01(アーネスト視点)
「おはようございますマティアス様。
昨日お姉様方から伺ったのですが、『本番なしでも大満足』というテキストが婦人の間で人気らしく、是非わたくしも取り寄せたいと」
「却下だ」
朝の挨拶もそこそこに下ネタをぶっこんでくる可憐な少女は、縁あって先月アーネストの主人マティアスに嫁いできたリリア嬢である。
マティアスがリリア以外のパートナーを選ぼうとしないため、今後の社交場には正式に彼女が同伴することになった。
女の噂の少ないマティアスが入れ込んでいるということで、暇を持て余す三人の暴君――マティアスの姉君たちの興味を引いてしまったらしく、リリアは昨日、姉君の友人を集めた茶会に参加していた。
「あの妖怪ども、いったい何を吹き込んでるんだ……」
爆笑するアーネストを睨みながら、マティアスが忌々しげに舌を打つ。
「おつかれさまだったねリリアちゃん。
マーリンが、躾の良い可愛い子だったって言ってたよ。他の令嬢の評価もだいたいそんな感じみたい」
「良かったです」
マーリンはアーネストの妹で、マティアスにとっては一番末の従妹だ。
「アーネスト、お前は人の妻をちゃん付で呼ぶな」
「本人が良いって言ってるのに、旦那は狭量で嫌だねぇ……
リリアちゃん、その本俺が手配してあげようか」
「怒るぞ」
夫の怒りにリリアが萎れる。
「ありがとうございますアーネスト。
マティアス様がお望みでないなら、別のテキストを探します」
「やめろ」
「仲、良くなったなぁ」
遠慮がなくなってきた会話に、アーネストは腹を抱えて笑った。
「そういえばマティアス、今日のこともう言ったのか?」
「いや、まだ……」
首を傾いで言葉を待つリリアに、マティアスがしどろもどろに続ける。
「その、今日はオフだからどこかへ連れて行くと言ったが……急用が入ったので、延期させてもらいたい」
「はい」
「マティアス、言葉を濁すなよ。ちゃんと説明して怒られろ」
「………軍の演習に誘われたので参加したい。
貴女との約束が先だったのに、申し訳ない……」
「かまいません」
リリアが微塵も落胆しないことに、マティアスが複雑な顔をした。自分とのデートを楽しみにしてもらえなくてガッカリしてるなら良いことだ。
マティアスは元々身内と判定した人間には甘く、リリアと過ごすこともそれなりに楽しそうである。
(リリアちゃんの方が、どう思ってるのかいまいち分かんないんだよなぁ……)
「アーネスト?どうかしましたか?」
「うーん、マティアスが一日軍事演習に参加するなら、俺、一緒にいなくてもいいかなって……
リリアちゃん、街にお忍びに連れてってあげよっか?」




