プロローグ
力無く項垂れる少女を抱える男性。
その光景を目の当たりにした時、俺の中のどす黒い感情が声を荒げて体内を駆け回った。
――憎い。
「ギャーギャギャッギャギャー!」
化け物共の声を背景に、男性は必至に少女の名前を呼んでいた。
しかし少女は答えない。
答えられるわけがなかった。
それでも男性は呼びかけを止めない。
二人の姿を見ている俺の頭に少女との思い出が鮮明にフラッシュバックした。
『お兄ちゃん!』
『頑張ってね、お兄ちゃん!』
『お兄ちゃんすごーい!』
笑顔が素敵な女の子だった。
いつも彼女は笑っていた。
笑いかけてくれた。
『お兄ちゃんのお嫁さんになってあげる!』
俺はどれだけキミの笑顔に救われただろう。
「ギャギャ! ギャーッギャギャギャ!」
……ああ。
こいつらか。
こいつらがあの子から笑顔を奪ったんだ。
俺はゆっくりと化け物共へと近寄る。
警戒も何も無い。
「待つんだ!」
そんな俺を後ろから静止する声が上がる。
こんなに騒がしい中でも、やはりあの人の声は良く通る。
大丈夫。
聞こえているよ、あなたの声は。
でも、ごめんなさい。
色んな感情がごちゃ混ぜになって制御ができないんだ。例え俺が死ぬようなことがあっても、目の前にいるこの化け物共は許せない。
「――てめえら、覚悟はできてんだろうな」
次の瞬間、俺の姿は百を超えるゴブリンの群れへと消えていった。