05
「リリアちゃんが気にしてたから、お前の女性遍歴を軽く教えておいたよ」
演習から帰って早々にアーネストがとんでもないことを報告してきた。
「…………お前」
「あの子は、男は女を求めるものだと知ってる。
お前のことを知らないままずっと迷走されても困るだろ。
夜這いをかけられるならまだしも、どっかから商売女を調達してきかねない」
「だとしても俺に断りもなく」
「お前にプライバシーなんかないんだからしょうがない」
椅子に掛けられた軍服を纏めながら続けるアーネストに、マティアスは奥歯を噛む。
「リリアちゃんは側妃だけど、お前の都合で正妃候補だ。夫の性欲に対処しようとするのは当然だ」
貴族の男とその正妻は、基本的に恋ではなく信頼を深めてゆく関係だ。正妻には家を切り盛りし、夫の不在時には領地を経営するという大仕事がある。夫の恋人に関することもその一環だ。見知らぬところで愛妾を作られたり子どもを作られたりしては財産管理にも差し障るし、正妻としての面目も丸潰れなのである。
弁えた恋人を作り、それをきちんと報告するのが良い夫―――正妻になる令嬢たちはそう教育されて嫁いでくるのである。
「お前が娼館に通ってる様子もないから、彼女なりに子どもを作らずにできる方法を考えてるんだろ」
「リリアはまだ子どもだ。そんな事を気にする必要はない」
「マティアス。そんなことを言ってるのはお前だけだ。結婚したら女性はもう大人だ」
珍しくアーネストの語調が強い。
「六つや八つならともかく、俺なら、あの歳の子を恋人にはしないけど妻として迎えたなら抱く。そうしないのは抱くに堪えないと言っているのと同じだからだ。
ヴォルフ様と争いたくないという理由を知ってるからそれは尊重するけど、このままの関係でいるなら、彼女は十七にもなれば社交界でクラウディア様と同じことを言われるんだぞ」
やんごとなき血筋を絶やす縁起の悪い女、と。
「……それでも仲良くしたいなら、ちゃんともっと話し合え。
お前彼女に事務仕事の相談ばかりしてるんだってな。―――彼女が、王都に来てから半年以上、こないだの茶会以外に屋敷から出たこともないって知ってたか?」
言葉に詰まる。
アーネストの言うことは正しい。
貴族の婚姻は、両家の血をひいた子どもを作るという前提に結ばれる。
リリアは側妃なのでそこまでの責務はなかったはずなのに、マティアスの都合で正妃候補になった今はそうも言っていられなかった。
リリアはマティアスと交わらず離縁することを承諾しているが、王都の社交場を知らずに育った彼女が、あらゆる場面で、子を残し、家を守り、夫を躾ける期待を浴びることを理解しているかは分からなかった。




