4、土魔導士、監査人と語らう。
縄を解かれ、建物から放り出されたオルテガは、ひとまず宿屋に泊ることにした。このよく分からない状況を一度整理しようと思ったからだ。
トルトゥーガの街はあまり人の往来が盛んではないようだった。だから、当然宿屋の部屋にも空きがあった。
案内された部屋の扉をあけると、質素な空間が目の前に広がる。
簡素なベッドに、ちょっとしたベッドサイドテーブルのみの部屋。
いつも泊まる安宿よりもひどい部屋のような気がした。
――俺はこの地方の領主であるはずなのにな……
まぁそれでも今手持ちの資金だけで泊まれる場所があるだけマシか、と思い直し、ベッドに腰を下ろす。
「さてと、これからどうしようか」とオルテガは独り言を言った。
「俺は王政に税金を支払わなければならない。もしもそれを怠れば斬首……」と声に出して確認する。
「だが、税金をトルトゥーガの民から吸い上げようにも、街は既におかしな盗賊団が占拠していて、税金を取り立てようがない……」
「ならば、もう一つの街に行ってみようか……たしかキエナはもう一つこのリーズ領には大きな街があると言っていたな」
「無駄ですよ」という女性の声がどこからか聞こえた。
オルテガはその声を聞いて大きなため息をついた。
「キエナだろ? 出て来いよ。聞きたいことがある」
すると、部屋の反対側の壁際にキエナが現れた。まるでマジシャンの帽子の中から鳩が突然現れるかのように……
「そのスキル。透明化のスキルか?」とオルテガはキエナに尋ねた。
「別に隠し通すこともできそうにないので言いますが、そうです。その通りですよ。これが私のスキル【黒い鎌の影】です。透明になり、気配を殺すスキル……と言えば分かってもらえますか?」
「なるほどね」
「それで、聞きたいこととはなんですか?」
「無駄ですよ、ってさっき言っただろ。俺が他の街に行く、と言い出した時にさ……あれはなんで?」
「ああ、あれですか。簡単ですよ。もう一つの街も別の盗賊団に占拠されているからです」
おもわず眩暈がした。
「つまり、なにか? 俺はその二つの盗賊団を壊滅させなければ王政にタックスを納められず、この首を切られるってわけか?」
「理解が早くて助かります。まぁそういうことです」
「これならいっそ盗賊団にでも入りたい気分だね」
「それは絶対にやめておいたほうがいいですよ」とキエナは微笑む。「その場合は早めに殺してよいことになっているので二ヶ月間あなたの命がもたないことになります」
「つまり、裏切れば、即殺すってわけか?」
「さすがオルテガさん。またも理解が早くて助かります」
こんな残酷な話をこの子は笑顔で言うから困る。
「だが、まだ手はある」
「ほう、それは、どんな手ですか?」
「まず君を殺す。それから、この腐った土地からさっさと逃げ、身を隠す。これなら追跡さる心配はないし、500人近くいる盗賊団を壊滅させるよりはよほど現実的な話だ」
「私を殺せると思っているのですか?」
「戦闘では無理でも、飲み物に毒を混ぜたり、寝込みを襲えば勝てるかもしれない。だろ?」
「なるほど。でも、王政がそのことに対し手を打っていないとお思いですか?」
「なに?」
「ほらオルテガさん、リーズに来る前に王都で王の前で爵位の宣誓をしましたよね?」
「ああ、した」
「実はあのときに、既に王政は手を打っているのです」
「なんだと?」
「あの宣誓の誓いをしたときに私は傍にいましたよね? あれは実は、オルテガさんの命と、私の命が繋がるスキル【青い狸と眼鏡の関係】を発動させる儀式だったのです」
「はぁ?」
「分かりますか? 私とオルテガさんは一心同体なのですよ。私を殺せばどのみちあなたも死にます。私とオルテガさんの命は既に繋がってしまっているのだから。つまり、世界で最もオルテガさんが殺してはいけない相手こそが私なのです。だから、私を殺そうとしない方がよいですよ。お互いのためにね」
「?? なら……待てよ? おかしいじゃないか。今の説明ならお前だって俺を殺せないはずだぞ? 違うか? 一蓮托生というのなら王政から俺を守れ!」
「もちろん、現在のスキルが発動したままの状態では私はあなたを殺せません。なので、あなたを殺す際にはスキルの解除を王政側に申請しなければならないのです。もともと私のスキルではないので、私は解除しようがありませんからね。もちろん、その解除を申請する書面には私のサインが記されていなければならない、という制約はあるので、あなたがスキルの解約申請をしても無駄だと思いますが」
「……」
「おわかりですか? そんな安っぽい抜け道なんて、とうに塞がれているのですよ。だから、あなたには盗賊団を壊滅させるしか道はないのですよオルテガさん。あれこれ考えずにまず奴等を殲滅する道を考えるべきです」
「……俺はまるで追い詰められたネズミみたいだな。一度はまりこんだ迷路にどこまでもはまり、深く沈み込んでゆく……」
「同情しますよ、あなたに」
「ただ、一ついいことを聞いた」とオルテガは笑った。オルテガは自分の懐から素早く短刀を取り出し、それを自分の胸に突き立てようとする――が、それをキエナは目にもとまらぬ速さで移動し、オルテガの短刀を握りしめた。
キエナの手が赤く染まり、刀身から血が滴る。
「なにをするんですオルテガさん!」
「やっぱり今の話は本当だったんだな。その【青い狸と眼鏡の関係】というスキルが発動している限り、君は絶対に俺を助けざるを得ない。そうだろう?」そう言ったオルテガの口元がニヤつく。
キエナの目が厳しい目つきに変わってゆく。
「ルールの悪用ですか? オルテガさん」
「何が悪用だ。お前たちだけ手前勝手なルールを押し付けといてよく言うぜ。とにかく、これからは協力してもらうぜキエナ。もしも俺にタックスを払ってほしければ、この俺に従うことだ!」
「お忘れじゃありませんかオルテガさん? 私が勝手に申請をだして、あなたを殺す許可を王政に求めることだってあるかもしれない」
「いいや、お前にそれはできない」
「どうしてですか? 私を信頼しているのですか?」
「違うさ。王政にぬかりないんだろう? その王政が“ある可能性”を考えないわけがない。
監査人自体が領主の側について王政を裏切る可能性をね。
だからこそ、監査人を監視する人間がいるはずだ。逐一君の行動を見張る人間がね。違うか?」
監査人キエナは何も言わなかった。オルテガは続ける。
「その人間が君の私的な行動によって王政の利益が損なわれる様を享受するわけがない。そうだろう? つまり、王政の利益のためならば、俺の行動は見逃されるはずだ」
ふふふ、とキエナは笑い始める。
「どうやら、頭だけは回るようですね。でもいいんですか? オルテガさん。私を使えば私の身に危険が及ぶ確率がグンと跳ね上がります。そうすれば、あなたの命だって危ない」
「どのみち何もしなければ俺は二ヶ月後にはお前に殺される。ならばその程度のリスクぐらい享受するさ。そうだろう?」
またも監査人キエナは何も言わなかった。
「決まりだキエナ」オルテガはもう一つの手をキエナに差し出し、握手を求める。
「これからよろしく。監査人殿、いや、俺の相棒よ」
キエナの顔がみるみる歪んでゆくのがわかった。
彼女の予想範囲外の出来事が起こっているのがその顔を見るだけでありありと分かった。
オルテガは口元をニヤつかせた。
わずかではあるが、攻守が逆転し始めた。そんな瞬間であった。