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今日はリリアのデビュタント、社交界デビューの日である。
ヴィリテ王国の社交界では、毎年花の咲き誇るこの時期に、王宮の広間でその年に成人する男女のお披露目がある。男性は十八、女性は十六になると、着飾って社交界入りの挨拶をする。
そして、今年成人する者の他に、年若く嫁いだ令嬢もその年に社交界入りする慣わしであった。
午前中はデビューする者が国王に謁見し、同日の夕刻からその他の貴族も交えた大規模な舞踏会が催されるため、デビューする者とその親族にとっては一日がかりのイベントである。
そして、夕刻の宴でどの地位の者にエスコートされて入場するかは、その後の社交界での地位と直結する大事な表象だ。
「本当なら、アルムベルク公爵がエスコートしたかっただろうに、なんだか申し訳ないな」
王宮に向かう馬車の中で、マティアスは着飾った妻に詫びる。
リリアは肩口まで届く豪奢な髪飾りに、それを引き立てるためのごくシンプルな、しかし近くで見ると同色の糸で繊細な刺繍が全面に施された白いドレスを身に纏っている。白を基調とした衣装に、瞳の色と合わせた大きなグリニッシュブルーのサファイアのネックレスがよく映えていた。
「お父様ですか?
多分こんな格式ばった場所は苦手なので、喜んでいると思います。王都までの旅費もばかになりませんし」
身分の高い者がエスコートした方が本人の為であるので、身内により高位の者がいればそちらに依頼することも多い。
今回リリアは、父親であるアルムベルク公爵ではなく、マティアスがエスコートすることになっていた。
「しかし、結婚式以来会っていないだろう。貴女も会いたかったのではないか?」
「そうですね、会えれば嬉しいですけど……わたくし、家族とはあまり会話が弾まなくて」
「そうなのか?
俺は、貴女と話すのは結構楽しいけどな」
実際、二日に一度はリリアの寝室を訪れており、話し出したら夜半まで語っていることもある。その、殆どが仕事の話ではあるが。
「……マティアス様、今は観客がいないので、そういうこと言わなくて良いんですよ?」
「別に、今のは本音だが。
これはいい感じなのか?」
「ちょっとキュンとしちゃいました」
「こんなことでか。女の子は分からんな」
「マティアス様、おじさんくさい……」
「うるさい」
セットされた頭をかき混ぜる訳にもいかず、額を人差し指でぐいっと押す。きゃあ、と子どものような声でリリアが楽しそうに笑う。
「貴女は、可愛いな」
窓に頬杖をついたまま言うマティアスに、リリアが目をぱちくりさせた。
「妹って、こんな感じなのかな。
姉という生き物は三人とも妖怪なのに」
「妖怪」
「言うなよ」
「言いません。
わたくしもこの歳で未亡人にはなりたくないので」
「よく承知していて結構だ。
今度評判のチョコレートを買ってきてやろう」
わぁい、とリリアは小さな子どものように万歳をした。




