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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第二章 幼な妻のデビュタント
21/109

06



 いつも通り書類仕事を抱えてリリアの部屋まで来たが、どんな顔で会えばいいのか決めかねてマティアスは扉の前で二の足を踏む。

 正直今日は来るのをやめようかとも思ったが、先延ばしにしても詮無いことと判断して重い足を叱咤してきた。


 もっとちゃんと話し合え。


 アーネストの言葉を反芻する。

 事実、マティアスはリリアが半年以上外出をしていないことも知らなかった。


(半年……俺だったら気が狂って脱走するな)


 結婚するまでのことは仕方ないにしても、それ以後のことはマティアスが気を配ってやるべきだったのではないか。彼女にはこの王都に、知っている場所もなければ知っている人間もいないのだ。


 意を決してノックしたマティアスを、リリアはいつも通りに部屋に迎えてくれた。



「今日はお疲れでしょうから、いらっしゃらないかと思っていました」


 いつものように紅茶を淹れてくれる。

 アーネストもそうだが、リリアもマティアスよりはよほど上手く紅茶を淹れた。


「…………アーネストが……貴女に、つまらないことを言ったようだが」

「つまらないこと」

「その、俺が……」

「素人童貞の件ですか」


 マティアスは豪快に茶卓に額を打ちつけた。


「……………もう少し、……言葉を濁してくれるとありがたい……」

「すみません、素人童貞の隠喩を存じあげなくて……今度アリーダに聞いておきます」

「勘弁してくれ」


 泣きたい。

 しかしこんな少女に泣かされる訳にはいかない。


「貴女は、女の子なのに、こういう話に本当に衒いがないな……」


 非難されたと思ったのか、リリアがしょんぼりと俯いた。


「責めている訳ではない。

 確認したいことがあるので話せないより全然良い。……俺が今後もこの部屋に来るのは、嫌じゃないか?」


「なぜ?」


「そういう男は気持ち悪いんじゃないのか」


 リリアの頭上に、『?』が乱舞する。

 ……説明、しないといけないのか。


「……軍の女性達は好きでもない女性と行為する男は気持ち悪いと言っているし、男どもには金を出さないと女も抱けないとかモテないとか言われる」

「マティアス様がモテないわけないじゃないですか!」


 リリアが間髪入れずに否定する。


「国王陛下の甥ですよ。

 どんな性格でどんな容姿でもモテるはずです」

「持ち上げて叩き落とすのが上手い」

「はい?」

「なんでもない」


 確かに以前は、マティアスの肩書に魅力を感じているであろう女性からそれなりにアプローチがあった。数年間全く相手にしなかったので、昨今ではだいぶ減っている。


「………貴女が、不愉快でないなら、それでいい」


 はたと気づいたようにリリアが言う。


「そういえば、友人に、世間では性経験がないことを見下す風潮もあると聞いたことがあります。もしかしてプロの女性とは経験に入らなくて、そういうのを気にしてらっしゃるんですか?」

「うん、まあ、そうかな……」

「マティアス様。その友人は経験豊富ですが、こう言ってました。

 排尿器官をケツにぶっ込んだかどうかなんかで、人間の価値は左右されない、と」

「貴女は一度友人関係を見直せ」


 ぐったりと両手で顔を覆うマティアスにリリアは小首を傾ぐ。


「マティアス様は、女性が苦手なのですか」

「アーネストめ、何をどこまで喋ってるんだ……」

「色々です。幼い頃はお姉様方に無理矢理ドレスを着せられて泣いてたとか」

「あとでアーネストの話もたくさん教えてやるから楽しみにしてろ」


 明日会ったらとりあえず殴ろう。


「女性は、必要ないですか?」


 リリアは姿勢を正したまま問う。


 正直、年端もいかない少女とあまりこういう話をしたくない。

 だが彼女は、マティアスの妻なのだ。


「……そういう欲がない訳じゃない。

 でも具体的に誰かを、と考えると気分が悪いし面倒くさい。仕事なり訓練なりして疲れて寝てしまえば済むことだから、もう何年もしてないけど別に困ってない。

 変に気を回さないでいてくれると助かる」


 一番性欲の強かった時期に、見知らぬ女性たちに散々搾り取られた所為もあると思う。子を成す為の務めなら頑張るが、そうでなければ行為自体には虚しさの方が勝ってしまう。


「……わたくし、お誘いのお手紙をたくさん出したりして、怖がらせてしまいましたか? わたくしに気を遣っていつも来てくださってるのでしょうが、お辛くはないですか?」


「貴女はまだ子どもだし、別に怖くはない。

 仕事も進むし、勉強になる。

 珍妙な発想も面白いと思う」

「珍妙」


 リリアが眉を寄せて瞬く。


「……仕事の話ばかりじゃなくて、貴女の話ももっと聞いておくべきだった。俺がいない間、どう過ごしているのか、とか」


 リリアと暮らし始めて一月半。

 頻繁に部屋を訪れるようになってじきに一月が経とうというのに、おそらくたった一日デートしたアーネストの方がリリアに詳しくなっている。

 それはなんだか、癪に触る事実だった。


「わたくしですか?アリーダがきていない時は、アリーダの授業の復習をしたり本を読んだりしてます。あとは最近は、ケルビーに色々教わったり」

「ケルビー?」

「庭師です。植物に関して博識ですごいんですよ。お屋敷のインテリアはわたくしのせいでさんざんですけど、庭園はケルビーが、なんか、こう……いい感じにしてくれてます」

「そういえば忙しくて庭園をしっかり見てないな。今度、貴女が案内してくれるか?」

「もちろんです。

 ―――マティアス様、そのシチュエーションはちょっといい感じなので、今度観客のいるところで披露しましょう」


 リリアは指を口元に添えて、己の名案を誇る。


「それで、薔薇が素敵だねって言ってください。

 そしたらわたくし、マティアス様の方が素敵ですよ、って一輪胸に挿してさしあげます」


「………多分それは逆だ」


 彼女は彼女なりに夫婦ごっこを楽しんでいるようで何よりだ。



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