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王甥殿下の幼な妻  作者: 花鶏
おまけ
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王甥殿下の侍従選び 05



 アーネストがマティアスの屋敷に入って一週間が経った。


 本日の社交場のお付きを終えればやっとお役御免である。本来なら肩肘を張って模範的な侍従を目指すべきなのだろうが、アーネストは心の底から落選したいので、概ね普段通りに過ごしていた。


 初日に話ができたおかげか、マティアスとは五年のブランクがあった割には気安い態度で過ごせている。

 子どもの頃に世話になっていた使用人たちからは、マティアス殿下の隣にいるのはやはりアーネストだと贔屓目の評価を受けていた。彼らは、子どもの頃のアーネストの、正義感が強いだとか思い遣りがあるだとかの評価は、本当はマティアスのお株だったことに多分気づいていない。

 だいたい、子ども時代を過ごした屋敷で何のプレッシャーもなく過ごす自分と、初めて入る王族の屋敷で将来を賭けた試験を受けている他の候補者を比べるのは流石に酷だと思う。

 もっとも、昔を知らない新しい使用人たちには、アーネストはあまりにも不敬であると頗る評判が悪かった。アーネストにしてみれば彼らの声に大いに賛同し、今日の社交場を最後に縁を切りたいものである。



 社交会には有力な貴族が主催するものと、王宮のサロンで定期的に開催されるものがある。王室に戻りたてのマティアスは王宮のサロンで開かれるものには一通り参加を命じられている。今回は四半期に一度の大規模な社交会であり、マティアスが王室に戻ってきたことがお披露目される予定だ。

 アーネストはいつも社交場に行く時はそれなりに洒落た服を選んでおり、侍従の服装で参加するのは五年ぶりだ。昔はお洒落ができない立場がつまらないと思っていたが、大人になった今はあまり考えなくて良いのも楽で悪くないと気づく。

 せっかくなので王甥殿下を愉快に飾ってやろうと思ったのに、マティアスは格式は高いが地味な衣装しか持っていなかった。何着か勝手に発注しておいたので、来月にはあの地味を極めたクローゼットも多少華やかになるだろう。


 定刻になり、サロンに楽団の音楽が流れ始める。


「失礼いたします。アーネスト・ビュッセル様でいらっしゃいますね」


 貴族との挨拶に追われるマティアスと離れてうろうろしていると、サロンの使用人が声をかけてきた。


「はい。何か御用ですか?」


 本来伯爵家の子息であるアーネストがサロンの使用人に敬語を使うものではないが、侍従とはそういうものだ。アーネストは幼少期の経験から慣れていたが、他の三人はこの切り替えに苦労したと言っていた。


「ある女性が、貴方さまをお呼びです。ご案内いたしますので、こちらへ」

「申し訳ありませんが今は勤務中です」

「えっ」


 先日世話になったレーゼル公爵にマティアスから早めに礼を言わせなければならない。先程からあちこち見て回っているが遅れているのか見当たらないのだ。


「いや、でも、女性が……」


 女性の誘いは基本的に断らないことで噂のビュッセル伯爵令息にまさかの拒否をされて、使用人が困惑の表情を浮かべる。


 そんな顔されても、勤務中なのだ。

 俺だって話したことあるかないかのおっちゃんより可愛い女の子とおしゃべりしたい。


「えっと、あの……可愛い女の子ですよ!?」

「女の子はみんな可愛いだろ」


 なんとかアーネストを釣ろうとする使用人は、冷ややかな視線を受けて縮こまった。


「ですが、その、マティアス殿下の侍従を連れてくるようにと……」


 使用人の言葉にアーネストは怪訝な顔を作る。マティアスに用事ならマティアスに声をかければ良い。わざわざ侍従に知らせるのは、所縁の薄い人間のやり方だ。


「女性の名前と身分を教えてください」

「……あの、すみません、分かりません」

「名前も身分も分からない人間を殿下に繋ごうとしないでいただきたい」

「……申し訳ありません。ビュッセル様なら、女の子だったら来てくださると思って確認を怠りました……」


 使用人はしょんぼりと俯く。

 まあ確かに個人的に参加してる社交会でなら誘ってくる女の子の名前や身分を気にしたりはしないが。仕事中でもそんなことをするアホだと思われてるのか。別に良いけど。


 王宮のサロンの使用人は声をかければ概ねの対応はしてくれる。使用人には使用人の階級があり、制服を見ればそれは一目瞭然だ。上位の使用人であれば参加者の顔くらいは把握している。王族への繋ぎをこんな下っ端使用人に頼むのは社交会慣れしていない人間だ。

 これは、この使用人ではなく、依頼した人物が悪い。

 相手が分からない以上無下にもできず、アーネストは使用人の後を付いて行った。



 休憩室が並ぶ廊下を進む。誰でも自由に使える休憩室には扉がないので、示された小部屋の入口で柱をノックする。

 若い女性の声で許可を出されて室内を覗くと、窓際で豪奢なドレスの令嬢が一人で佇んでいた。歳の頃は二十歳前後だろう。記憶を辿るが顔に覚えがない。

 アーネストは女の子の名前は良く覚えている方だが、それは平民や使用人であっても覚えているという質のもので、話したこともない貴族令嬢を網羅しているような質のものではない。


 念の為に扉を開けたまま入り口で挨拶し、礼をとる。

 令嬢は自分で呼び出したアーネストを不審者を見るような目で睨んだ。


「―――貴方、なに?

 わたくしはマティアス殿下の侍従を呼んだはずよ」

「俺がその侍従です」

「嘘、殿下の侍従はプラチナブロンドの、もっと品の良い男のはずよ!」


 初対面の相手に酷い言われようだ。

 プラチナブロンドの品の良い侍従と言うと、おそらくハインツのことだ。


「殿下の侍従は現在選定中で、交代で務めております。

 俺はビュッセル伯爵家のアーネストです。失礼ですが、レディのお名前をうかがってもよろしいですか」

「うそ、公爵家の人間だって聞いたから……」


 嫌悪感を隠そうともせず、彼女はアーネストの誰何を無視して苛々と爪を噛む。


「公爵家であの顔なら、まあ良いかって思ったのに……

 でもまあ良いわ、伯爵家ならなんとでも言うこと聞かせられるし」


 なんだか怖い事を言っている。


 恐らく彼女は高位貴族の令嬢なのだろう。

 確かに上下関係の厳しい貴族社会で爵位が上の者に逆らうことは珍しい。ただそれはあくまで建前であって、実質的には爵位に商業活動への影響力が加味される。多くの産業の重鎮であるビュッセル伯爵家に不遜な態度をとる貴族は殆どいなかった。

 教育されるか余程空気を読めなければ知りようのないことであり、年若い貴族たちの一部はそういった相手に高圧的な態度をとり、教育の不十分な家として周囲に覚えられていくのである。


 とにかくどこの誰だかを教えてもらえないと対応のしようがないな、と考えていると、令嬢は突然自分の衣装をはだけさせ、劈くような悲鳴をあげて廊下に出た。


「誰か来て!

 この、男が、わたくしを無理矢理部屋に連れ込もうとしたの!」



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