13
「―――君たちは、馬鹿です」
しゅんとするマティアスとリリアを茶卓に座らせ、リリアの控室ではアーネストのお説教タイムが始まっていた。
「申し訳ありません……」
「すまん……」
「あの! 髪飾りはねぇ!
イリッカ様がリリアちゃんを鳴り物入りでデビューさせるために作らせた特注品だったんだよ!」
「……どおりで、ゴテゴテの割にセンスのいい飾りだと思った」
「それをあげてどうする」
「ごめんなさい、泣いてた子がいたから……」
「リリアちゃんのドレスは、大きな髪飾りを映えさせる為のデザインなの。髪飾りなしでそれ着てたって、ただの高価なドレス着た可愛子ちゃんでしょ」
「じゅ、十分なのでは」
「あん!?」
「ごめんなさい!」
「アーネスト、それくらいにしてくれ、やってしまったものはもうしょうがない」
「反省の色が見られん」
「反省している。今後気をつける」
深々と頭を下げるマティアスに、仁王立ちの侍従は鼻で荒い溜息を吐いた。
「まったく……お前、ほんとに分かってんのか。デビュタントの見栄えは、暫くリリアちゃんの評価に直結するんだぞ。
イリッカ様があれを準備してくれたってことは、お前の意思を汲んで、家の嫁として大事に迎えたって公言してくれたのと同じことだ。
貧乏貴族ならこれだけのドレス着てればそれでもいい。うちがこのドレスで髪飾りなしじゃ、金はかけるが正妻ではないと発表するようなもんだ」
「………すまん。そこまで考えが至らなかった」
アーネストの解説を聞いて、イリッカの心遣いを台無しにしたと知り、リリアはへにょりと泣きそうな顔をした。
「あの、まだ夕刻まで時間があるので、新しいの買いに行くのはどうでしょうか」
「リリアちゃん、ああいうのは、注文を受けてから職人が一個ずつ作るんだよ。既製品は中流以下の人間のためのものだから、見ればすぐ分かるの」
「そ、そうなんですね……」
「まったく……どうしたもんかなぁ……
イリッカ様か姉君たちか、母上からそれっぽいもの借りるか……デビュタントでお古かぁ……」
「……ごめんなさい」
「……すまん」
最近側妃追加の打診がないとは思っていた。
イリッカが、リリアを唯一の妻と認めてくれたのだと、今更ながらに知る。行為がないことはおそらく筒抜けなのに、足繁く通う仲の良さを尊重してくれたということだ。これだから、マティアスはあの母親を嫌いにはなれない。
「マティアスはここか」
突然、ノックもなく扉が開く。
黒髪を後ろに束ねた、美貌の男がズカズカと入り込んできた。
「ヴォルフ」
男はマティアスの呼びかけを無視して、三人を品定めするように睨め付け、その美しい榛色の視線をリリアに留める。
「―――お前が、マティアスの嫁か。
貧相な娘だな」
初対面にも関わらず失礼な男に、リリアは怖がるでもなく黙って見返す。
「……ふん、瞳の色は悪くない。
光栄に思え、俺が側妃に召し上げてやる」
そう言って、その男はリリアの顎を乱暴に掬い、無理矢理口づけた。
「式の代わりだ。
お前程度には過ぎたものだろう」
マティアスとアーネストが慌てて立ち上がり、リリアの顎を掴んだままの男の手を引き剥がす。
「ヴォルフ! お前、何を」
叫ぶマティアスの腕を振り払って、ヴォルフと呼ばれた男はリリアを睨んだ。
ヴォルフ・ヴィリテ王太子。
冷淡な性格と独裁的な判断、そしてなによりその美貌で知られる、この国の王位継承者だ。
「……マティアス様……このお方が、王太子様?」
「リリア、すまない、大丈夫か」
唇を押さえながらヴォルフを見つめるリリア。
マティアスの問いに答はない。怒っているようにも悲しんでいるようにも見えず、呆然としている。
「なんだ小娘、満更でもなさそうじゃないか」
マティアスは鼻で笑うヴォルフを睨んだ。
「ヴォルフ、謝れ。冗談が過ぎる」
「必要性を感じないね。
この、俺が、召し上げてもいいと言っている」
「リリアは、俺の妻だ」
マティアスは舌を打つ。基本的にこの男は聞く耳を持たないのだ―――そして、自分の権威と美貌が女性にどう映るのかをよく知っている。
これ以上言っても無駄と思い、リリアの横に跪くと、リリアがゆっくりとマティアスの袖を引いた。
「マティアス様……」
「リリア、大丈夫か?」
「―――マティアス様、これが王太子様なら、マティアス様の立太子、イケます!」
「おい」
ぶはっと吹き出したアーネストは慌てて自分の口を塞いだ。
小さくガッツポーズを作るリリアの瞳には心なしか喜色が浮かんでいる。
「こんな坊やちゃ………あ、いえ、お心の若々しい方だったんですね、きっと王様よりもっと向いてるお仕事があると思います」
「リリア」
「わた、わたくし、めくるめく面白計画が溢れて」
「リリア」
「イリッカ様、イリッカ様にご相談を、」
「リリア!」
大きな声で呼ぶと、そわそわと動いていたリリアの肩がびくりと浮いた。
「………リリア、落ち着いてくれ。
アーネストの腹筋が壊れる」
アーネストは小刻みに肩を震わせ、腹を抱えてテーブルに沈んでいた。
「あ、はい、申し訳ありません、
………申し訳ありません、わたくしったら……幼な子のようにはしゃいでしまって、お恥ずかしいですわ」
「そんな幼な子はいない」
「ぶっは!!」
たまらず吹き出したアーネストの笑い声。
ふと見ると、王太子ヴォルフは青筋を立てて戦慄いていた。
「………な、……なん……」
マティアスは軽く溜息を吐いて頭を掻く。
「……ヴォルフ。リリアが気にしてないようなので俺はさっきの件は忘れる。
お前も、リリアの不敬は不問にしてくれ」
「ふざけるな!
この俺を馬鹿にして、ただで済むと思っているのか!そんな女、離縁させてやる!」
「―――いい加減になさいまし!」
凛とした声に全員が振り向くと、部屋の入り口に、豪奢なドレスに身を包んだ美しい女性が立っていた。
「クラウディア……」




