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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第二章 幼な妻のデビュタント
22/109

07



「―――これは、見事だな」


 初夏の青い空の下、自宅の庭園をリリアに案内してもらいながら、マティアスは感嘆の声を上げた。

 薔薇、芍薬、躑躅、トルコ桔梗、ラベンダー……花々が蕾を綻ばせ、白い噴水を中心に緑の通路を色彩良く彩っている。

 見覚えのある花が多いが、中にはマティアスの見たことのない薔薇、見たことのない芍薬が混じっている。


「でしょう!

 ケルビーはすごいんですよ!」


 誇らしげに言って、リリアはマティアスの手を引く。


「この辺りの緑は、暑くなってきたら紫陽花が咲くのだそうです。わたくし、紫陽花は初めてなので楽しみで」


「………ねぇ、マティアスがつっこまないから俺が聞くけど、なんでリリアちゃんモンペ姿なの?

 いや、可愛いけど、今日はデビュタントのドレス姿見られると思ってたのに」


 少し後ろをついてくるアーネストが残念そうにリリアを眺める。


「今日はケルビーが来年の薔薇の苗植えをやらせてくれるっていうので、メイドに借りました」

「ケルビー?」

「庭師の親方です。

 腕のいい人を何人も取りまとめて、この庭園を作っているんですよ。

 あ、彼です」


 リリアの示す方向には大きなガラスハウスがあり、入口で三十代半ばと思われる汚れた男が畏まって立っていた。


「マティアス様、アーネスト、庭師のケルビーです。ケルビー、こちらがわたくしたちの旦那様のマティアス様と、侍従のアーネストです」

「は、はじめまして、ケルビーでございます」


 恐縮しているのか、ケルビーは全く顔を上げないままぺこぺこと何度も頭を下げる。


「ケルビー、マティアス様はとてもお優しい方だから、怖がらなくて大丈夫ですよ。

 さ、苗植えを始めましょう」

「あの、リリア様、その前に、見てほしいものが」


 ケルビーに先導され、三人はガラスハウス横の小屋に向かう。

 表はそれなりに綺麗だが、薄暗い内部は泥で汚れた床に草の生えたプランターが所狭しと置かれていた。肥料の臭いなのか、嗅いだこともない異臭にマティアスは眉を寄せた。

 小屋の奥に進むと、少しずつ明るくなり、取り払われた壁の向こうから土間に日照が照りつけている。


 その手前に、大輪の百合が咲き誇っていた。


 淡い橙色の花弁はバランス良く八重に広がり、縁から中央にかけて白く抜けるようなグラデーションが肉厚の筈の花弁を半透明に錯覚させる。

 少しずつ色味の異なる株が何株も並び、小屋の一角を埋め尽くしている。百合だということは分かるが、マティアスはこんな百合を見たことがなかった。


「すごい……!

 ねぇ、アーネスト、アーネストが見てもすごいですよね?

 綺麗……」


 自分の審美眼に自信がないのか第三者に同意を求めるリリアにアーネストはくすりと笑って、その百合を一輪手折り、リリアの髪に挿した。


「もちろん綺麗だよ。

 リリアちゃんの次くらいに」


「なんと。アーネスト、あなた、わたくしのお株を」

「え? なにその反応」


 目を丸くするリリアに笑って、マティアスはケルビーに問いかける。


「これは、お前が作ったのか?」

「作っ……いえ、作っただなんて、いくつか掛け合わせただけで。

 その、去年咲いたのの中に、リリア様にお似合いのものがあったので、それを増やしてみました。もう三倍くらい育てたんですが、いい感じに咲いたのはこれだけで」


「そうか。屋敷で飾りたいので、少し取りに来させてもいいか?」

「も、もちろんでございます、光栄です!」


「ねえ、ケルビー、この百合はなんという名前なの?」

「名前? 名前は特には……」

「あら、もったいない。こんなに素晴らしいんだから、名前をつけるべきだわ。

『ケルビー百合』とか」


 ケルビーが微妙な顔をする。


「すごいセンスのなさに笑う」

「えっ? そ、そうですか?

 じゃあアーネストならなんてつけますか?」

「俺がつけていいなら考えとくよ」

「ケルビー、アーネストが名前をつけても構わない?」

「光栄でございます」


 ほっとしたような庭師の態度に、リリアは少しむくれて踵を返す。


「じゃあ、薔薇の苗植えに参りましょう。

 今日のメインはそちらですから」



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