して、何をさせる気だ」
「―――おや? 何日も前からリリア様とはお話している事ですが、殿下には伝わっていないということですかな?」
嫌味な物言いにマティアスは不快感を隠せない。
「ほほほ、冗談ですよ。リリア様からお忙しくて会えていないと伺っております。お仕事もほどほどになさいませんと、女性は寂しがり屋な生き物ですよ」
「話を煙に巻くな。母上は何を企んでいる」
「企むとは、人聞の悪い。
リリア様がここのところお寂しい思いをされているようだったのでご招待しただけではないですか。リリア様はザムール出身のお母上をお持ちですし、歓待にご協力いただくことに何か不思議でも?」
「……別に、忙しかっただけで、仲が悪い訳ではない」
ゴルドは見透かしたような笑みを作る。
「そうでしょうとも、まるで兄妹のように仲睦まじくお過ごしと伺っております。しかし女性として殿下を満足させるにはやはりお若すぎましたなぁ。
マティアス殿下、この際、本当に妹君になっていただくというのも悪くないのではないですかな?」
「どういう意味だ」
「おっと、イリッカ様がお呼びだ。失礼いたします」
ゴルドはそそくさと庭園のイリッカの方へ去っていった。
「くそ、結局何も答えなかった」
毒づくマティアスに、アーネストはイリッカたちを顎で指す。白い窓枠の向こうでは庭園の階段で、エアハルトがリリアをエスコートしている。
「リリアちゃんをお前からひっぺがして、エアハルト様の側室に入れるか、イリッカ様の養女にするかってことだろ」
「………なんでだ」
そんな話は全く聞いていない。
「イリッカ様が今後も色々企画するに当たって、リリアちゃんの能力が欲しくなったんじゃないか?
ヴォルフ様に兄弟がいないから、多分そのうちお前が総裁に就く。流石に総裁の正妻を良いようには使えないけど、エアハルト様の側室なら家に残るからな」
「なんだそれは……じゃあ初めからそうすれば良かったじゃないか。今更」
「彼女があんなに優秀だってのも、お前が頑として妻をひとりしかとらないのも、予定外だったんだろ」
「彼女は物じゃないぞ」
「お前だって、他に妻を娶らない言い訳に利用してるじゃないか。あの子にしてみれば、イリッカ様もお前も同じ、自分を金で買った王族だよ」
アーネストが指摘する。
始まりはそうでも、半年以上を同じ屋敷で過ごして、マティアスはリリアとそれなりに仲良くなったつもりだった。
「リリアちゃん、今日は鉄仮面だったから、何考えてんのか全然読めなかったなー。
最近はだいぶ分かりやすくなってきてたのに」
「分かりやすい? リリアが?」
「………まぁ、お前は鈍いのも持ち味だから、そういうのは周りに任せておけばいいよ」
少し呆れた風のアーネストにマティアスは撫然とする。
庭園を見ると、リリアがエアハルトやザムール王太子と談笑している。
今回のように理解が難しいことはあっても、離縁など考えもしなかったし、これからも何年かは共に生活していくものだと思っていた。
だがマティアスは忘れていた。リリアにしてみれば、他に選択肢は無かったのだ。
アルムベルク公爵はこの婚姻はリリアが望んだと言っていたが、リリアは学園を救済しうる権力者を望んだのであって、マティアスを望んだ訳ではない。
自分のような何日も話も聞かない男より、気立の優しいエアハルトの方が一緒にいて楽しいのは当たり前のことのようにも思えた。
「早めに話せって言ったろ」
「……うん……」
「まあ、お前の方が恩義を感じられてるし、そのうち故郷に帰してくれるって期待されてるから簡単に乗り換えられることはないと思うよ。
万が一振られても、お前が離婚許可証にサインしなけりゃいいだけの話だろ。あんまり気にするな」




