7、盗賊ダルダ団のお頭、水曜日を楽しむ。
寝室の燭台の灯りが揺れた。
どこからか、鈴虫の声が聞こえる。
盗賊団のリーダーであるバクラムは、手に持っていた剣を部屋の隅に放り投げ、ベッドに寝転んだ。そして、今日街の角で聞いた噂話のことを考えた。
バクラムは何故かブスばかり抱く、という噂のことだ。
まったく、世の中の奴等は何もわかっちゃいない、とバクラムは思った。
俺だってブスか美人かの区別ぐらいつく。
そうじゃない。そういうことじゃない。
上級者はその上をいくのだ。俺のような上級者はな。
美人というのはつまらない。目や鼻がバランスよく配置されすぎて抱くとどうも何か彫刻を抱いているような気分になってくる。
結果、かえって盛り下がる。
俺に言わせれば世間一般で呼ばれている美人を抱き続ける人間の方がよほど愚かで幼稚だ。
よく“色気がある”とよばれるタイプの女がいる。
そういう女性は男性の本能が求める部分を満たしているのだ。
俺に言わせれば、そういう女性がたまたまブスであった、というだけだ。
とにかく、そのようなことを経験せず、考えもせずに老いる男は皆、大馬鹿者だ。
どうしようもなく愚かだ。
そんなことを考えていると、コンコン、とバクラムの部屋の寝室のドアが鳴った。
ベッドに寝転がっていたバクラムは壁に貼られたカレンダーを確認する。
今日は水曜日か、ならパオラか。
もう一度、コンコン、とドアが鳴る。
「入ってこいパオラ」とバクラムが言うと、ドアがギィー、と開き、馬面のパオラが現れた。
「バクラム様、やっと会えた。一週間寂しかったよぉ」とパオラは言った。
可愛い奴だ、とバクラムは微笑む。
「よし、いつものように酒をつげ、パオラ」
「はいバクラムさま」とパオラは言い、部屋に置かれた酒樽から要領よく酒をカップにつぐと、それをバクラムに差し出した。
バクラムは上半身を起こすと、それを一気飲みした。この瞬間がたまらない。本当にこの瞬間のために生きているようなものだ。
「注げ、パオラ」とバクラムはもう一度カップをパオラのふくよかな胸に押し付ける。
パオラは微笑むと、もう一度カップに酒をそそぐ。
そういえば、とバクラムは思った。
パオラの話だ。あの話を思い出したのだ。
「お前、あの領主さまの泊まる安宿にいったんだって? あいつはお前に手をだしてきたのか?」
「そんな、まさかあの弱虫はアチキに触れる度胸なんてなかったよぉ。あいつは、ただひたすらアチキに美人だ美人だ、あなたほどの美人は見たことが無い、って言ってただけかな。そんなに正直にならなくてもいいのにね」
その話を聞きバクラムは大笑いした。
「はっはっはっはっはっは、そりゃあいい!」
バクラムは二重の意味で愉快だった。一つはもちろんこの不細工が、自分のことを美人と勘違いしているところだった。その勘違いが可愛い。
そしてもう一つ愉快なのが、領主さまとやらがこの女を美人だと祭り上げたところだった。
俺が白と言えば、黒い鴉も白になる。
それはつまり、自分の権力に領主が畏怖の念を感じていたことに他ならない。
俺のことを畏れているから、この女を美人だとあいつは言ったのだ。
こういう自分の力を確認する瞬間がバクラムはたまらなく好きだった。
「へへ。恐るるに足らず、だな」
「なにかいいましたかバクラムさま?」
「気にするな。それよりもこっちに来い、パオラ」バクラムはそう言うと、太い腕でパオラを抱き寄せた。ふくよかな体に大きな胸と大きな尻。バクラム好みの体だった。
「脱げ」とバクラムは命令する。
パオラはするすると、服を脱ぎ、その小麦色に光る肌を晒す。
次にバクラムは「脱がせろ」と命じた。
パオラはバクラムの体から丁寧に服を脱がしてゆく。上着、シャツ、そしてズボンにパンツ。
「そうだ」とパオラは言った。「今日はプレゼントがあるの」
「うん? どんなプレゼントだ?」
「ふふふ。今見せるから目をつぶって」
気分がよかったバクラムは言われたとおりに目をつぶる。酔いがまわってきていたので、目をつぶるのが心地よい。
「おい、まだか?」
「まってもう少しだから」とパオラは言い、バクラムの体にまたがった。
その肌の感触を感じたバクラムは期待に鼻の穴が膨らむ。
なにをしてくれるのだろう?
色んな妄想が広がる。
もう四十近くになるバクラムであったが、こんな時は童心に返ったような気分になった。
すると、次の瞬間、物凄い衝撃が体に走った。
!??
腹だ。腹が熱かった。
バクラムは驚いて目をあけると、腹に剣が深々と突き刺さっていた。
「ばかな」とバクラムは声を漏らし、パオラを見るとその異変にすぐに気づいた。パオラの目が白目になり、腕がそのまま長い剣になっていたのだ。
「誰か!」と声をあげようとするが、パオラの頭が伸びてバクラムの口をふさぐ。息ができない。
こいつ人間ではなかったのか?
すると、パオラの体から、千切れるようにしてもう一人のパオラが現れ、そのパオラが不思議な間隔でドアをノックする。
コン、ココン。コン、ココン。
すると、ドアが開き。そこから姿を現したのはあの男だった。
領主オルテガ=リーズ。
オルテガは後ろ手にドアを閉めると「哀れだな」と裸のバクラムを見て笑った。
バクラムの腹から大量の血かあふれ出し、ベッドのシーツに赤い染みが広がる。
すでに意識が朦朧としていた。
「不思議だったろう?」とオルテガは見下した目つきでバクラムを眺める「どうしてパオラはパオラではなかったのか。俺はね。一度触れたものであれば何であれ再現することができるんだ。それがたとえ人間であったとしてもね。だから――」とオルテガは近づき、バクラムの顔に触れる。
そして次にオルテガが自分の顔を手で覆うと、そこからバクラムの顔が現れた。
「こんなこともできる」とバクラムの顔をしたオルテガは微笑んだ。
バクラムは驚きで目を丸くする。
自分だ。自分がいる。目の前に……自分と瓜二つの人間が。
「お前がやったことをキエナに聞いたよ」とオルテガは笑った。「王家と交渉するたびに捕まえた捕虜の首を送る、というお前のやり方を、な。お前の中では相手を威嚇するポピュラーなやり口だったのかもしれないが、賢いやり方じゃなかったことは確かだ。そのやり方はあまりにも残酷だし、そうされた以上、王政はお前たちを見過ごすことはできなくなる。だから、俺みたいな領主がここに来るのさ」
オルテガの言葉に合わせるように、パオラのゴーレムは自分の腕をバクラムの腹から引き抜き、次は胸に……心臓に狙いを定める。
やめろ、とバクラムは言いたかった、でも声がでない。
オルテガはバクラムを睨みつけた。
「お前はきっと想像力が足りなかったんだ。悪の道を歩むなら、悪の手段をお前はもっと想像すべきだったんだ。そして、それが想像できない、というのなら、素直に領主の座を明け渡すべきだった」
バクラムは必死に叫ぼうとする。
やめろ!
やめろ、やめろおおおおお!
次の瞬間、ゴーレムの剣が無残にバクラムの胸につきたてられ、心臓が両断された。
バクラムの口から血が溢れ、意識が暗黒の中に吸い込まれてゆく。何もない無の世界に。
バクラムは最後にパオラのふくよかな体を見た。
それがバクラムの見た最後の光景だった。