09
アルムベルク中心街の北西には山林が広がり、山はそのまま北の隣国へ続く。
幾つかの山稜を超えた、街からは見えない山の中腹にキルゲス族の集落がある。集落と街の中間地点、川が小さな湖を作る場所に、物見台を兼ねたキルゲス族の砦があった。ヴィリテとキルゲス族との諍いが多かった時代に作られ、捕虜の始末の場所でもあったそれは、今は放棄されところどころ外壁に崩れがあった。
マティアスは後ろ手に拘束され、砦の一室に通される。何人かの武装した男がいる部屋で、縛られた両手を頭上で柱に結ばれたリリアが、猿轡をされ、窓辺で寛ぐ男の隣で悶えていた。
周囲の男が、若、と呼ぶ。
「よう、あんた、強いんだってな」
「多少強くても捕まってしまっては仕方がないがな。
貴方たちの目的は何だ」
「さぁ、何だろうな?
とりあえず、あんたの目の前でお姫様で遊んでみるか」
そう言って男はリリアの首を人差し指で撫で上げる。
「目的は、なんだ」
「目的なんか無いかもしれないぜ」
「目的がないなら、俺を狙うメリットはないだろう。貴方たちはキルゲスの山の民だな。俺を生かしても殺しても、もう集落は潰されるぞ」
ざわり、と男たちが動揺する。
「はったりを言うな。たかが貴族の小僧一人のために国がそこまで動く訳ないだろうが」
若と呼ばれた男が吐き捨てるように言い、リリアの顎を強引にしゃくった。
「あのクソ貴族が、たいして有力じゃないのは分かってんだ。ヴィリテの貴族がおんなじくらいの人間とばかりつるむのもな。
俺の目的が知りたいか?
いいだろ、教えてやるよ、ヴィリテのクソ貴族の目の前で、そいつの女を犯してから、半殺しにして謝らせてやるって決めたんだよ!」
苛々と声を荒げる男にマティアスは眉を顰める。
怨恨関係の、とばっちりのようにしか思えない。
男はちらりとリリアを見遣り、小さく舌を打つ。
「ちくしょう、ガキじゃねぇかよ……」
その視線は、紹介したリリアを舐め上げるように見ていたハーマン男爵の息子よりは、よほどまともに見えた。
「………もう一回言う。
その子を見逃してくれたら、俺に出来る譲歩はする。今二人とも解放してくれたら、罪にも問わない。他の貴族を狙うのももうやめてくれ」
「は! 貴族の坊ちゃんはお願い事が多いな。お母ちゃんに泣きついてみたらどうだ?」
「俺は貴族ではない」
「なに?」
「王族だ。継承権は今は二番目だ。
ヴィリテにも面子があるからな、恐らく集落ごと潰すし、抵抗すれば殲滅する」
周りの男たちが騒めいた。
「ぬかせ。そんなやつが、警護も付けずにうろうろしてる訳がねぇ」
「今じゃなくてもその子を無傷で帰してくれたら、陛下には俺から恩情を願うので、覚えておいてくれ。そのときは無関係の人間は見逃してもらえるだろうが、貴方たちの命までは保証出来ない」
「若、やべぇよ、こいつ危ないからさっき右腕は折っちまった」
「俺も、犬をやられたから脚を斬りつけちまった」
「俺のことはいい」
「若、流石にこれは聞いてないぞ」
「そうだ、俺はビアンカのためって言われて着いてきたんだ、集落がなくなるなんて」
「うるせえ! こんなのこいつのはったりだ!」
「でも、本当だったら」
若と呼ばれる男は忌々しそうにマティアスを睨む。品定めするように身なりを確認するが、キルゲスの山から出たことのない男にとってヴィリテの貴族の格好など全て同じに見えた。
「………どこまで、本当だ」
「全部だ。調べる方法があるなら、それから決めてもいい」
「―――地下牢に、放り込んどけ!」




