王甥殿下の侍従選び 04
「お前、国中の女の子たちのアイドルのくせに、なんでそんな自信がないんだ」
「……あんなのは、血筋だけのものだ。俺に憧れてると言う女性のうち、会ったことがある人が何人いるんだ」
投げやりな言い様にアーネストは顔を顰める。
確かにマティアスに憧れている女性たちは貴族の令嬢も含め個人的な交流はない。王甥という身分、そこそこ見られる容姿、鍛えた身体と軍で実力を認められていた強さだけで多くの女性が盛り上がるのには十分だ。気難しい王太子のお気に入りというのもそれに拍車をかけている。
王弟家に戻ってきたからには、これから肩書き目当ての縁談が押し寄せるだろう。確かに個人としての自分の価値は見失いやすい状況かもしれない。
それにしたって、自己評価が低すぎやしないか。
まあ女の子のアイドルは虚像かもしれないが、軍に入りたての小僧たちから貰っているらしい黄色い声は実力なんじゃないのか。
暫く口を引き結んでいたマティアスは、俯いたまま暗い声で訥々と話しだした。
「……軍の中でも俺は階級が上がるのが早くて、裏ではずっと身分のおかげだと言われていた。そして身分のせいで戦場に出してもらえないから、あれ以上いくら頑張っても頭打ちだった。
下から登っていつか、現場を識る将軍になるのが夢だった。ついそんなことをこぼしていたら、世話になってた中将に、将軍職が欲しいなら早く王家に帰って陛下にねだれと言われた」
「……そりゃ、きっついな」
「………去年は、恋人が、いたんだ」
「へぇ」
「軍に出入りしてた商家の令嬢で、俺の身分も知らないのに好きだと言ってくれて、―――俺は、母上をどう説得しようか悩んでいた」
「平民と結婚する気だったのか」
「それが、突然避けられるようになって理由を聞いたら、閨教育を嫌がる俺のために母上の用意した女優だった」
「うげ」
「いち軍人の俺を、好いてもらえたのだと思って、嬉しかった。―――とんだ思い上がりだ。
俺が、血筋以外に持ってるものって、なんだ」
思っていたより気の毒な事態だった。
「よく大人しく閨教育を続けてるな」
「……嫁いでくる女性のために、必要だと言われたから」
ふとハインツの引継ぎを思い出す。突然女性に腕を掴まれて、咄嗟に転ばせる勢いで振り払ったと言っていた。
………ちょっと、ギリギリなんじゃないか?
イリッカは昔から子どもたちのことは可愛がっているが、正直あまり可愛がることが上手くない。例えるなら、腹が減ったと泣く赤子に牛を一頭丸焼きにするようなところがある。目を配るタイプでもないので、マティアスのこの状況を分かっていない気がする。
「もう十分だろ。つらいなら断れよ」
「気休めを言うな。十分な訳がないだろう。
こんな香に頼らないとできないんだから、だめなことは分かっている……」
「そんなの別に、全然だめじゃない」
アーネストの言葉にマティアスは顔をあげ、縋るような疑るような視線を向けてくる。
「お前には情のない閨事が向いてないってだけだろ。夫婦になればコミュニケーションのひとつだ」
「初対面の女性とのコミュニケーションなんて、尚更無理だ」
「初対面で無理なら時間をかければ良いだけだ。
別に初夜にできなかったら罰があるわけでもなし、相手のことと同じように自分の気持ちも尊重しろ。嫌々抱くなんてそれこそ相手に失礼だ」
「…………………そう、だろうか」
「ちゃんと相手を見て、大事にしてあげれば大丈夫だ。それで駄目なら相性なんだから、こんな練習したってそれこそ無駄だ。
他の人間関係だって、多少王族らしくなかろうが、そういうキャラだと定着すれば周りもそんなもんだと受け入れるようになる。子どもの頃とは違う」
子どもの頃のマティアスは身内の間では可愛いがられていたが、外の人付き合いが上手くできていなかった。
すぐに相手に寄り添おうとする優しい子どもは、上下関係の厳しい貴族社会のほぼ頂点という立場を持て余していた。軽率に手を差し伸べては毎度相手を恐縮させ、あとからイリッカやアリーダに叱られる。そしてアーネストと二人になると自分は王族に相応しくないと膝を抱えてしょげていた。
いつからか見かねたアーネストが代わりに動き、ちまちまと主人の名前を出さずに親切代行をしていた。当人よりもやり方もスマートなこともあって少年時代のアーネストはいつの間にか貴族社会でも市井でも微妙に評判を上げた。王家の名前を出せば親切をねだる人が湧いてでてくると思ったからだが、手柄を横取りされたマティアスは毎回嬉しそうにアーネストを称賛した。
この叱られてばかりの主人は、自分が人を助けることではなく、評価されることでもなく、困っている人が助かることを喜ぶのだと、子ども心に驚いたのを覚えている。
「…………よく分からない」
「自分の苦手を自覚して、フォローしてくれる味方を作れ。男も女も、身分じゃなくお前と仲良くしたいやつは絶対いる」
「……………そうかな」
「そうだよ。大丈夫だ」
マティアスはアーネストの言葉を咀嚼するように黙り込む。
暫く静かに待っていると、拳で眉間を擦ってから俯いていた顔をあげた。
初めて緊張が解けたように眉を下げて笑う。
「……ありがとう。
お前は、大人だな」
「世間知らずのお前よりはな。
落ち着いたんなら、いい加減ぱんつくらい履けよ」
吐き捨てるようにそう言うと、マティアスは素直にサイドテーブルの着替えに手を伸ばし、身につけ始めた。
「女性に二股かけてるとか、そんな噂ばかり聞くから、変わってしまったのかと思っていた」
「二股ってのはデマだな」
「うん。疑ってすまなかった」
「今は恋人は三人いる」
「うん?」
「こないだ一人増えたから三人になった」
「三人」
マティアスは目を瞬く。
「三人とも側室にするのか? 正室も決まってないのに三人は多くないか?」
「結婚までは考えてないな」
「………それは、女の敵というやつでは」
「なんで」
「なんで……いや、なんでって……遊びで女性に手を出すのは、良くない」
「遊びって、身体目的って意味か? 俺は身体だけが目的で恋人を作ったことはない」
「…………?
遊びじゃないのに? 三人?
……その、でも、相手はそれを知ったら傷つくのでは」
「皆知ってる。子どもじゃあるまいし、傷つくから恋をしないのも、傷ついても恋をするのも彼女たちの選択だ」
「……恋は、するとかしないとか、選択できるようなものじゃないだろう」
「だからお前のねちっこい初恋みたいなのと一緒にするなっての。彼女たちが傷つくってのも、お前の勝手な決めつけだ」
アーネストの呆れた溜め息に、マティアスが眉を寄せる。
軽蔑されたかもしれない。
だがアーネストにはマティアスの評価を得る為に己を偽る理由も特にない。
そういえばアーネストが侍従になることに否定的なことでは一致しているのだった。少々残念ではあるが、このまま嫌われてしまうのもありだ。
生真面目なこの従弟はきっと、女性を迎えたならその人だけを大切にするのだろう。おそらく本人が心配しているようなことにはならない。
そんなことより結婚した後に別の女性にねちっこい恋をした場合の方が余程憂慮すべき事態だとアーネストは思ったが、まあそれも今から心配しても詮無いことだ。
他事で忙しいため、話の途中ですが次の更新まで間が開きます。




