表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/8

第二話 死闘


 「ギャ……」


 この格好が表す意味を理解しているのか、はたまた本能的なものか。

 おそらく後者なのだろう。

 化け物の顔から笑顔が消えた。

 油断しきっていてくれた方が相手どるには楽だったんだが……仕方ない。どうせやることに変わりはないんだ。

 

 俺はファイティングポーズのまま。

 化け物はこん棒を振り上げたまま。

 お互いがジリジリと距離を詰める。


 半歩。


 また半歩。



 …………。



 「ギャッ!」


 不意に化け物が飛び込んできた。


 瞬時に化け物と俺の距離が詰まり――



 ブォン! 



 凄まじい風切り音が俺の耳を撫でる。


 もしあれが当たったら自分の頭がザクロのようにはじけ飛ぶのは必至。そう思わせるには十分な威力の空振り。

 恐ろしい。

 あの小さな体のどこにそんな力があるというのか。化け物が増々化け物じみてきやがった。



 ――しかし。



 どういうことだ。


 俺の目には化け物の動きが妙にスローに映った。

 右手を振り上げ、こん棒をおおきく上段に構えてからの振り下ろし。

 確かに予備動作は大きかった。

 渾身の力を込めたんだろう。

 けど、だとしても、格闘経験のまったくない俺に見切れるようなスピードだったのか?


 ……まあいい。

 好都合だ。


 一撃必殺の攻撃とはいえ当たらなければ何も問題は無い。

 化け物の攻撃は見えている。

 あとは俺が気おくれしないで冷静にことを運べば――


 「ギャ!」


 自身の攻撃を格下にいなされたとばかりに怒りをあらわにする化け物。


 二撃、三撃とこん棒を振り回すが、その動きはどんどんと大振りなものになっていく。


 薙ぎ払い――しゃがむ。

 打ち下ろし――半身で躱す。

 突き――出される前に距離を取る。


 俺は化け物の攻撃をかわし続けるうちにさらにその動きを正確に捉えられるようになっていた。

 同時に。

 確信めいた自信が俺の中からふつふつと湧き上がってくる。


 

 ――いける。



 次だ。

 次の攻撃をかわした瞬間、渾身の力でその醜い顔面をぶん殴ってやる。


 「ギャッギャ!」


 そうだ怒れ。

 怒ってもっと大振りな攻撃をしてこい。 

 お前は格下と認めた相手を殺すばかりかその攻撃をいなされ続けている。

 なんで。

 どうして。

 当たれば殺せるのに。



 怒れ。

 傲慢に。

 怒れ。


 「ギャー!」


 狙い通り。


 化け物の次の攻撃は今までで一番の大振りだった。




 ――ここだ!



 

 俺は化け物の今日一番の大振りを半身で躱し、その隙を見逃さず思いっきり拳を振りぬいた――



 ゴン! 



 鈍い音が辺りに響く。

  

 「……え、……あ……?」


 刹那。

 凄まじい衝撃が後頭部を襲い、俺はその場に倒れこんだ。

 まったく事態が呑み込めない俺に、目の前にいた化け物()が心底うれしそうに声をあげる。


 「ギャッギャ!」

 「ギャッ!」


 二体。


 化け物は――二体いた。


 いつから……まさか、最初から? 

 きっとそうだ。

 おそらくあの大振りな攻撃は俺の油断を誘うためのブラフ。

 ……ちくしょう。化け物に知恵比べで負けたってわけだ。

 

 目の前の視界がぐわんぐわんする。

 焦点が定まらない。

 化け物共の醜い音が何重にもなって聞こえてくる。

 

 


 あぁ……もう、終わりか。



 

 何とか生き延びようと必死に努力はした。

 初めてのケンカが化け物だったわりには頑張った。


 仕方ないさ。

 あれが俺の精一杯。

 あれ以上、どうしようもなかった……。


 「ギャッギャギャ!」

 「ギャギャ!」


 盛大に喜びやがって。

 こちとらてめえらの攻撃くらって意識が朦朧としてるっつうのによ……。

 朦朧と……。



 そういえば。

 どうして俺はまだ生きてるんだ。



 俺は化け物の攻撃をくらった。

 頭に。

 はじけ飛ぶような力を持った攻撃を。

 不意打ちで。


 どうして俺の頭は吹き飛んでいない。

 どうして俺の頭は思考を止めない。

 

 気持ち悪い。

 吐きそうだ。

 視界がおかしい。



 ――でも。

 


 力は入る。

 拳は握れる。

 体は動く。

 

 「ギャッギャ――ギャ?」


 わからねえ。

 

 わからねえなぁ。




 どうして俺がこんな森の中にいるのか。

 どうして俺が化け物共に襲われているのか。

 どうして俺に化け物の攻撃が見えていたのか。

 どうして俺がまだ死んでないのか。




 わからねえことだらけだ。


 けど。



 俺はまだ生きている。



 なら。

 やることは一つだ。



 「ギャッギャギャギャ!」

 「ギャギャッギャ! ギャーギャ!」

 

 立ち上がろうとする俺を見て声を荒げる化け物共。


 ぎゃーぎゃーうるせえな……こっちはてめえらのせいで頭ン中がぐちゃぐちゃになってんだ。少しは黙って見ていられねえのか。


 「……ふぅ……ふぅ……はぁ……ってぇ」

 

 どうして俺がこんな目にあっている。

 ……こいつらだ。

 目の前にいる化け物二匹が俺の頭をかち割りやがった。


 勝手にてめえらの住処すみかを荒らしたってんなら俺も謝ろう。

 だがこっちだっていきなり訳のわかんねえ状況に放り込まれたんだ。

 お互い様だよな。

 

 ああ。

 お互い様だ。


 「――ッ。ギャギャー!」


 仕留めたはずの獲物が立ち上がるという受け入れがたいであろう現実にやけになったのか、俺を殴った方の化け物が突っ込んできた。

 今度はブラフでもなんでもなく猪突猛進に突っ込んできた。



 しかし。



 遅い。

 遅すぎる。


 先ほどまでの動きとは比較にならない程動きが遅い。


 緩慢な動きでこん棒を振り上げる。

 振り下ろしだ。

 避けるまでもない。


 俺は化け物が攻撃を終えるより先に――



 「ギャギィイイイイイイイイイイイ!!」



 化け物の土手っ腹に風穴をあけてやった。


 「ギャ! ギャ! ギャギイイイ!!」


 痛いか?

 痛いよな。

 俺も痛かった。


 拳に感じる嫌な感触。

 生き物をぶん殴った。

 初めてのことだ。


 だが。

 今はそんなことに意識を向ける暇はない。


 らなきゃられる。


 俺は苦痛にもがき苦しみ、地面に四つん這いになった化け物の頭を――踏み抜いた。

 瞬間。

 化け物の頭がはじけ飛ぶ。


 「ギャ! ギャ! ギャ!」

 

 俺の行動にもう一体の化け物が騒ぎ出す。


 お仲間がやられてご立腹か?

 ……いや、違うな。

 恐怖。


 自分が目の前の生き物と同じ結末をたどると想像した上での恐怖。


 こいつはそれを感じているんだろう。


 逃げるならそれでよし。

 こっちだって既にぶっ倒れる寸前なんだ。

 余計な体力なんて使いたくもない。


 さあ、逃げろ。

 逃げろよ!


 「ギャギャギャー!」


 しかし化け物は逃げなかった。

 仲間を殺された恨みか、恐怖でおかしくなったのか、はたまた先ほどの俺のように決意を固めたのか。

 それはわからない。

 だが、ヤツは突っ込んできた。




 「ギャ! ギャー――ッ……!」




 嫌な感触。

 多分。

 慣れることなんて一生無い。

 

 俺は拳にこびりついた化け物の血を振り払う。

  

 ザクロが二つ。


 「もう一生ザクロは食えないな」


 なんて軽口を独白するが。


 「ぁー……やばい」


 目の前の景色がぶれる。

 次第に立っていることすらできなくなり。

 ひざから崩れ落ちる。


 本格的にまずい。

 折角化け物を倒したってのにここで力尽きるなんてシャレにもならん。

 どうにかして人里に行かないと。


 しかし体は動かない。

 意識だってこうして保っているのが奇跡に近いだろう。

 でも俺はこんなところで死ねない。

 絶対に両親の元に、帰って――




 「――ッ!」 




 ……おいおいマジかよ。

 遠くから複数の足音と声が聞こえてくる。


 化け物の増援?

 だとしたらもう無理だ。

 今度は本当に指一本すら動かせる気がしない。




 ちくしょう。




 ちくしょう。




 ……ちくしょう。





 プツリと俺の意識は途切れて無くなった。

今日はもう一話投稿です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ