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8、土魔導士、あの日を思い出す。 前編




 オルテガは、すでに動かなくなったバクラムの顔に触れると、その顔を自分の顔(オルテガの顔)に変え、ゴーレムに指示を飛ばす。



「この死体を外に持って行って適当な場所に埋めろ」



 ゴーレムはうなずくと、一人は足をもち、もう一人のゴーレムは脇を抱え、ドアからオルテガの顔をしたバクラムを外に連れ出した。



 これでいい。オルテガがここに忍び込んできたから返り討ちにしてやった。



 そんな理由でここの盗賊共には話が通じるはずだ。



 次にオルテガはベッドを眺める。



 ベッドはこのままでもいいか。



 行為中にオルテガを返り討ちにしてやった、という話のほうが、説得力が生まれやすいもんな。



 ……



 しかし……、と思い、ベッドシーツに広がる赤い染みを凝視する。



 これで人を殺したのは三人目か……



 もうあの頃のように手は震えないのだな……



 それがどこか嫌だった。



 最初に人を殺した時は、激しい動悸に息が苦しくなり、膝が震え、こんなものに慣れることなんて一生ない、と思っていたが……、そんなことはなかった。



 三度目ともなると、嘘のように頭が冷静さを保っている。



 すると、父親の言葉が頭にちらつく。



『やがては慣れるものだ。何にでもな。人殺しにだけ慣れないなんて、そんなことは嘘だ。人はなんにせよ慣れるものなのだよ、オルテガ』



 オルテガは首を横に振った。



 あいつの思い通りになっているだなんて思いたくなかった。



 あんな奴の!



 オルテガの意識が過去へと飛ぶ。



 最初の人殺しをしたあの日へ……




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇




 父、ミハイル=アークホルンの厳しい視線がオルテガを捉える。



「我が、アークホルン家には代々伝わる成人の儀がある。そして我が家では十三に到達した者はこの儀を執り行わなければならない。分かっておるな? オルテガ」



「はい……」と十三歳のオルテガは頷いた。



 ここはアークホルン公爵領の中にあるアークホルン大庭園の“秘密の庭”と呼ばれる場所だった。


 ここは、アークホルンの血筋を受け継ぐ者しか入園できない場所で、ミハイルの妻のジンジャーでさえ入ることを許されなかった。



「よいですか父上」と父ミハイルの隣にいた兄のヘンリーが見下すような目つきをオルテガに向ける。「この者は落とし子。我が家の名【アークホルン】を持たぬ男です。この男はオルテガ。ただのオルテガ。なのに、この庭にいれたばかりではなく、成人の儀までわざわざ執り行う必要があるというのですか?」



「そうだ」と父ミハイルは言った。「これは落とし子であろうと、アークホルンの血を引くもの、すべてが対象だ。それとも、その伝統を我が代で無視をしろ、とでも言っているのか? ヘンリー」



「い、いえ。父上私は……」とヘンリーは苦虫を噛んだような顔をした。



「お前がめずらしく成人の儀に付いていきたい、といったのはそれを言うためか? ヘンリー。……下らぬ。まったく下らぬな」



「しかし父上」とヘンリーは食らいつく。「我らの血筋は王家に連なる尊い血筋! オルテガのような下賤の輩など」



「ヘンリー。お前はまったく成人の儀の持つべき教えの根幹を理解しておらぬな。偽りのものに囚われおって……、お前は何も学んでない、アークホルン家の教えを、なにもな……。身分など、人が作り上げたまやかしぞ? それを本気で信じるな、という教えをお前は全く学んでいない」



 若いオルテガはそれを信じられない思いで聞いていた。



 意外だった。



 そう……、たしか俺はあの時そんなことを思っていた。



 そして、たぶん嬉しかったんだ。



 俺は父上の子であるのに、他の兄弟とは違い召使いの子であったから……、だから父上は俺にあれほど冷たいのだと思い込んでいた。



 でも違ったのだとあの日知った。



 父上はぼくのこともちゃんと息子と思っていてくれたのだ。



 ぼくのことも……



 そう、あの日最初に心に宿ったのは温かい感情だった。



 たぶん、はじめて本当の息子として扱ってくれた日でもあったから。



 でも、その気持ちは長くは続かなかった。



 あの日、あの場所で、成人の儀が執り行われたからだ。



 オルテガは、成人の儀というものがどんなものであるのか、知らなかった。



 ヘンリーが苛立ちを隠せない表情で足早に秘密の庭から立ち去ってゆく。



 父上はそれを見届けると、次にオルテガを見た。



 父上の顎髭が揺れていた。



「では、これより成人の儀を執り行う」


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