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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第三章 幼な妻の里帰り
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14



 南へ下る馬車の中、リリアは窓から別れを告げるようにアルムベルクの山並みを見ていた。

 その瞳には寂しさと恋しさが色濃く映る。


「短い滞在ですまないな」

「いいえ、連れてきてくださってありがとうございました。

 結局、キルゲス族はどうなさるんですか?」

「それもハーマン男爵と一緒で父上の判断待ちかな」


 王甥の警護が明らかに不十分だったハーマン男爵は、念願の王都に戻れるが、今後は様々な事が厳しくなるだろう。

 そしておそらくマティアスは、身分を弁えず護衛も付けずにふらふらしていたことを王弟夫婦と宰相とアーネストにこってり叱られるのだ。それを思うと王都への旅が更に億劫に感じた。


「キルゲス族のことは、俺はリリアの案を推してみようと思っている」

「マティアス様が?」

「昨日、若頭と話してみたんだ。

 彼らへの所業の償いではないけど、ハーマン男爵もそれなりの罰を受けることくらい教えてあげようと思って……

 殺される覚悟をして始めたことだから、一族を見逃してくれるなら被験体でいいと言っていた。

 銀が採れるなら、母上は味方にできるんじゃないかな」

「そう、ですか」

「うん。話が通ったら、鉱山病予防の効果があるといいと思う。

 妹を手籠にされて逆上してただけで、普通の男だった」


 若頭は、初めはハーマンの息子を狙っていたものの、警備が厚すぎて手が出ず、そこへ王都から仲間と思しき貴族が現れたのでターゲットを変更したのだと、マティアスに頭を下げた。


「マティアス様は、お優しいですね」

「そうかな。俺が斬った三人のうち、多分二人は死んだぞ」


 マティアスは剣を振り翳した己の手を見る。

 剣術は好きだし、訓練も楽しいし、戦略も戦術も巡らせていると心が躍る。戦うことに於いて他人より秀でている自覚があるし、己の力は守るべきものを守るために使うと決めている。

 しかし、それが人の死と裏表のものであることに、マティアスはいつまでも慣れることができない。


「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……」

「迷惑?」

「……わたくしがちゃんと隠れていれば」

「それはもういいと言っただろう」


 小さく肩を縮める妻にマティアスは溜め息を吐く。


「そういえば、ヨハンナから預かった」


 顔を上げたリリアに、マティアスは懐から銀細工のロケットペンダントを出した。

 リリアの目が丸く見開かれる。


学園(アカデメイア)に忘れてきただろう? 今朝届けてくれたぞ。大事なものならしっかり管理しろ」

「えっ、ヨハンナが学園(アカデメイア)から出てきたんですか?

 え、じゃなくて、それ、置いてきて」

「置いてきた?」

「未練がましく持ってるからあんな失態をしたので、もう、手放そうと

 ……どうして、ヨハンナにはちゃんと説明したのに」


 白い小さな手が胸元で強く握られる。


「リリア。誰も責めてないのに、自分を罰するのはやめろ。

 これは大事なものだったんだろう。

 貴女は、俺に嫁ぐために家族も友人も故郷も遠くなってしまったんだから、思い出の品くらい持てば良い」


 マティアスがロケットを差し出すと、その分リリアが身を引く。


「……でも、そのせいでマティアス様、腕を」


 首から吊られたマティアスの右腕を見て、リリアの瞳が潤んだ。


「そうだな。字が書けないのを良いことに、嫁をいつもの倍働かせて楽をすることにするよ。

 暫く貴女のダンスレッスンも休講だ」

「え、やったぁ……」


 涙目で本音を溢す妻に、マティアスは笑う。


「リリア。大切なものは、ちゃんと持っていてくれ。

 貴女の身体は俺にくれたと言うが、貴女の心は貴女のものだろう。切り捨てなくて良い」


 促されて、リリアはおずおずと両手でロケットを受け取る。

 少しの間それを見つめてから、愛しそうに胸に握り込んだ。


「ありがとう、ございます」

「うん」

「お仕事、頑張りますね」

「ほどほどでいい。あんまりやりすぎると俺がお払い箱になる」


 マティアスの言葉に、目に涙を溜めたままリリアは笑った。


「……アーネストと姉上たちに、土産を買うのを忘れたな」

「あっ、………わたくし、代わりに謝っておきます。お姉様方、わたくしにはお優しいの」

「役に立つ嫁で助かる」


 きっとあの姉たちは、目尻を下げて、良いのよ、とリリアを撫でるのだろう。そして、リリアの見ていないところでマティアスに嫌味を言うに違いない。


 アーネストには一緒に怒られましょうね、と楽しそうに笑うリリアを見て、マティアスも笑う。


 軽く視察するだけのつもりが、随分と濃い訪問になった。


 いつの間にか、リリアとの別れを残念に思っている自分を自覚して、マティアスは窓の外の山並みを見遣る。


 彼女が将来この地に戻ってしまっても、アルムベルクの統治官は今後王弟家が務めることになっているので、会えることもあるだろう。

 遠い将来、この北の大地を訪れて、久しぶりに会うリリアとこんなこともあったと今回の訪問を語らう日が来るのかもしれない。――その時にリリアが充実した人生を送っているといい。


 大人になったリリアは、きっとより面白くなって、楽しい話をたくさんしてくれるのではないかと、そう思った。





第三章終了です。

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