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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第二章 幼な妻のデビュタント
28/109

13



「―――君たちは、馬鹿です」


 しゅんとするマティアスとリリアを茶卓に座らせ、リリアの控室ではアーネストのお説教タイムが始まっていた。


「申し訳ありません……」

「すまん……」


「あの! 髪飾りはねぇ!

 イリッカ様がリリアちゃんを鳴り物入りでデビューさせるために作らせた特注品だったんだよ!」


「……どおりで、ゴテゴテの割にセンスのいい飾りだと思った」


「それをあげてどうする」

「ごめんなさい、泣いてた子がいたから……」

「リリアちゃんのドレスは、大きな髪飾りを映えさせる為のデザインなの。髪飾りなしでそれ着てたって、ただの高価なドレス着た可愛子ちゃんでしょ」

「じゅ、十分なのでは」

「あん!?」

「ごめんなさい!」


「アーネスト、それくらいにしてくれ、やってしまったものはもうしょうがない」

「反省の色が見られん」

「反省している。今後気をつける」


 深々と頭を下げるマティアスに、仁王立ちの侍従は鼻で荒い溜息を吐いた。


「まったく……お前、ほんとに分かってんのか。デビュタントの見栄えは、暫くリリアちゃんの評価に直結するんだぞ。

 イリッカ様があれを準備してくれたってことは、お前の意思を汲んで、家の嫁として大事に迎えたって公言してくれたのと同じことだ。

 貧乏貴族ならこれだけのドレス着てればそれでもいい。うちがこのドレスで髪飾りなしじゃ、金はかけるが正妻ではないと発表するようなもんだ」


「………すまん。そこまで考えが至らなかった」


 アーネストの解説を聞いて、イリッカの心遣いを台無しにしたと知り、リリアはへにょりと泣きそうな顔をした。


「あの、まだ夕刻まで時間があるので、新しいの買いに行くのはどうでしょうか」

「リリアちゃん、ああいうのは、注文を受けてから職人が一個ずつ作るんだよ。既製品は中流以下の人間のためのものだから、見ればすぐ分かるの」

「そ、そうなんですね……」


「まったく……どうしたもんかなぁ……

 イリッカ様か姉君たちか、母上からそれっぽいもの借りるか……デビュタントでお古かぁ……」


「……ごめんなさい」

「……すまん」


 最近側妃追加の打診がないとは思っていた。

 イリッカが、リリアを唯一の妻と認めてくれたのだと、今更ながらに知る。行為がないことはおそらく筒抜けなのに、足繁く通う仲の良さを尊重してくれたということだ。これだから、マティアスはあの母親を嫌いにはなれない。



「マティアスはここか」


 突然、ノックもなく扉が開く。

 黒髪を後ろに束ねた、美貌の男がズカズカと入り込んできた。


「ヴォルフ」


 男はマティアスの呼びかけを無視して、三人を品定めするように睨め付け、その美しい榛色の視線をリリアに留める。


「―――お前が、マティアスの嫁か。

 貧相な娘だな」


 初対面にも関わらず失礼な男に、リリアは怖がるでもなく黙って見返す。


「……ふん、瞳の色は悪くない。

 光栄に思え、俺が側妃に召し上げてやる」


 そう言って、その男はリリアの顎を乱暴に掬い、無理矢理口づけた。


「式の代わりだ。

 お前程度には過ぎたものだろう」


 マティアスとアーネストが慌てて立ち上がり、リリアの顎を掴んだままの男の手を引き剥がす。


「ヴォルフ! お前、何を」


 叫ぶマティアスの腕を振り払って、ヴォルフと呼ばれた男はリリアを睨んだ。


 ヴォルフ・ヴィリテ王太子。

 冷淡な性格と独裁的な判断、そしてなによりその美貌で知られる、この国の王位継承者だ。


「……マティアス様……このお方が、王太子様?」


「リリア、すまない、大丈夫か」


 唇を押さえながらヴォルフを見つめるリリア。

 マティアスの問いに答はない。怒っているようにも悲しんでいるようにも見えず、呆然としている。


「なんだ小娘、満更でもなさそうじゃないか」


 マティアスは鼻で笑うヴォルフを睨んだ。


「ヴォルフ、謝れ。冗談が過ぎる」

「必要性を感じないね。

 この、俺が、召し上げてもいいと言っている」

「リリアは、俺の妻だ」


 マティアスは舌を打つ。基本的にこの男は聞く耳を持たないのだ―――そして、自分の権威と美貌が女性にどう映るのかをよく知っている。


 これ以上言っても無駄と思い、リリアの横に跪くと、リリアがゆっくりとマティアスの袖を引いた。


「マティアス様……」

「リリア、大丈夫か?」


「―――マティアス様、これが王太子様なら、マティアス様の立太子、イケます!」

「おい」


 ぶはっと吹き出したアーネストは慌てて自分の口を塞いだ。

 小さくガッツポーズを作るリリアの瞳には心なしか喜色が浮かんでいる。


「こんな坊やちゃ………あ、いえ、お心の若々しい方だったんですね、きっと王様よりもっと向いてるお仕事があると思います」

「リリア」

「わた、わたくし、めくるめく面白計画が溢れて」

「リリア」

「イリッカ様、イリッカ様にご相談を、」

「リリア!」


 大きな声で呼ぶと、そわそわと動いていたリリアの肩がびくりと浮いた。


「………リリア、落ち着いてくれ。

 アーネストの腹筋が壊れる」


 アーネストは小刻みに肩を震わせ、腹を抱えてテーブルに沈んでいた。


「あ、はい、申し訳ありません、

 ………申し訳ありません、わたくしったら……幼な子のようにはしゃいでしまって、お恥ずかしいですわ」

「そんな幼な子はいない」

「ぶっは!!」


 たまらず吹き出したアーネストの笑い声。

 ふと見ると、王太子ヴォルフは青筋を立てて戦慄いていた。


「………な、……なん……」


 マティアスは軽く溜息を吐いて頭を掻く。


「……ヴォルフ。リリアが気にしてないようなので俺はさっきの件は忘れる。

 お前も、リリアの不敬は不問にしてくれ」


「ふざけるな!

 この俺を馬鹿にして、ただで済むと思っているのか!そんな女、離縁させてやる!」



「―――いい加減になさいまし!」



 凛とした声に全員が振り向くと、部屋の入り口に、豪奢なドレスに身を包んだ美しい女性が立っていた。



「クラウディア……」



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