03
―――言い過ぎた。
頭を抱えるマティアスの顔をアーネストが覗き込む。
「どうした。頭でも痛いのか」
「いや、………」
二日前の己の暴言を反芻する。
クラウディアは確かに初恋の女性だが、それ以上でも以下でもない。ただあの時はゴルドの胸糞の悪い顔がちらついて、あいつに揶揄されたような気分になってしまった。
「リリア嬢のハンストは、多分俺がキツいことを言ったせいだ」
落ち着いて思い返すと彼女に怒鳴られるような落ち度は何一つなかった。
ただ、自分も連日の仕事で疲れていたし、いつものこととはいえ母の強引さに辟易していたし、望まない結婚に憂鬱だったし、挙句気に食わない男の顔がちらついて気が立っていたのだ。
―――つまり、苛立ちを十四の女の子にぶつけて八つ当たりした……。
言い過ぎではない。完全に失言だ。しかも怒鳴った。あんな華奢な少女が、マティアスのような軍で鍛えた男に怒鳴られて、どんなに怖い思いをしたことだろう。
抱えている頭が更に重く感じて机にめり込みそうだ。
「キツイこと?
リリア様は子どもを作るつもりがないって言われて怒った訳じゃないってことか?」
「……………」
「お前が女の子に言うキツイことなんか高が知れてるだろ」
「………………」
返事をしないマティアスにアーネストは眉を寄せる。
「……何言ったんだ」
「………………
『王族になら誰にでも股を開く女』と言った」
「なんで!?」
なんでだ。俺が知りたい。
改めて口にすると酷い言い草だ。
彼女の境遇でマティアスに嫁ぐ以外にどんな選択肢があったというのか。
「………謝りたい」
返事がないので重たい頭を上げてアーネストをちらりと見る。呆れて口も塞がらない従兄の正直な視線が今は救いだった。
「うーん、うん、謝ってこいよ。
王族は簡単に頭下げるもんじゃないけど、俺はお前のそういうとこ評価する」
「うん……」
「ただ二日も食事を摂らないって相当お冠だからなぁ。お詫びの品も足りなかったってことだろうし、今度の休日に何かまた見繕ってさ。
午後の会議、何かいい案がないか俺も考えとくから」
「会議中は議題のことを考えてくれ。
―――でもそうだな、週末にでも」
「殿下」
じっと黙って控えていた侍女のカロリーナが声をあげる。
カロリーナはマティアスの侍女であるが、ひいてはリリアにも仕えることになるため、彼女が婚礼準備の為に王都に来た時から週に何日かリリアに侍っていた。
幼い頃からなにくれとなくマティアスの周囲を整えているカロリーナは、マティアスにとって最後まで味方と信じられる大切な使用人だ。リリアとのこともマティアスの意思を汲んでくれている。
そのカロリーナの中で、日に日にリリアの好感度が上がっていることに、マティアスはなんとなく居心地の悪さを感じていた。
マティアスの意思は意思として、もう少しリリアに向き合えと何度か苦言を呈されている。結婚前には、全くリリアに会おうとしない事に嫌味を言うようになっていた。
「なんだ」
「来週では遅いかもしれません」
「なにが」
「リリア様のお心は、刻々と閉ざされていくように見受けられます。食事を摂られるようになってお元気になられた頃には、殿下の謝りたいリリア様は、もういらっしゃらないかもしれませんよ」
「………なに?」
「それから昨日の贈り物ですが、あまりご興味なさそうでしたので、同じようなものならご準備は不要かと」
宝石に興味がない令嬢なんかいるのか。
マティアスには親しく付き合っている妙齢の令嬢はいない。マティアスにとって身近な令嬢のサンプルは、ドレスと宝石と菓子の大好きな三人の姉か、王国の花と称される王太子妃クラウディアくらいのものだ。社交に詳しく人脈の広い姉たちが、宝石の嫌いな令嬢などいないと言い切っていた筈なのだが。
「カロリーナ、怒ってる?
確かにマティアスの暴言は酷いけど、今回はリリア様のお怒りも解かなきゃいけないんだから手加減してよ」
「リリア様は……殿下の暴言に怒ってらっしゃる訳ではないと思います。
最近こそアリーダ様のご指導で淑女らしく振る舞っておいでですが、いらしたばかりの頃は、朗らかで溌剌とした方で……殿下ごときの暴言に打ちのめされるような方には見えませんでした」
「ごときて」
「私どもから見れば厳し過ぎる御指導にも怖じけず、私どもへ気遣いすら見せてくださる……お優しくてお強い方だったのに……あんな御姿、私はもう見ていられません」
そう言うカロリーナの声にはマティアスの無体に対する静かな怒りが滲んでいた。