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煌びやかなシャンデリアと燭台が一帯を照らし、数多の紳士と淑女が本日仲間入りするメンバーを待つ舞踏会場のホール。
本日の主役は十五人。
中でも注目株は、令嬢を持つ多くの貴族からのアプローチに全く靡かなかったマティアス王甥殿下の妻、リリア嬢だった。
訳ありで嫁いできたため冷遇されている、
イリッカ王弟妃殿下に望まれていない、
いや歓迎されている、
マティアス殿下のお気に入りらしい、
屋敷から全く出さないほど寵愛が激しい、
全く相手にされていないらしい、
等々、噂話ばかりが広がり、一度王姪殿下たちの主催する茶会に出席した以外は、その姿すらも見ることは叶わない深窓の令嬢。
どうやら王弟家は歓迎している様子、との話が濃厚になってきたところで、本日衝撃の新情報が駆け巡った。
同じく本日デビューするランゲ伯爵令嬢に王甥殿下が一目惚れし、正妻の証である髪飾りをリリア嬢から取り上げて贈った、というのだ。
正妻の証ってなんだろう。
聞いたことはないが、なんかそういうものがあって、贈ったんだろう。
マティアス王甥殿下は理を弁えた若者で凡そそんな無体を働くイメージはないが、どんなことでも起こりうるのが若さ故の激情というものであろう。
身分の高い順に入場するので、正に今から、件のリリア嬢がマティアス王甥殿下のエスコートで登場する筈。
他人のロマンス沙汰に飢えている社交界の面々は、渦中の三人の姿を見逃してなるものかと入場セレモニー開始の銅鑼の音を今か今かと待ち侘びていた。
「………え? あれ?
あそこにいるのマティアス殿下じゃないか?」
小さな囁きに、あるテーブルに視線が集まる。
リリア嬢のエスコートを務める筈のマティアス王甥殿下が、侍従のアーネストと談笑している。
「どういうこと?」
「噂は本当だったの?」
「だって、ランゲ伯爵令嬢が、頂いた飾りを実際に身につけていらっしゃるそうよ」
「ご本人が言ってたけど、情熱的にアプローチされたって」
「じゃあ、奥様はどうなさるのかしら」
「殿下の御身分だもの、他の方を迎えることは別にいいけど、デビュタントのエスコートまで放棄するなんて、ひどい」
紳士な方だと聞いていたのに、と、ひそひそと話が広がっていく中で、会場に定刻の銅鑼の音が響く。
全員の視線がばっと扉に向かった。
「…………え……?」
「え? うそ、なんで?」
「どういうことだ?」
扉から入場してきたのは、繊細な刺繍の白いドレスに身を包んだ少女。
胸元には瞳と同じ色のサファイアが輝く。
アップにしたシルバーブロンドの髪には大輪の百合が咲き誇り、小さな宝石が散りばめられ、その華奢な印象も手伝って、さながら花の妖精のようだ。
「―――なんで、王太子殿下がエスコートしてるんだ……?」
国王と違い、王太子のエスコートにそれほど政治的な意味はないものの、王族の直系にエスコートされてデビューするというのはやはり破格である。
ざわめきの中、いつの間にかリリア嬢はヴォルフ王太子殿下からマティアス王甥殿下に託され、残りの道を進んでいる。
その仲睦まじい笑顔に、最早会場の中に件の令嬢への興味は無くなっていた。
「あの百合、綺麗ね」
「舞踏会で頭に生花を飾るなんて考えてもみなかったわ。今度わたくしも真似しよう」
「薔薇とか、ダリアとかでも映えるわよね」
「見たことない品種だわ」
「どこで売ってるのかしら?」
百合に見惚れる婦人たちの間に、どこからか伝言ゲームのように情報が回る。
あの花は、イリッカ王弟妃がリリアのためにお抱えの庭師に作らせた、リリアのための花であり、市場にはまだ一本も出回っていない特別なもの。
王弟一家にリリアを歓迎する象徴であり、マティアス殿下は好んで屋敷に飾るという。
花の名前は、リリー・ルイーゼ。




