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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第二章 幼な妻のデビュタント
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 夕方の舞踏会までの時間を寛ぐため、デビューする者にはそれぞれ小さめの控室が割り当てられている。軽食を済ませ、マティアスはリリアに王宮を案内しながら控室に向かう。

 令嬢によってはお色直しに励む時間だが、リリアはイリッカの用意した白いドレスが気に入ったらしく、そのまま舞踏会に参加する予定だった。


「せっかくのデビュタントなんだから、あと二着くらい作っても良かったんだぞ」

「? わたくしは一人しかいないのに、三着も作ってどうするんですか?」

「……女の子は、可愛い服を何着でも欲しがるものなんじゃないのか」

「何着も? なんのために?」

「さあ……舞踏会でいい感じのドレスが用意出来ないというのは、理由なく弟を殴るほどの絶望らしいぞ」

「服、すごい」


 因みにマティアスの二番目の姉レイチェルは、デビュタントで四度お色直しをした記録持ちである。


「そういえば、貴女は最近服の趣味が変わったな」


 以前も特に問題なく質の良いドレスを着ていたが、最近は清楚なシュミーズドレスを着ていることが多い。ハイウエストの妖精のような衣装は、リリアの柔らかいシルバーブロンドに良く似合っていた。


「特に趣味は変わっていませんけど……

 アーネストがクローゼットの中身を刷新してしまって、以前のドレスはどこかへ行ってしまいました」

「………人の妻に何をやっているんだあいつは」


 そういえば先日も、また二人で出かける約束をしていた。

 別に構わない。構わないが、何故自分も誘ってくれないのか、マティアスは釈然としない。


「似合っているが、好みじゃなければ無理に着なくても良いんだぞ」

「服の好み」

「ないのか?」

「適切な体温調節を補助し、清潔で、丈夫なものが好ましいです」

「……………そうか」


 それは服の好みとは言わない。


「あの、このドレスは、とても好きです。

 刺繍が、綺麗で、その、白は好きだし、……刺繍とか……」

「刺繍が二回目だ」

「…………ごめんなさい……ほんとは、ドレスの良さとか良く分からないです。

 でも、このドレスはイリッカ様が得意満面で持っていらして……わたくしのために張り切ってくださったんだって思ったから、今日これが着られて嬉しい」


 愛おしそうにドレスの胸元を押さえるリリアにマティアスは衝撃を受ける。


 なんだこの可愛い生き物は。

 本当にあの姉たちと同じ生き物なのか。


 女性とは、もっとこう気位が高く理不尽で、か弱い振りして近づいて、油断すると身包み剥いでいくような怖い生き物ではなかったか。軍の女性たちは気さくで裏表がなさそうに見えるが、軍属という時点でサンプルとしてはイレギュラーな気がする。

 そういえば、とんと会っていない従妹のマーリンも天真爛漫で可愛かった気がする。可愛い生き物と共に育つなんて、俺の境遇に比べて、アーネスト、ずるくないか? それともリリアも、大人になったら妖怪になってしまうのだろうか。


 そんな事を考えながら控室が並ぶ通路を進んでいると、廊下の向こうから荒ぶった女性の声がした。

 見ると、今日デビューするらしき令嬢が四人、何やら揉めている様子だ。


「変な言いがかりはよして頂戴!

 貴女が勝手に溢したんでしょう!」

「うそ、わざとぶつかってきたじゃない!」

「じゃあ二人に聞いてみましょ、ねぇ、マルガレータさんが勝手に溢したわよねぇ?」

「そうね、ぶつかったなんて言いがかりだわ」


 空のワイングラスを握る少女のドレスに、遠目からでも分かるほどワインの染みが広がっている。


「貴女の家はわたくしたちの家より高貴だって仰ってたわよね、お色直しのドレスくらい何着でもあるんでしょう?」

「そうね、男爵家のカミラさんでも二回お色直しするんですものね」

「わたくしは一回しか出来なくて恥ずかしいわ」

「いやだ二人とも、そんなこと言ったら可哀想よ、高貴でも一着しか買えない方もいらっしゃるのよ?」


 くすくすと笑う三人を睨んで、マルガレータと呼ばれた少女は真っ赤な顔で涙を堪えている。


「まぁ、怖い顔。

 国王陛下へのご挨拶は終わったんだし、体調が優れないならお帰りになったらいかが? わたくしなら、汚れたドレスで舞踏会に出るなんて恥知らずなことできないわ」


 さあ、わたくしたちはお色直ししなきゃ、と嬉しそうに笑いながら三人は各々の控室に消える。

 残された少女は、一人になった途端にぼろぼろと涙を溢した。


「マルガレータ……マルガレータ・ランゲ伯爵令嬢ですね」


 柱の影から出ずにリリアがマティアスに囁く。


「そう言えば、ランゲ伯爵家の令嬢も今日がデビューだったか。また間の悪い場面に出くわしたな」


 ランゲ伯爵家といえば、以前は伯爵家としてそれなりに見栄を張っていたものの、最近めっきり羽振りが悪くなったと噂の家だ。デビュタントのドレスは、特に女性は新しい高価な衣装を誂えるのが常識になっている。会話から察するに令嬢のドレスは、あの一着しかないのだろう。

 もう少し被害が小さければコサージュで隠すこともできただろうが、あれでは確かに欠席した方がまだましかもしれない。


「………かわいそうですね」

「そうだな」


 ランゲ伯爵は羽振りの良かった頃に、家格が下の者とはあまり良い交流をしていなかった。そのつけが娘に回ったのだろう。


「マティアス様、この髪飾りなら大きいし、隠せるんじゃないですか?」

「何?」

「デビュタントのドレスがダメになるって、辛いことなんでしょう?」

「まあ、そうだろうな」

「わたくしにはよく分からないけど、あんなに泣いて、……弟さんが殴られたりするかも」

「……かもな」


 しかしリリアのドレスは、髪飾りを付ける前提でデザインされている。


「貴女は髪飾りがなくても構わないのか?」

「わたくしはかまいません。これ、差し上げても良いですか?」

「……貴女が構わないなら」


 リリアが髪飾りを外す。少し色味が違うが、あからさまに衣装の主役を持っていく装飾品なので、どんなドレスでもさほど違和感はないだろう。

 デビュタントの装飾品はその後箪笥の肥やしになることの方が多いのだから、確かに人の役に立つならそれでも良いような気がして、マティアスはリリアがランゲ伯爵令嬢にそれを渡すのを黙って見ていた。


―――それが、大間違いであることにも気付かず。



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