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池田 和美の桃太郎・第五話  作者: 池田 和美
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桃太郎・帝国の逆襲|(のはずがない)

 池田 和美の桃太郎・第五話



 トメタマの山に広がる栄楠狩場にて(折ってしまいましたが)どのような化け物でも切り払うという『伝説の剣』を手に入れた桃三四郎は、仏さまの導きに従って、ひたすら西へと向かいました。

 野宿を途中に挟み、道は一旦下り、そして小さな峠を越えると、目の前に眺望が開けました。

「海だ!」

 山の同じ様な景色を見飽きていた三人の前に、見事な景色が広がっていました。

 青い水平線に白い砂浜。ポツポツと生えているのは松でしょうか?

 歩いてきた道も、その浜の方へと下っていき、やがて遠くに見える港町まで繋がっているようでした。

「うみだうみだうみだ~」

 山道をただ歩くという行為は、飽きっぽい猫の性格にはつらいものがあったのでしょう。ニウは、はしゃぎながら先を駆け下りていきました。

「あまりはしゃぐと転びますよ」

 桃三四郎の忠告も耳に届かないようでした。

「人里を見ると安心しますね」

 マツバも表情を緩めました。

「マツバどのは、どこまで行かれるか?」

 桃三四郎は遠くに見える煮炊きをしているであろう港から立ちのぼる煙を眺めて訊ねました。

「里を出て近隣までという約束であったが、随分と一緒に来てしまった」

「まあ、わたしが落ち着いて暮らせそうな場所まで、ということでいかがですか」

 心配そうな顔をする桃三四郎に、マツバは笑顔で答えました。

「おい、おまえら。遅いぞ~」

 駆けていったはずのニウが戻ってくると、桃三四郎の手を引きました。

「三四郎。第一村人発見」

「そうか。人がいれば黍団子以外の物が食せるかもしれんな」

 お婆さんの作ってくれた黍団子もおいしいのですが、こう続くといいかげん食べ飽きる頃でした。

「ニウどの。下り坂で引っ張ったら危ないですよ」

 目くじらを立てるマツバに、機嫌が良くなったニウはカラカラと笑ってこたえました。

「固いこと言うなよ。こっちこっち」

 道は一本しか延びていないのに、ニウは桃三四郎の手を引いて案内を始めました。

 程なくして三人は浜に辿り着きました。使用しない漁網などがそこかしこに干してあるところを見ると、近くに漁師が住んでいるようです。

 白い砂浜にはどこかの庭園を模したとばかりに小さな岩場が存在し、そのまわりで子供たちが大騒ぎをしているようでした。

「あれあれ」

 ニウは元気に遊んでいるように見える子供たちを指差しました。

「あれは…」

 マツバが声を失いました。見ると子供たちは、岩場に横たわる何者かに石を投げつけているようなのです。的にされている者は、腕を交差させて頭部を庇っているようにも見えました。

「行ってみましょう」

 桃三四郎が促し、三人は子供たちが騒いでいる岩場に近づきました。

 岩場に横たわっていた者は、上半身が人間、下半身が魚という姿をしていました。もちろん人間ではありません。

「これこれ」

 桃三四郎は今まさに新たな石を投げようとしていた子供の手を取って止めました。

「なにすんだよ、あんちゃん」

「なにをするでない。相手が化け物でも、石打ちにしていいという事はない。それとも、この者がなにか悪さをしたのか?」

「まだ何もしてないけど、化け物だからその内なにかするに決まってるよ」

 子供たちの中で一番年長らしい男の子が生意気に言い返してきました。その言葉にニウが荒い息を吐きました。

 彼女だって猫の物の怪です。同じ理由で石を投げつけられるのでは、たまったものではありません。

「お、おとうちゃん呼んでくるぞ」

 怒ったニウを見ただけで、子供たちの腰が引けました。

「おとうちゃんは片足を食いちぎられても、あの白い鯨をやっつけた強者なんだぞ」

「それはなんと頼もしい父ちゃんだな、親孝行するのだぞ」

 桃三四郎は虚勢で胸を張る男の子に微笑んでしまいました。

「そ、それに。よそ者のおまえらに、この土地のことが判るか。あいつを逃がして悪さをされるのはオイラたちなんだぞ」

「ん~。どうしたら、あの者を見逃してくれるのだ?」

 桃三四郎の質問に、男の子たちの目に怯え以外の光が差しました。

「この浜に上がった物はおれら漁師の物だ。それなりの代金を払ってくれたら譲るよ」

「代金か」

 それが一番の問題でした。桃三四郎はこれといって持ち合わせが無いのです。ニウも野良猫生活なのでそういった類の物とは無縁だし、マツバは里を出るときに幾ばくかの物を持ち出していたようですが、ここで彼女に頼るのも問題があるように思えました。

「これといった物を持っていないのだが…。そうだ、この黍団子でどうだ?」

「き、きびだんご!」

 桃三四郎が黍団子を取り出そうとしただけで、男の子たちは表情を一変させ、彼の周りから飛び退りました。

「お、おまえ」

 話し相手だった男の子が、震える指で桃三四郎を指差しました。

「まさか、鬼ヶ島に?」

「ああ、そうだが?」

 なにを恐れているのか判らずに、桃三四郎はうなずきました。その途端に、蜘蛛の子を散らすように男の子たちは逃げ出しました。

「にげろ!」

「おたすけ!」

「つかまったら、鬼退治に連れて行かれるぞ!」

「帰って来れないぞ!」

 その男の子たちの反応で、桃三四郎は前任者たちの中で、お供を見つけられなかった者たちが、ここら辺で何をしたか悟ったのでした。

 あっという間に男の子たちは姿を消して、浜には桃三四郎たち三人と、石を投げつけられていた者が残されました。

「ジュゴン?」

 相手を見てニウがつぶやいくと、

「マナティでないのか?」

 マツバが確認するように聞きかえしました。

「普通に人魚でしょう。話しを訊いてみましょう」

 桃三四郎はだいぶ太めに見える相手にも偏見を持たずに、近づこうとしました。

「きゃあああああ」

 人魚と思える者は、桃三四郎が踏み出しただけで悲鳴を上げて顔を覆ってしまいました。

「どうしたことだ?」

 そのあまりの悲鳴に、一歩だけ踏み出した姿勢のままで硬直した桃三四郎は自問するようにつぶやきました。

「あのような目に遇った直後に、男の方が近づくのには抵抗があるのだろう。どれ、わたしが」

 マツバが慰めるように桃三四郎へ声をかけると、一歩踏み出しました。彼女が身に纏っていた具足が、それだけでガシャリと鳴りました。

「きゃあああああ」

 どうやら厚い鎧を身に纏ったマツバにも抵抗があるようでした。

「人魚どの」

 このままではらちが明かないと、桃三四郎は声を張り上げました。

「わたしたちは話しがしたいだけなのです。どうか近づくことを許してください」

 桃三四郎の言葉に、不安そうな表情を崩さない人魚。再び桃三四郎が踏み出そうとすると、首を横に振るのでした。

 仕方なさそうにマツバを見ると、桃三四郎の意を得たとばかりに彼女が近づこうとしました。

 人魚の首は再び横に振られました。

 桃三四郎、マツバ、そして人魚の視線が、もう一人の者に向けられました。

「あたし?」

 不思議そうに自分を指差すニウに、三人が何度もうなずいたのです。

「別にいいけど、あたしだって猫だよ。魚に猫はまずいんじゃないのかねえ」

 ブツブツそう言いながらニウは岩場で横になっている人魚のところまで近づいていきました。

 なにやら口を開くが、遠くにいる桃三四郎やマツバどころか、近づいたニウにすら聞き取れませんでした。

「はい? もうちょっと大きな声で話してよ」

 ニウは頭の猫耳を人魚の口に近づけました。人魚は両手で口元を覆って、まるで内緒話をするように何事かを囁きました。

「『危ないところ助けていただき、まことにありがとうございます』だって」

「わたしは鬼ヶ島へ鬼退治に向かう途中の、桃三四郎と申す者です。もしよろしければ、名前を教えていただけないでしょうか? 人魚どの」

 遠くからの桃三四郎の問いに、再びニウへ囁く人魚。

「なになに? 『わたしの名前はトラ…』じゃないの???」

 一回名乗って訂正したらしく、首を横に振って言い直したようでした。

「『わたしはウルメ。娘鰯のウルメという者です』」

「イワシムスメどのは、なぜ陸に上がられた? ここはあなたたちの世界では無いと思われるのだが」

 ウルメは首を横に振り、またニウへ囁きました。

「『イワシムスメではありません。ムスメイワシです』だってさ。どうやら間違えるなって言いたいらしいぞ」

「???」

「ええと? 『よく間違われるのですが、わたしたちは人魚族と、魚人族は正反対の姿をしています。人魚族は上半身があなたたちと同じ姿を、魚人族は逆に下半身があなたたちと同じ姿をしています』だって」

 人魚。人=娘。魚=鰯。よって彼女は娘鰯となるようでした。

「というと、夜のお供には魚人族のほうが適任なんだな」

 ニウの感想に、ウルメは顔を赤くしてうなずきました。

「『わたしたちは月に一回、浜の奥に立つ観音堂へお供えをしております。今月はわたしの当番で、観音堂へ参ったのですが、なぜか海に戻る前に朝を迎えてしまい、こうして人間に見つかって逃げまどっている内に、岩場に乗り上げてしまいました。いじめられているところを助けていただき、まことにありがとうございます。ポッ』」

 ニウはウルメの頬が染まった効果音まで伝えてきました。

「なぜかって…」

 桃三四郎は奥歯に物が挟まったような顔になりました。

「まあ、あれでは…」

 マツバも直接の指摘を避けました。

 三人はウルメのふくよかなボディラインを見ました。

 それは鰯というよりも河豚と言った方がよさそうな体型でした。ちなみに海の豚と書いたらイルカです。

「ウルメどの。そのままでは海に戻れないでしょう。わたしはあなたが戻れるように、手を貸そうと思うのだが」

 桃三四郎の提案に、ウルメの表情が明るくなりました。

「近づいても構わないだろうか?」

「『もう落ち着いたから大丈夫』だってさ」

 ニウはウルメが囁く前に答えました。さして困った顔をしていないところを見ると、ウルメ自身の意見とそう違わなかったようです。

 桃三四郎はマツバと顔を見合わせてうなづくと、ゆっくりと岩場へ近づきました。

「怪我はないですか?」

 側に寄ってから優しく訊ねる。ウルメはもう囁き声さえ届きそうな距離でも、黙ってうなずきを返しました。

 しかしウルメの様子はなにか変でした。風邪でもひいたかのように、ポーッと焦点の定まらない目で桃三四郎を見つめているのです。

(海から離れて時間が経って、調子が悪いのだろう)

 桃三四郎は勝手にそう解釈しました。

 その途端でした。

 まるで南氷洋のシロナガスクジラが海面シグネクチャーを使って北氷洋に暮らす同族に語りかけたような音がしました。

「な、なんだ?」

 さては先程の子供たちが大人を連れて帰ってきたかと思い辺りを見まわしましたが、周辺には誰もいませんでした。

「???」

「『いまのは』」

 顔を真っ赤に染めたウルメが、ニウの袖を引っ張り、何事かを囁きました。その内容をニウはそのまま伝えました。

「『私のお腹が鳴った音です』だあ? 凄い音だね」

 ニウに指摘されて、さらにウルメの顔が赤くなりました。

「仕方なかろう。もう昼も過ぎようというのに、朝からこの岩場に打ち上げられておったのだから」

 マツバがニウをたしなめました。

「こんな物しか無いが、もしよければ」

 桃三四郎は先程男の子たちに受け取り拒否された黍団子を取りだしました。ウルメも最初は遠慮するような素振りでしたが、もう一度腹の虫が鳴ったので、仕方なさそうに一つだけ手に取りました。

 桃三四郎は食べ終わるのを待ってから指示を出しました。

「マツバどのは足…、いや尾ビレをお願いする」

「承知した」

 これが普通の人魚ならば、一人でお姫さまダッコをして運べるのだが、こうもふくよかだと二人がかりで『運搬』しないと、海までたどり着けそうもありませんでした。

 念には念を入れて、桃三四郎は右脇の下から上半身を抱き上げ、反対側からもニウに支えてもらいました。

「お、おまえ…」

 力仕事が一番苦手なニウが遠慮無く言います。

「ぜって~イワシじゃなくて、フグだろ。じゃなきゃトドっ。いやセイウチか?」

 ウルメはちょっとムッとした顔になりましたが、ずっと通訳のような役をしてくれた恩を忘れていなかったらしく、彼女を睨み付けただけでした。

 三人はヒイフウ言いながらウルメを波打ち際へ運ぶことができました。

 波打ち際で安心した顔で振り返ったウルメは、ふたたびニウへ手招きをしました。

「なになに? 『このご恩は一生忘れません』? 『いつか必ず恩返しさせていただきます』だってさ」

「恩返しを期待してやったのではございません。気になさらずに」

 桃三四郎は手を振りました。ウルメも少々残念そうでしたが小さく手を振り返しました。

「それでは娘鰯どの」

 マツバも手を振りました。

「もう陸に上がってくるなよ」

 つっけんどんながらも手を振ったのはニウでした。

 こうして三人は人魚と別れ、浜を港町の方へ歩き始めたのです。



 港町は活気に満ちていました。

 市が立っているらしく、広い通りには露天がたくさん出ていて、誰ともぶつからずに歩くことが難しいほどでした。

 露天では海辺らしく海産物が並んでおり、また離れた村から運んできたらしい山の物も見かけることができました。

 食べ物ばかりではなく、漁具に始まって鍋釜はもちろん、包丁や鎌のような刃物を扱う者までが店を広げていました。

「この調子なら」

 ウキウキと尻尾を揺らしながらニウが辺りを見まわして言いました。

「ホトケが言ったアイテムなんかも売ってんじゃないの」

「まさかぁ」

 桃三四郎はニウの冗談に苦笑のような物を返しました。すると向こうに一層の人だかりが出来ており、その向こうからバナナの叩き売りのような威勢の良い声が聞こえてきたのです。

「取り出しましたこの兜。これはどのような魔法をも無効化するという『勇者の兜』。これは、こちらのどのような剣をも受け付けないという『勇者の鎧』とセットで、この価格! しかもサービス期間の今だけ、どのような化け物をも切り払う『勇者の剣』がオマケでついてくるという、豪華三点セット!」

 その売り文句に三人は顔を見合わせると、人ごみの中へと入っていきました。

 輪の中心では、いかにも怪しげなカイゼル髭の商人が、いま口上を述べた商品であろうか、兜と鎧一式を着させたマネキンの前で剣を持っていました。

「どなたか買う人はいないか? どうです?」

 商人は手近な野次馬に話しかけましたが、野次馬はただ笑ってこたえるだけでした。

「三四郎よ」

 桃三四郎の隣に並んだニウが彼へ囁きました。

「あいつに聞いてみればいいじゃん。ホトケが集めろって言ったアイテムは持ってないかをよ」

 その囁きに『勇者三点セット』に目を輝かせていた桃三四郎は振り返りました。

「それは名案です」

 彼は商人に振り返って声を張り上げました。

「商人どの。おたずねするが『仏の御石の鉢』はござらんか?」

「冗談だったのにな」

 とかニウが呟いている間に、商人は自分の荷物が積み上げてあるあたりを見まわして答えました。

「『仏の御石の鉢』? ごめんな、いま売り切れのようだ」

「では『蓬莱の玉の枝』は?」

「『蓬莱の玉の枝』は昨日最後の一つが売れちゃって、次回納入未定だなあ」

「では『火鼠の皮衣』は?」

「それは裏のおばちゃんに譲ってしまってなあ」

「『竜の首の珠』」

「おとつい転がしちまったよ」

「『燕の産んだ子安貝』」

「こんど探しておくよ」

「それは丁寧に。よろしくお願いします」

 野次馬たちがドッと笑い始めました。桃三四郎は判らずにあたりを見まわしました。

「ど、どうして皆さんは笑うのですか?」

 横にいて恥ずかしくなったニウが、彼の袖を引いて耳元で囁きました。

「あの商人は、商売だから三四郎が訊ねた品を『無い』とは言えなかったんだよ」

「それでは嘘をついたというのか?」

 彼女が囁き声だったので、桃三四郎も声をひそめて聞きかえしました。

「嘘をつけない商売人なんて、お経が読めない坊さんと同じで、役立たずだよ」

「そういうものか…」

 桃三四郎が感心した態度で腕組みをしていると、今の軽妙な会話で幾ばくかの売り上げがあったらしい商人が、人好きをする笑顔で話しかけてきました。

「いやあ君のおかげで『平将門の三歳の時の頭蓋骨』や『クレオパトラの鼻に入っていたシリコン』まで売れたよ~、ありがとうね。なんだったらこの『勇者の剣』を買う? どうやら君の剣は折れているようだし」

「いえ、わたしはこの剣で充分です」

「そう? 買いなよ。お礼に安くしておくからさあ。このぐらいでどおだい?」

 きっぱりと断った桃三四郎に、両手を広げてなおも食い下がる商人。戸惑った彼がニウに助けを求めようとしたときでした。

「その剣、オレが貰おう」

 横から声をかけられて、商人は愛想笑いで振り返りました。

 しかしそこには、先程まで露天を囲んでいた人ごみは一切無く、代わりにいかにもならず者といった風情の集団が立っていたのです。

 町人や漁師たちは遠巻きにどうなることか見守っています。

 環境の変化に気がついて一瞬ギョッとした商人でしたが、そこは商魂逞しく、再び愛想笑いを見せると、揉み手をせんばかりに訊ねました。

「どちら様がお買い上げでしょうか?」

「買うなど言っておらん」

 ならず者たちの中心から、見慣れた顔が出てきました。

「オレは『貰う』と言ったんだ」

「そ、そんな無体な…」

「なんだ? オレさまに剣が譲れないとでも?」

 ギロリと睨み付けられて震え上がる商人と、ならず者の間に、桃三四郎は割って入りました。

「商品を買うでなしに貰うとは随分と乱暴な」

「あ、お前は」

 ならず者の男は桃三四郎を指差しました。

「また会ったな。ここで会ったが百年目!」

 男は何度も桃三四郎を襲ってきた野盗でした。

「あなたは…」

 指差されて桃三四郎は相手がいつもの野盗だということに気がつきました。

「スコットランドの山並みの前で、わたしにキャンディを勧めてくれた人」

「♪ほ~ら、チェルシー。もう一つチェルシー…ってコラー! 城ヶ崎団左右衛門だよ! いいかげん憶えろよな!」

「ああ、そうでした。すいません」

 おとなしく頭を下げた桃三四郎でしたが、もうここまで来ると確信犯でした。

 団左右衛門は腕を組むと、空を見上げました。

「嫌な時代になったものだ…」

「先に言うなよ!」

 いつもの語りをしようとして、桃三四郎に言われてしまった団左右衛門でした。

「今日は100人も集めたからな。泣いて許しを請うなら、命だけは勘弁してやってもいいぞ」

「ははーん。なるほど」

 先の展開が読めたとばかりに桃三四郎は自分の顎をなでました。

「50人で柄の方を、もう50人で鞘の方を引っ張って、そのクロノミツカネニタマを抜こうっていうんですね」

「カネニタマグロノミツ! それでは反対ではないか!」

「どっちにしろ抜けない刀は恐くないもんね」

 ニウが横から口を挟みました。

「あのな。いくら俺でもそこまで馬鹿じゃないぞ。100人同時にお前たち4人に襲いかかれば、必ず勝てるだろうがよ」

「4人?」

 マツバが不思議そうな顔をしました。真ん中に桃三四郎。右側にニウ。そして左側には彼女の三人連れのはずでした。

 と、後ろから一人の人物が歩み出てきました。

 頭から被ったベールでその表情を隠して、全体的にヒダを折り重ねたような紫色の服を身に纏っている、ふくよかな女性でした。

「?」

 紫色は高貴や神秘といった意味合いを持つ服です。この女性の場合は両手に持った水晶球からしても、辻占いで生計を立てているような人物に思えました。

 ニウとマツバは、ベールの向こうに隠した顔に見覚えがありました。

「どうなされた、占い師どの」

 相手が誰だかまったく判らなかった桃三四郎は丁寧に訊きました。

「いま、これからここは、争いが起きるかもしれない場所です。どこか陰に隠れていたほうが、あなたのためですよ」

 その女占い師は小さく微笑んで、大きなスケッチブックを取りだしました。そこへマジックで何やら書き始めました。

「なになに『お困りのようですから、助太刀いたします』?」

 まるでアシスタントディレクターが番組出演者に出すカンペのように自分の意思を示しました。

「占い師どのは声が?」

 桃三四郎の問いに判ってくれたかとばかりにうなずいて答える占い師。

 団左右衛門はゲラゲラと笑い出しました。

「なんだ? そっちの鎧を着込んだ娘武者はまだしも、そっちのネコマタといい、女に助けて貰うとは情けないヤツだなあ、おまえ」

 その物言いに桃三四郎は馬耳東風とばかりの態度でしたが、意外にも占い師の怒りをかったようです。

「…」

 無言のままですが、少し肩をいからせて一歩前に出ると、両手を腰に当てて胸を張りました。

「なんだなんだ? 俺はもう少しスレンダーな方が好みなんだが、お前が『相手』をしてくれるのか?」

 団左右衛門は自分で言って、その自分の言葉に受けたようで、さらに下卑た笑い声を大きくしました。

「…」

 何事かを占い師が囁きました。耳が大きなニウだけが彼女の発した言葉を聞き取る事が出来ました。

 確かにそれは「サキトキシン」と呟いていたのです。

 途端に笑っていた団左右衛門が泡を吹いてひっくり返りました。

「あ、あにき!」

 リーダーの身に起きた突然の変化に、周りの手下どもに動揺が広がりました。すると団左右衛門の横にいた別の野盗が同じように泡を吹いて地面に転がりました。

「なんだ?」

 同じように次々と倒れ始める野盗ども。最後には我先にその場を離れようと逃げ出す始末でした。

 何もしていないのに100人の野盗団が壊滅していくのを見ていた桃三四郎は、通りに誰もいなくなったことで、とりあえずの勝利を得たことに気がつきました。

「ええと」

 桃三四郎は辺りをもう一度確認してから占い師に向きました。

「もしかして今のは魔法ですか?」

 小さくうなずく占い師。

「もしよろしければお名前をうかがってよろしいでしょうか?」

 桃三四郎の問いに、占い師は一度書いた名前を慌てて二本線で消すと、別の名前を書きました。

「『ウルメ』?」

 桃三四郎が声に出して読むと、占い師はうれしそうにうなずいたのです。

「奇遇もあったものだ。わたしは午前中にあなたと同じ名前の者を助けたばかりです」

「どう見ても同一人物だろ」

 ニウが小さな声で桃三四郎の鈍さを非難する言葉を漏らしました。

「桃三四郎どのに気がつけと言うのも無理であろう」

 達観したような予想を口にするのはマツバでした。

「だいたい『サキトキシン』って貝毒の名前だよな。魚で毒の魔法を使って、きっと本当の名前は『トラ』だって。あの体型からも正体はムスメイワシというより、ムスメフG…」

「ドウモイ=アシッド」

「ぐわわわわっ」

 気のせいかウルメの声が聞こえた気がしましたが、そんなことはなかったようです。頭を抱えて突然苦しみだしたニウも、数秒後には元に戻りました。

「あれ? あたし、何やってたんだっけ???」

 ニウはキョトンとして辺りを見まわしました。どうやら先程口にしようとしていたことをスッパリと忘れてしまったようです。

 ちなみにドウモイ酸は記憶喪失系の貝毒でした。

「ウルメどの。わたしは鬼ヶ島へ鬼退治に向かう身です。そばにいると、また先程のような悪漢たちが寄ってくるかもしれません。この先、一緒に道を行くことは避けた方がいいでしょう」

 桃三四郎の言葉に、悲しそうな顔を見せるウルメ。

「マツバどのも、ここまで大きな港町ならば安心して暮らして行けるのではないかな?」

 桃三四郎の不意打ちに、マツバも動揺が隠せませんでした。

 何かを言わなければいけないと思いながらも、唇が言葉を紡ぐことはありませんでした。

「へへん。ここで、あんたもお払い箱だ。これで、晴れて三四郎と二人旅に戻るね」

 ニウが照れくさそうに鼻を掻きました。

「あなたもだ、ニウ」

「ええー」

「これから先は鬼ヶ島に近づくだけであろう。あなたにも危険な目を味わわせるわけにはいかない。ここからはわたし一人で行く」

 決然と桃三四郎が告げたその時、あたりを眩い光が覆いました。

「よくぞ申したぞ桃三四郎」

 仏さまでした。突然の顕現にも慣れた一行は、それぞれにいつもの姿勢を取りました。

「たとえ一人になっても鬼退治をやり遂げようとするその心。この仏、しかと聞いたぞ」

「え? これは誰かって? こいつは三四郎を導いているらしいホトケみたいだけど、ホントかどうかアテにならないんだよね」

 初めて仏さまに会ったウルメがニウに説明してもらっていました。ウルメはしばしの間考えた後、桃三四郎とマツバが頭を下げているので、それに従うことにしたようです。両膝をついてうつむくようにして敬う姿勢を取りました。

 神仏を敬う心が深いというより『触らぬ神に祟りなし』といったところでしょう。(ホトケさまだけど)

「コラコラ、そこ」

 自身に対する不当な評価が耳に入ったのか、だいぶ砕けた調子で仏さまはニウを指差しました。

「いいかげん私を愚弄するのは止めなさいね。でないと、仏罰を落としちゃうぞ」

「仏さま」

 大事な仲間に仏罰を落とされては一大事とばかりに桃三四郎は口を挟みました。

「仏さまの導きの通り、こうして西に向かっております。そろそろ行く先を明かしてはくれませんか」

「あ~、それなんだけどね」

 砕けた調子のまま、なぜか視線を外した仏さまは、ちょっと歯切れが悪くなりました。

「ちょっと行き過ぎたようなんだよね。ほんのちょっと東に戻ってくれないかな」

「なんだよ、その行き過ぎたってよ。情報握ってんのはそっちなんだから、しっかりしてくれよな」

 ニウがギャンギャンと騒いでも、それがどこに吹く風とばかりに仏さまは、後ろ手に持っていた薄い大判の冊子を取りだしました。ちなみに表紙には大きなリンゴのマークが書いてありました。

「うんとね、ちょっと戻ったところに観音堂があるから、そこらへんから北へ向かってくれるかな…」

「ホトケぇ!」

 地図らしい冊子を覗き込み始めた仏さまの気を引こうと、ニウが荒い声を上げました。

「な、なにかな?」

「あやまれ」

「はい?」

「道間違えたんだろ。あやまれっつてんの」

「あ、あのね…」

 威厳を取り戻そうと冊子ごと後ろで手を組んで仏さまは胸を張りました。

「きみは、わたしを何だと思っているのだね。まさか尺調コーナーの人と思ってなかろうな」

「ホトケだろ。でもな、いくらホトケでも間違えて謝らずに済むとは思うなよ。なんだ? 偉きゃ謝らなくてもいいんか?」

「あの…、その…」

「謝らなくてもいいんか? あ?」

「…」

 二人の間に冷たい風が吹きました。

「ごめんちゃい」

 ベロを出して、まるで女の子が愛嬌を振りまくようにポーズを取ってから、有無を言わさずに、光の消失が始まりました。

「あ、テメ。誤魔化す気マンマンだな! しかも二回目じゃねえか、ソレ」

 ニウがいきり立つのを無視するように、仏さまの声だけがあたりにコダマのように響き渡りました。

「観音堂から北へ向かうのだ、桃三四郎よ。さすればその先に『試練の洞窟』が待っているだろう…、だろう…、だろ…、ろう、ろう、うをう、うをう」

 残響というより口で効果音を作ったような声を残して、仏さまの言葉は消えました。

「『試練の洞窟』か」

 桃三四郎は空を見上げた後に、自分の掌を見つめました。

「そこでの試練を乗り越えれば、きっと鬼退治に役に立つ『なにか』が得られるに違いない」

「そうかあ?」

 ニウは疑わしそうに言いました。

「あれだけ『伝説のアイテム』シリーズがいいかげんだったホトケだぞ。きっと今度もいいかげんじゃねえの」

「ニウ、マツバどの。そしてウルメどの。先程申したとおり、わたしは一人で赴こうと思う。ここでサヨナラだ」

「そう言うなよ」

 悲しそうな顔をするマツバとウルメの代わりとばかりにニウが言い返しました。

「ここまで一緒だったじゃないか」

「わたしも、鬼ヶ島の鬼が退治されなければ、落ち着いて暮らすことができません」

「ほら、ウルメも」

 ニウに促されて、ウルメはスケッチブックに何事かを大書しました。

「なになに?」

 三人は彼女が書いた文面へ目をやりました。

 そこには達筆でこう書かれていました。

『隣の塀に空き地ができたってねぇ』


 …。


「オチは?」

 マツバの質問に、ふたたびウルメの手が動いて、新たな文字が付け足されました。

『かっこいー(囲い)』


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