王甥殿下の侍従選び 02
アーネストが父親から聞いた話では、王甥の侍従候補として呼ばれた他の三人は文武ともに秀でた若者で、家に置いておいても家督争いの種になるので王都に出されたという気の毒な背景を背負っている。きっと王家の侍従という立場には積極的だろう。
やる気のなさには自信のあるアーネストは競争率を下げるというささやかな善行に満足していた。
顔合わせから三週間後、翌日からマティアスの侍従を交代するアーネストは業務の引継ぎをするために王弟家に来ていた。
ハインツ・タルナートはヴォルフ王太子とマティアスの再従兄弟にあたる。三男であった祖父が王家を出る時に西部のタルナート領を賜り、公爵位を得た。ハインツも大学に在籍していた期間以外は、王都に来るのはたまの社交場に顔を出す時くらいで、アーネストも顔を知っている程度だ。
執務室のひとつで、事前に貰った資料と変更事項を突き合わせ、ハインツは丁寧に注意事項を説明した。
「変更された予定はこれだけだ。
あと、一昨日の社交場でヴァイザー子爵の動力水車の見学に誘われた。この辺の判断は僕たちじゃ難しいから、執事長にお願いしてある」
「承知しました」
「あー、あとね、一昨日の社交場で侯爵家のお嬢さんとちょっと揉めちゃって……主催のレーゼル公爵にとりなしてもらった。今日お礼の品物は届くはずだけど、今週の式典でもお会いすると思うから……レーゼル公爵は知ってるんだっけ?」
「分かります。見つけたら殿下にお礼を言っていただきます。ご令嬢のフォローはよろしいんですか」
「うーん……僕は、いいと思うけど」
少し言い難そうにしたハインツは、逆にアーネストに質問してきた。
「………殿下は、エッダ・ローヴァイン侯爵令嬢とは、仲が悪いの?」
「いや、知りません」
ハインツがきょとんと目を開く。
「アーネストは、殿下と親しいでしょ?」
「はぁ、昔はそうだったかもしれませんが、ちゃんと話すのは五年振りですし」
「侍従辞めてから、話もしてないの?」
「殿下はずっと軍の宿舎においででしたし」
「あ、そっか、軍宿舎だと会えないねぇ。でも手紙とか」
「男と文を交わす趣味はありません」
そういえば当初は何通かマティアスから手紙が来ていた。男に手紙を書く気になれなくて暫く放っておいたらそのまま失念した。
それを言うとハインツは呆れたようにあんぐりと口を開けた。
「君、ひどいな」
「男からの用件もない手紙なんか、読んだだけでも快挙でしょう」
「ひどいな」
「で、その令嬢と何があったんですか?」
ローヴァイン侯爵家の令嬢。確か、侯爵が甘やかしすぎて育ててしまい、何かを勘違いしたまま社交界に放たれたというある意味気の毒な令嬢だ。
「殿下が手を振り払った拍子に豪快に転んでしまって。けっこう人もいたし、恥をかかされたってかなり怒ってた」
「………へぇ」
マティアスが人の手を転ばせる勢いで振り払うというのは意外だ。やはり以前の可愛かった従弟とは違う人間なのか。それは少し残念な気がする。
「謝っておかなくていいんですか」
「家に招かれたのを断ったのに、殿下の腕を掴んできたから……謝るのもおかしいと思う。
寧ろ不敬を問うところだけど、殿下は必要ないって仰ってた。
こう、つい反射的に振り払ったように見えたから、嫌いなのかなって」
右腕で再現するように腕を振るハインツ。
アーネストの知っているマティアスは自分の好き嫌いは押し込める質だったので、それを汲んでくれようとするハインツはマティアスの侍従に合っていると思う。
「姉君たちに踏み潰されて育ったので、昔から少し女の子が苦手な感じはありますけどね」
「ああ………王弟家の女性は強いので有名だもんね。
でも女の子嫌いな訳じゃないんじゃない?
週に何回か、きれいなお姉さんを呼んでるし」
「………へぇ?」
「先週もいたらしいよ。
先週担当してたダニエルがお姉さんが帰ってすぐに入室しちゃったら随分不機嫌だったらしいから、アーネストも気をつけて」
「………はい」
プロのお姉さんを、買うようになったのか。
あのかちかち石頭のマティアスが。
まあ思春期に男だらけの軍で揉まれていればそうもなるか。なんだか感慨深い。
「競争相手なのに、丁寧な引継ぎをありがとうございました」
「え? 競争相手だと思ってたの?」
しまった。こちとらただのコネだった。
「すみません。身の程を弁えない言葉でした」
「いや、今回選ばれるの、君でしょ?」
「はい?」
「僕らは今回は為人を見られるためだけに呼ばれたと思ってるけど。―――違うの?」
ハインツは窓際に控える執事を振り向いて質問を投げる。
執事は表情を動かすことなく返答する。
「是とも否ともお答えいたしかねます」
「まぁ、だよねぇ」
はは、と軽く笑ってハインツはアーネストに向き直る。不可解な顔をするアーネストに右手を差し出して穏やかに言った。
「今回呼んでいただけたということは、今後何かで呼ばれることがあるって期待はしてるんだ。だから、アーネストとも仲良くしときたいな」
「…………恐縮です」
アーネストは眉を寄せたままその右手を握り返した。
ハインツが退出してから、後ろで控えていた執事が補足の説明をする。引継ぎまでが採点内容なのだろう。ほんとに面倒くさい。
「………俺が内定だなんて話になってるんですか」
「お答えいたしかねます」
笑顔を崩さない執事は同じ返答を繰り返した。
冗談じゃないぞ。
 




