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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
第二章 幼な妻のデビュタント
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03(アーネスト視点)



 市場をしばらく散策してから歌劇場に向かう。

 常連のアーネストは入り口の男に口を利いて、午後の演目をとり、リリアを貴賓室に通した。


 中央歌劇場は、国内最大の席数を誇る歌と舞踊と演劇の舞台である。

 チケットは高価で基本的には貴族の娯楽場であり、その中でも特に高貴な人々のために、最大限防音に配慮された貴賓室が備え付けられていた。芸術に触れた心を新鮮なまま、親しい人と気兼ねなく交わし合うため―――表向きはそんな謳い文句である。


「裏向きもあるのですか?」

「あるよぉ、こんなの、悪巧みしてるおっちゃんたちの密談場だよ。

 若しくは、家に女を入れたくない男の休憩所」


 なるほど、とロングソファに座って豪奢な部屋を見回すリリア嬢に、備え付けの水差しからグラスに水を注ぐ。透明な氷がカランと鳴って、仄かにレモンの香りがした。


「市場、あんまり興味なかった?」

「いいえ、とても興味深かったです」

「そう?

 何か欲しいものがあれば買ってあげたのに、リリアちゃんずっとテンション低いんだもん」


「そんなことないです。

 お屋敷から出たのも初めてですし、色々見聞きできて本当に興味深かったです。連れてきてくれてありがとうございます」

「ならいいけど」


「本屋にも寄っていただいたのに、いいテキストが見つからなかったのは残念ですが」

「俺は本屋のおっちゃんにエロの指南書を要求するお姫様のせいで冷や汗をかいたよ」

「すみません。淑女がそう言うことを言わないのは勉強しましたが、普通の女も言っちゃダメなんですね」


 アーネストが差し出したグラスを受け取って、リリアはしょんぼり言う。

 そんなことはどこでも当たり前だと思っていたが、アルムベルクでは違うのだろうか。女の子がおおっぴらに猥談をする土地なんかあったら、もっと男どもの間で有名になりそうなものだが。


「そういうの興味あるの?」


 ソファテーブルの向かいに腰掛けて、アーネストは自分のグラスにも水を注ぐ。


「マティアス様にどうして差し上げればよいのか分からなくて……輿入れが決まった時に、大まかには友人に聞いてきたのですけど、……その、友人の欲目というか、リリアは可愛いから相手に任せておけば良いって」


 リリアは恥ずかしそうに頬に手をあてた。


「アレクシスが、可愛い可愛いって言ってくれるので、わたくしもそんなものかと………思い上がってしまって、お恥ずかしいです」

「ちょっと待ってそれ男?」

「アレクシスは男ですね」

「恋人?」

「違いますよ」


 そう言われれば名前が違う。


 以前カロリーナが言っていたリリア嬢の想い人は、もっと古風な名前だった。


「……リリアちゃんは、向こうに好きな人はいなかったの?」

「いませんでした」


 本当か嘘か見分けがつかない。


 しかし、輿入れの際に、友人から銀細工のロケットペンダントを渡されているのを王弟家の使用人が目撃している。

 その友人は『リリアの大好きなルキウス様の肖像画を入れといたから、大事にしてね』とリリアに別れの抱擁をしていたらしい。



(なに、考えてるのかよく分かんないんだよなぁ、この子)


 アーネストは向かいの席を立ち、リリアの側へ回った。隣に腰掛け、リリアの薄い肩を軽く押す。簡単に倒れた華奢な体を豪華なフリンジのあしらわれたクッションに押さえつける。シルバーブロンドの髪がさらりと落ちた。


「………君くらい賢かったら、防音に配慮された部屋に男と二人で入るって、どういうことか分かってるよね?」


 アーネストは触れ合いそうなほど額を近づけて、低い声で囁く。


「リリアちゃんの興味あること、俺が教えてあげようか」


 リリアは眉ひとつ動かさずにアーネストを見ていた。


「マティアス様が、アーネストに教わるように仰ったんですか?」

「あいつはそんな事言わない」

「じゃあ、だめです」


 だめと言いながらも抵抗する素振りもない。


 少し脅かしてみたくなって親指で唇を撫でてみたが、特に反応はなかった。


「……怖くないの?」

「怖くないですよ」


 言い切られると少々複雑である。


「マティアス様が、マティアス様のいない時はアーネストを信じてればいいって仰ってました。

 だから、アーネストがわたくしに手を出すなら、何か必要があってのことと思います」


「うっわぁ」


 アーネストはリリアを押さえていた手を放し、お手上げのポーズをとる。

 全幅の信頼に居心地が悪い。


 年上の男相手にあまりにも無防備にそういう話を持ちかけるので、もしかして何も分かっていないのかとも思ったが、そんな感じもしない。

 思春期にある性への興味のようなものも感じない。

 おそらくリリアは、色々なことをよく知っていて、しかし全く興味がないのだ。だから、それについての羞恥がよく分かっていない。


(淑女教育って大事なんだなあ)


 社交界でこのノリで喋られては頭のおかしい女の烙印を押されるのが目に見えている。


「……リリアちゃん、お嫁さんだからって無理にマティアスの相手しなくてもいいんだよ?

 あいつは多分十六歳未満には手を出さない」


 ヴィリテ王国では、十六歳は女性の成人の年齢である。


「でも、わたくしが軽率な設定を持ち出したせいで、マティアス様は愛妾も作りにくいでしょうし、お忙しそうで娼館にいらっしゃる様子もなくて」

「今は子どもを作りたくないから良いんだって」

「王都なんですから、ちゃんとそういう契約をしてくれる女性がたくさんいらっしゃるでしょう?」


 すごい、どこまで耳年増なんだこの子。


「アーネストに頼めば、そういった女性を手配してもらえますか?」

「マティアスに殺されちゃうからヤダ」


 アーネストはマティアスの侍従兼護衛であるが、真面目に戦えばマティアスに秒殺される。日々の政務の合間にも訓練を欠かさないあの脳筋は、剣技もずば抜けていれば肉弾戦も得意なのである。


「そうですか……マティアス様は艶福家なのに、わたくし、申し訳なくて」

「待ってそれ初耳なんだけど」


「そうなんですか?

 輿入れが決まった時に心配して友人が噂を集めてくれて、マティアス様と侍従のビュッセル伯爵令息は、豊満な女性がお好みで、取っ替え引っ替え大変お盛んだと」


「えぇえ……? 俺も? とんだ風評被害だな。

 マティアスは、どっちかと言えば女性は苦手だよ」

「アーネストの噂もデマですか?」

「デマだよ。

 俺はたおやかな女性も大好き」

「なぜ、そんなデマが出回ってしまったのでしょう」


 アーネストには、思い当たることがないではなかった。


「……マティアスは嫌がるだろうけど、教えておこうかなぁ」


 ソファに倒されたまま不思議そうに首を傾げるリリアを手を取って引き起こす。

 どっから説明しようかな、と呟いてから、アーネストは昔語りを始めた。



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